「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
しもたーっ!!

 Mプルーストの「失われた時を求めて」もハダシで逃げ出す、おっそろしい長編(それも未完!)、んでもって辛気くさくうっとーしい小説が日本にある。
  中里介山の「大菩薩峠」っちゅー代物だ。机龍之介とゆー売れない時代劇俳優みたいな名前の、ニヒリストの剣の達人が主人公だが、ストーリーはどーでもよろしい。私も出だしで挫折した。エラソーには言えない。
  この舞台として信州・乗鞍山麓の白骨温泉(「はっこつ」ではありません。「しらほね」と読みます)が登場する。地名の由来となったと言われるだけあって、湯は石灰分を大量に含んで真っ白。ここまで白いのは信州では少ない。有名な割に、未だ湯治場的な雰囲気を残しており、個人的には気に入ってる。

  温泉街からずーっと谷底に下ると、”ツイトオシ”と呼ばれる穴が空いてて、谷川が勢い良くくぐり抜けている。余りの激流に崖に穴が空いたという、球状石灰華と並ぶここの地味な名所である。
  このツイトオシの前にポツンと露天風呂がある。無料の誰でも入れるヤツだが、対岸の噴泉塔といい、谷川の景色といい、秘湯の趣が強い。
  妻と訪ねたのは新緑の頃。それもにわか雨の後で、渓谷の緑は実に美しかった。紅葉の季節もいいが、初夏の濡れた緑には抑制の効いた、沈潜した味わいがあると思う。

  さて、目隠し代わりの申し訳程度の脱衣場には服が置いてあって、先客がいるみたいだ。ひょいと見ると色黒と色白の2人の若者が入ってる。ちなみに妻は、200も300も温泉入って免疫が出来たか耐性が付いたか、全く物おじしなくなってしまっている。ついでにレジオネラにも平気だろう。

 --------おう、オニーサンが2人入っとるだけや。行けるわ。
 --------広い?
 --------大丈夫、大丈夫。入ろか。

 以前に書いた通り、習練の成果か(!?)私達は旅先では物凄いスピードで温泉をこなして行く。そそくさと裸になって、クルリと回り込んで、そしてそのままのけぞりそうになった。

 しもたー!!

  多分、突然の闖入者に引き上げようと思ったのだろうが、余りに我等の脱衣は早かった。立ち上がった色の白い方、それはオニーサンではなく、オネーサンだったのである。ボーイッシュな顔だちにショートヘア、加えて真っ白な湯で首から下が分からなくって、見事に見間違えたのだ。

 -------- す、すんません。そのぉ・・・・・・(モゴモゴ)

 「男と見間違えました」とは(今さら遅いが)口が裂けても言えない。こんな露天風呂に入ってて、見えた見えないはどーでもいい。女を男と見間違える方がどだい、余程失礼というものだ。私は自分の地声のデカさを恨んだ。しかし、ハダカで謝る姿とゆーのも我ながらナサケない。うーむ、この場をどうやって取り繕ったものか。

  一方、相手も困惑していた。男2人なら即座に逃げ出しただろうが、同じよーなペアだ。こちらも何かモゴモゴ言って会釈しただけで、両方とも下向いてしまった。

 ・・・・・・・・・・・・

 人間、「しまった!」と思うことはままある。このハナシから得られる教訓はただ一つである。とにかく、大声で、ハッキリ、失礼とか考えずに原因も言って謝るコトだ。大事なのはキチンと素直に謝ることなのだ。今、改めて言おう。

 -------- すんません!男と見間違えましたっ!ごめんなさいっ!


2004補足
 その後白骨温泉を再訪していないが、聞くところによると、この無料露天風呂はその後改装されて脱衣場も立派についた男女別浴の大きなものになったそうである。そして今年になって発覚した、一連の入浴剤混入事件の発端となった場所であるのは、今さら申し上げるまでもないだろう。

Original1997 Add 2004
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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