「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
私は箱根が嫌いだ!

 伊豆・箱根・熱海といえば、日本の観光発祥の地の一つであろう。それはもうコテコテに発展した、観光が全方位的にある点では別府と双璧をなす。白浜とかもかなりキテるが、まだまだこの2ケ所には及ばない。
  永い間、箱根を避けていた。だって1人で行く雰囲気じゃないでしょ?伊豆はともかく箱根・熱海って。正直なトコロ、小バカにしてたのだ。「子飼いにされた景色なんか見とないわい、ケッ!」ってな感じで。
  もし、関係者の方がおられたら、ゴメンナサイ。若気の至りでした。

  伊豆の西海岸よりグルッと半島を廻り、ついでに山中の温泉も丹念に入り倒して、いよいよ熱海・箱根のコースを始めて取る事になった。何だか単身、敵陣にでも攻めて行くような気分だ。旅行か何か分かりゃしない。

  芦ノ湖近くの杉並木を出た所にある宝くじ売り場を思わせる小さな箱のような旅館案内所、あそこがいきなりいけなかった。見すぼらしい格好で「素泊まりの温泉宿」とゆー条件に、因業そうなジジイは一瞥をくれて、

 -------- そんなの、ないよ。
 -------- じゃ、どこか安いトコ、民宿でも何でもいいんですけど・・・・・・
 -------- (明らかにバカにした様子で)箱根にゃ、民宿、ないんだけどな。
 -------- いや、どこでも温泉宿ならいいですから。
 -------- 温泉付きなら、お兄さんの言うような値段じゃ、ないよ。
 -------- (小屋から引きずり出してドツキ回したろかと思ったが、こらえて)じゃ、なくてもいいです。

  紹介されたのはいいが、こんだけ不愉快な思いをさせといて、紹介料5百円也をふんだくられる。なんとゆートコだ、箱根とは!?
  行った先は、芦ノ湖畔の「雨情」という、小さな商人旅籠みたいな宿だった。バアサンが一人でやってるみたいだ。何の因果か偶然か、こんな宿に良く当たる。

 --------お兄さん、明日は何時に起こしましょう?
 --------6時半にしてもらえますか?
 --------ハイハイ、忘れるといかんから、ちょっと書いときますね。

 部屋は古く、折から降りだした雨もあって薄暗い。旅館の名前と天気から、何だか「情死」とか「心中」の似合いそうな場所に思えて来る。気分が滅入る。もーヒマでヒマでコタツで酒呑んでると、バアサンが布団を敷きに来た。

 -------- お兄さん、ところで、明日は何時に起こしましょう?

 オイオイ!ボケてんじゃねえのか!?さっきメモって、台所の黒板に貼ってたやないか。大丈夫かいな。オレ目覚まし持ってへんねんぞ。

 結局、寝るまでに計4回、同じ事を尋ねられた。流石に業を煮やして、最後は、バアサンの枕元に置いとくように、チラシの裏に大きくマジックで「6時半!」と書いたのであった。これだけやれば、いくらボケてても大丈夫だろう。
 年寄りは朝早いと言うからな。客は自分だけだ。うん、いけるいける。

 オチはもうお分かりだろう。目覚めたら、キッチリ9時半過ぎ!真っ白になった富士山を望みながら、御殿場に下る途中、私は後悔し続けた。

 ・・・・・・・・・・・

 さて、宿の実名を出したのにはワケがある。数年後、小金を貯めて箱根に返り討ちに行った時、そこは既に消えて、駐車場になってしまっていたのである。

Original 1996 Add 2004
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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