「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
驟雨に遠ざかる光景〜〜小谷温泉

 何度も書いて来たけど、派手なギミック満載の秘湯なんてカネやタイコで探したって、そうそうあるもんじゃない。大方の温泉はヒッソリと田舎に埋もれてる。この、「テンション低いし平々凡々としてるけど何だか捨て難い魅力」を、写真も無しに伝えることは至難のワザだ。だから針小棒大に脚色もしてしまう・・・・・・自分の文才の欠如を棚上げしちゃいけない。どだいそんなに脚色する能力さえないか・・・・・・。

 所詮「秘湯ブーム」なんて、地酒ブームと全く構造は一緒だ。大手ブランドに対抗し得るだけの名声を博した地酒は、どれも何らかのセールスポイントを持っていた。つまりはギミックだ。
なる程ちょっと気の効いた酒屋の陳列棚には、驚くべき種類の地酒が並ぶ。しかし、かつて全国に存在した有象無象の蔵元の数からすれば、それらはホンの一握りに過ぎない。何の特色も持たない零細な造り酒屋は、「正当な競争原理」の前にはひとたまりも無く消えて行ったのである。

 温泉も同じ命運を辿るのだろうか?

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 小谷(おたり)温泉は、大糸線の駅より東に6キロほど山に入った所にある。深田久弥の「日本百名山」にも取り上げられてたと思うが、雨飾山とゆー山の南側にある。山の反対側には、これ又秘湯として有名な梶山新湯がある。
 土木関係者に小谷村はその名を良く知られている。治山が進んでるのではない。この辺は日本有数の地滑り地帯なのだ。

 その為かどーかは知らないが、矢鱈とダンプが多い。道路工事もあちこちでやってて、交互通行が目立つ。大体において田舎の交通整理のハタ振りのオバハンは、猛烈に「トロい」ものと相場が決まってる。
雇う方も雇う方で、取り敢えず人だけ配置すれば当面の責任回避は出来るから、立ったまま寝てるよーな大忘却の大トロババァでも採用するのだろう。

 もーちょっとでダンプと正面衝突するトコやってんぞ!!

 温泉には呆気なく到着した。数軒の旅館が点在するだけ。何にもない所だ。一番古びた感じの「熱湯荘」とゆー旅館で風呂に入れてもらうことにする。ちなみに読み名は「ねっとうそう」ではなく「あつゆそう」と読むらしい。源泉の名前から取られてるようだ。木造のどっしりした建物である。

 裏の斜面を見下ろすように、小振りの浴室が男女別に1つづつ。細かいタイル張りの古風な内部には、イチョウ型の浴槽。かなり高温で僅かに白濁した湯である。濁ってるが、硫黄ではなく石灰分か何かのようだ。析出物がうっすらと固まる。

 他に入浴客は誰一人いない。私は窓を開け放ち、曇天の山村の景色をボンヤリと眺めた。ダウナー系の行楽の歓びのひと時である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 旅館を出ようとすると、縁側でムシロ広げたジイサンが豆の皮を剥いている。うつむいて一生懸命だ。お礼の声を掛けたが全く気付かない。多分耳が遠いのだろう。来た時に応対してくれたオバチャンの姿は見えなかった。

 夕立が降り始めた。真っ直ぐで激しい雨だ。たちまち風景が白くかすむ。慌ててクルマに飛び込んでエンジンを回した。縁側の老人は、身じろぎもせず豆を剥き続けている。

 老人の姿が見えなくなり、重厚な建物が雨に煙る山の点景となるまで、私はゆっくりと山を下って行ったのだった。

Original 1996 Add 2004
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
Copyright(C) REWSPROV All Rights Reserved