「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
釣り宿の怪

 日本最古の名湯の一つ白浜には行ったけれど、そこに泊まる程の金もなく、私達は更に西に向かった。そこにYH(ユースホステル)があるからだ。何の変哲もない海辺の地方都市である。

 港に近い町外れの分かりにくい道を通って着くと、確かに小さな看板は出ていた。が、これは普通よりは相当にボロい釣り宿ぢゃあないか。まあいい。今時、安値で泊まれるトコに期待する方が悪い。70前後の婆さんが一人で切り盛りしてるみたいだ。釣り船は持ってないんだろうか?そんなアホな釣り宿があるんやろうか?だんだん不安になってきた。

 6時半。婆さんが部屋にやって来た。夕食の用意が出来たのだろう。

 --------あのな、お兄ちゃん等。今日な、泊まってんのお兄ちゃん等だけやねん。
 --------はぁ、そーみたいですね。
 --------そんでな、オバチャンな、もう身体えろうてえろうて、晩ゴハン作ってへんねん。
 --------ええーっ!?そんなー!!
 --------駅の方行ったらおいしいトコあるから、食べて来てもらえんかなー。

 何とゆーババアだ!余りのええ加減さに怒る気も喪くして、外に出る。ちゃんと電話しといたはずやのに・・・・・・ぶつぶつ。友人も無論、不満げである。

 結局、教えられた店はケッコーな店構えの割烹屋で、ついつい色々頼んだ我々も悪いとはいえ普通の旅館に泊まった方が安いんやないか?とゆー位、高くついてしまった。

 9時。映りの悪いTVをバシバシしばきながら、2人で5合瓶をチクチクやってると、又、婆さんがやって来た(申し添えると、当時YHは一応、アルコール類禁止だった)。今度は何や!?一体!?文句かい!?

 --------お兄ちゃん等、えらい楽しそうやねぇ。
 --------(曖昧に笑って)はあ、まあやらしてもろてます。
 --------あのなあ、オバチャンも一緒に呑んだらあかんやろか。一人で住んどってな、淋しいねん。
 --------????

 断れるワケがない。結局婆さんは一升瓶を提げて来て、そのまま部屋に根を生やしてしまったのであった。
 酔いが進むにつれて、婆さんは愚痴とも身の上バナシともつかないことをひたすら話しまくる。殆ど客が来なくてヒマな事、夕食を作らなかったのは済まなかった事、紹介した店は美味かったはずだという事、孫娘が東京でマンガ家のタマゴな事、数年前までは3世代家族で同居してた事・・・・・・そうしてそのまま、寝込んでしまった。
 私達は何だか唖然としたまま、聞き役に終始していた。

 沢山の優れた紀行マンガ/紀行文を生んだ、つげ義春の初期の傑作「ほんやら洞のべんさん」、そのストーリーを地で行くような状況に私達は少なからずたまげたのだった。それは或いは、不思議な感動に近かった。

 とは言え、感動ばかりもしてられない。何せ、部屋はムチャクチャに狭いのだ。婆さんを起こすのも何だか気の毒で、二人がかりで布団に放り込み、私達は仕方なく、空いてる部屋で適当に寝たのである。

 翌朝7時。昨夜の無礼を詫びながら婆さんの示した宿泊代は、一人1000円だった。それが高かったのか安かったのか、私には未だ、分からない。

 もう何年になるだろう、随分昔、Tという街でのハナシだ。


2004補足
 実はこの話にはオチの部分に脚色がある。実はバアサンは部屋で寝込んではいない。かなり酔っ払ってて危なっかしかったが、それでも自分の居間に戻って行った。1,000円は間違いない。

Original 1996 Add 2004
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