「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
怒りの山菜ソバ

 紀伊半島の中央辺りに位置する湯峰温泉は、好きな温泉湯の一つだ。まず高温泉(92°C)である。小さな谷川を挟んで温泉街の要素がどれもこれも一つづつある。即ち、共同浴場、温泉寺、温泉神社、土産物屋、露天風呂、等々がコンパクトに詰め込まれているのだ。
 熊野本宮にも近く、小栗判官の昔話を引くまでもなく熊野詣の昔から名を知られた関西屈指の名湯の一つであろう。すぐ近くには、川湯・渡瀬温泉もあり、日帰りでかなり本格的な温泉気分を楽しむことが出来る。

 A君、T君と3人で出掛けたのは、まだ暑い初秋の頃だった。確かに朝からツイてなかったんだ。金剛山越えの国道は土砂崩れで通行止。十津川では離合にしくじって、バックで止まっているダンプに当たると言う珍事故。ダンプのオヤジも呆れて笑ってたもんな。

 それでも谷瀬の吊橋で突き飛ばし合って、十津川上湯で川遊びし、川湯で露天風呂に入ったりする内に、皆の機嫌も直って来たのであった。時刻は昼をとうに過ぎている。そして入ったのが湯峰の土産物屋の2階の食堂なのであった。
 牛を思わせるオバハンがボーッとしてる。

 --------すいません、ザルソバ〜!ボクもザルソバ〜!ボク、きつね〜!
 --------全部切らしてますねん。スンマヘンなあー。
 --------ほんならカレーライス。
 --------それもありまへんねん。スンマヘンなあー。
 --------(かなりイラついて)何があるんですか!?

 結局、山菜ソバしか出来ないと言うので一杯600円也を3つ注文する。何で麺類は切らせてるのに山菜ソバが可能なのか理解に苦しむが、ともあれ何の後ろめたさもない風にオバハンはドスドスと階下に降りて行った。
 セルフの水を入れに行ったら、冷水機は故障中だわ、待てどくらせど出て来ないわ、何なんだこの店は一体?ハッピーなA君だけは、想像たくましく「手打ちやから遅いんや」などとヌかしている。残る2人は半ば締らめ顔でダレまくっていた。

 約30分後、やっと出て来た。一口すする。そして全員が顔をしかめた。恐ろしく「マズい」のだ。何処をどう工夫すれば、ソバごときでここまで「マズい」ものが作れるのだろう。凡そ人間離れした技術に違いない。
 延び切ったソバ。甘味以外の味が全く無いダシ。ただの瓶詰の山菜だろうが、何の味もしない。薬味のネギまでまずかった。なのに量だけは多かった。無論、延びてたからだ。

 期待を裏切られたA君など本気で怒り出した。
 しかしまぁ、この便利な現代に金払ってこんなにも「マズい」ものを食べる、とゆーのも旅の思い出やないか、と私は、慰めともオチョクリとも自虐ともつかない感想が口をついて出た。そうでもしないと私自身、キレそうだった。

 それでも金は払わなくちゃならない。消費税は別で618円だと言う(註:当時の消費税は3%)。私はキッチリ618円出した。A君はムスッとしたまま700円出した。T君は気を効かせて1,018円出した。そしたらオバハン、

お兄ちゃん、ゴメンねー。おツリ分からんよーなるから1,000円にしといて。

 ・・・・・・・・・・・・

 もういい加減、時効だろう。だから一言、一言だけ言わせて欲しい。3人の総意だ。

  「商売やめてまえ!!ドアホッ!!」


2004補足
 これも嘘みたいだが、100%本当の話である。

Original 1996 Add 2004
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