山容がすっかり変わってしまう程、永く、しつこく、激しく続いた雲仙普賢岳の噴火活動も、最近になってようやく終息宣言が出された。しかし、山麓は荒れ果てた死の平野となり、昔日の面影を取り戻すには、まだまだ時間がかかるだろう。
30人以上が一度に亡くなった、あの悲惨な大火砕流の3ケ月後、ノー天気にも、私は雲仙を遠望する温泉に居た。松島温泉といって、天草五橋の最も三角半島寄りの橋の近くに位置し、近くにはエリマキトカゲ(懐かしいネタだ)みたいな首飾りの天草四郎の石像が立ってたりする。しかしまあ、平凡な漁港の温泉と言ったトコロではある。名前は忘れたけど、国民宿舎だった。
国民宿舎であるから当然、目を見張るよーな発見があるワケではないが、鯛が名物らしく、壁のレリーフから浴衣の柄まで鯛尽くし。料理も無論、鯛尽くしで、タイが使われてないのは、漬物位だった。ま、それも構わない。
さて風呂。最上階にあって、例の「展望大浴場」とゆーヤツだが、特段触れるべき点もない。湯もホンマに温泉かいな、といぶかしむ程の無色透明。翌朝6時、寝呆けまなこで浴室の扉を開けると先客が一人いた。
何と!鼻唄まじりで上機嫌の、全身カラフルなモンモンのヤッチャンだったのである。角刈り、目ツキはムッチャ悪し、チラと目をやるとキッチリ小指が無い!こりゃもう絶対の絶対に、極道やないか〜!
--------オウ、兄チャン、早いな。どっから来たんや?
--------(うわぁ、ドス効いとる)は、はい、大阪です。(←既にシビレて震えた声)
--------ほう、大阪か!ワシもな、大阪や、守口から来たんや。兄チャンは大阪のどこや?
--------ええ〜、あの〜、吹田です。
と目の前で、晴れた彼方の普賢岳では小規模な火砕流が発生した。山巓にポッと土煙が上がったかと思うと、斜面に沿ってそれがユックリ(実際はすごく速いのだろうが)拡がり包み込んで行く。その光景はどう表現すれば良いのか、悪夢の中で、白黒の無声映画をコマ落としで見せつけられるような不吉さだった。
それを朝も早よから、極道のオッサンと二人並んで見る。「アンダルシアの犬」もハダシのシュールな状況やおまへんか、これって。
--------ワシはな、絶対今日あそこ行ったんねん!
--------えぇ!?でも、フェリー運休中ですよ。
--------せやからやな、グルーッと廻って遠回りして行くつもりなんや。
--------い、いや〜、でも危ないでしょ?
--------兄チャンも何やごっついナリして気ィ小さいのぉ〜。こんなもん滅多に見れへんやないか。一生モンやで、一生モン。行ってみぃ。ほーらすごいでぇ!
葉っぱか、それとも本職だから注射関係か、何か悪いドラッグでもキメてるんじゃないかと思ってしまう位、この極道のオッサン、ハイなのだ。それからしばらく、燃える山への燃える思いをひとくさり語って、結局は人の好さそうなこのヤッチャン、
--------ほな、兄チャン、気ィつけて行きや!
と出て行った。どっちが「気ィつけ」なあかんねん!?マジで雲仙は危険やがな。
呆然と一人残り、我に帰って浴槽に流れ込む湯を見れば、石でできたこれ又鯛のマヌケな口から、とうとうと吐き出されている。火砕流の土煙はとうに消えて再び、普賢岳の魁偉な姿が、秋晴れの彼方に、くっきり、浮かんでいた。
2004補足
発表当初より、あまりに出来すぎた話で「創作ではないか?」と言われたが、これは全くの実話である。 |