「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
文字通り、寒ノ地獄温泉

 結論から先に言うと、寒ノ地獄温泉は「秘湯」とゆーより「奇湯」であろう。アプローチは何ら難しくない。九州観光の白眉の一つ、「やまなみハイウェイ」の途中にある一軒宿で、道路のすぐ脇にある。辿り着くのに何の苦労も要らないから、皆さんも九州旅行の折りに立ち寄ってみて欲しい。

 木造2階建ての、いかにも湯治場然とした外観の正面入口には、大きく「天下の霊泉、寒ノ地獄温泉」と木の看板が懸かる。初秋の昼下がり、温泉宿は静まり返っている。大声で呼んでもナカナカ誰も出て来ない。
 待つことしばし、オバチャンが現れた。

 --------今日は、熱い方の風呂は沸かしてないですよ。
 --------暖房は入ってるんですか?
 --------ええ、それはすぐ出来ます。真夏より今みたいにちょっと涼しい方が、温度差が感じられないからいいですよ。最低15分は頑張って入って下さいね。
 --------そんなに冷たいんですか?
 --------はい。それが効くんです。

 案内されて浴室に向かう。コンクリート剥き出しの殺風景な部屋の中央に大きな浴槽がある。カランや石鹸等の身体を洗う設備は全く無い。壁には大きな祠が祀られ、幟が立ち、軍歌の替え歌の「温泉行進曲」なる歌詞の看板がドーンと掛かる。そーとー宗教入ってる。効能だか霊験だか分かりゃせん。

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 タイトル・温泉名・そして会話からも分かるように、ここは「冷泉」であることを売り物にした、日本でも他に例を見ない温泉(?)なのだ。正確には鉱泉だろう。頑固なリューマチ等に特効ありと固く信じられている。
 泉温僅かに14℃!、青みがかって大量の硫黄を含む水が大量に湧出している。室内はひんやりと冷気漂うくせに、硫黄臭が強い。加えて上記の宗教系。かなり異様な感じだ。私は恐る恐る足を入れた。

 キシャ〜ッ!づめだい〜っ!

 元々低い水温と溶けた硫黄のためか、肌を刺すような、痛覚に近い冷たさだ。乗り掛かった船と無理矢理全身を沈めたが、これでは慢性病が治る前に心臓マヒか脳卒中でクタバリそうだ。
 ジンジン来る冷たさをこらえながら入ってると、硫黄が段々結晶して行くのが見える。最初びっしりと全身を気泡が覆い、それがプツプツと離れた部分から細い糸屑のような物が伸び、枝分かれを繰り返して、小さな樹形図を作って行く。10分も経つと馴れたか麻痺したか、冷たさは気にならなくなっていた。

 さて、この全身にくっついたありがたい成分を落としてはならない。これから「炙り込み」なる儀式がある。何のこっちゃない、暖房室で身体を暖めるだけである。つまりサウナの順序が逆なだけですね。
 ・・・・・・で、その暖房室。ベニヤ囲いの粗末な部屋の中央に石油ストーブが1台、それだけ。無論全然暖かくない。スキーの乾燥室よりひどい。壁は何分耐えたとかの落書だらけで、日付は夏休みに殆どが集中していた。夏は賑わうのだろう。
 ガランとして荒れた室内で、ハダカの男がストーブに覆い被さるようにして必死でぬくもろうと努力する姿は、どう考えても変態だ。

 私は諦めて、冷えきった身体のまま次の温泉に向かったのだった・・・・・・。

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 実はこの4年後、私はここを再訪している。ホント、我ながらモノ好きだ。

Original 1996 Add 2004
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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