「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
無言の視線

 大分・熊本県境は、その名の通り湯気をもうもうと噴き上げる湧蓋山を中心に、日本有数の温泉地帯である。シラミつぶしに入ると、最低でも2日はかかる。どれもこれも、ひなびた味わいと特徴があって、回ると実に楽しい。有名なのは筋湯と宝泉寺位なもので、後は小さな無名の温泉が並ぶ。
 最も最奥に位置するのが、湧蓋山中腹の、岳の湯とハゲ(山ヘンに「亥」)の湯で、やや麓に近い前者が、今回のハナシの舞台である。

 村中のあちこちで、それはもう下手に掘り返すと、爆発でもするんじゃないかと思える程、威勢良く蒸気が出ている。事実、どの家も庭の片隅に噴気を利用したカマドがあって、料理や何やに使っている。村の中心には、ひときわ大きな噴気孔があって、野菜や芋がザルで蒸かされていた。
 横の小さな食料品店で玉子を買い求め、早速真似てみる。余程蒸気の温度が高いのだろう、アッとゆー間に茹で(?)玉子。こりゃいい、メシだって炊けそうだ。自分ん家にもこーゆーの一つ欲しいな。
 さらに隣の消防団の詰所をのぞくと、これも珍しい、噴気を管に通して暖めるコタツがあった。

 少し上がると、温泉マニアにはこたえられない、古風な共同浴場が建っている。ボロボロ、木造、混浴、湯船1つだけ、とゆーのが必須条件と信じているので、正にピッタリだ。よし!入ろう!・・・・・・と、扉を開けてガックリきた。

 ココもや!「部外者入湯禁止!」の貼紙。確かに気持ちは分かる。あちこちで良くない評判を聞く。集団でやって来ては、村人の入ってるのもお構い無しにバシバシ写真撮って、大騒ぎして、落書きして、石鹸もロクに流さず(大体温泉はそう身体は洗わんもんだ)、あげく戸板にケリの一発も入れて去って行く連中。いや、おるんだ、こーゆー不逞の輩が。
 オレはちゃう!洗面器だって何だって綺麗に片付けとる!写真だって誰も居ない時に、自分が入った証拠写真を撮るだけだ!それに祠にちゃんと賽銭だってあげてる!・・・・・・と心の中で弁明して、フト振り返ると、いつの間にか噴気孔の周囲に10数名の村人が集まって、こっちを見ているではないか!ひゃあ!

 サイレントマジョリティとは、皮肉にも良く出来た言葉だ。弁の立つヤツが声高に抗議するよりも、大勢の無言の圧力の方が、論理を超越して強力なのである。ま、村人が集まってたのはただの偶然で、威圧を感じたのは私の取り越し苦労なのかも知れなかったが・・・・・・。

 さらに少し上がった所には、最近出来たのだろう、誰でもOKの混浴の露天風呂がある。眺望も素晴らしく、それはそれで良さそうだったが、結局入る気にはなれなかった。だって、まだみんなこっち見てるんやもんな。

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 よく、旅は非日常の体験である、とヌカすヤツがいる。しかしそれは、物見遊山の傲慢に他ならない。総ての場所には(たとえそこが無人の山中であれ)、それぞれの平凡な日常が流れており、私達は完全なヨソ者として、そこに間借りさせてもらうだけなのだ。強いて言うなら「異日常」を体験する、とでもしようか。まあ、その程度なもんだろう。

 そう、私は甘かった。旅人が旅人である以上、どれだけ良心的であろうと心掛けようが関係ない。つまり、「生活への闖入者/日常風景の中の不審者」という一点で、旅行者は皆、等価である事に、全く気付いてなかったのだった。

Original 1996 Add 2004
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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