「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
ウェストンさん御用達、中房温泉

 ウェスティン?そらホテルの名前!!ウェストンとは明治の頃、日本に近代アルピニズムを持ち込んだ功労者の名前だ。東洋の小さな島国に意外な程の雄大な山がある事を、諸外国へ知らしめたのも彼だ。ま、日本の山岳界の父なのである。上高地かどっかに銅像立ってたよーな気がする。

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 N氏と私は、ボー然としていた。下界から1時間余り、延々と山道を上がって来たとゆーのに、「入湯のみはお断り!」だって。そらあんまりやと窮状を訴えても「ダメ!」の一点張り。だから信州人は杓子定規でいけない。
 少し下ったトコにある有明温泉に入りながら、私は復讐戦を密かに心に誓ったのであった・・・・・・。

 そして2年後、時期は到来した。今度はちゃんと泊まりだ。堂々と入ったる。

 中房温泉は北アルプス燕岳直下に位置し、登山ベースとしても大変有名な一軒宿の温泉だ。冒頭のウェストン一行が泊まった部屋は今なお現役である。
 増築を繰り返した結果かなり旅館らしい棟も出来たが、基本的に山小屋。その常で、外観からは想像もつかない収容数を誇る。再訪は6月の梅雨前の初夏、雨上がりに陽が射して新緑が美しい。

 泊まったのは梅の何号とか出てたから、多分下のランクだ。相方はカギもロクについてなく、板1枚で隣と仕切られただけの部屋が始めてで、シビレてる。

 木々に覆われた谷間一帯の至る所から高温泉が湧出する。風呂の数がハンパではない。内湯/外湯/露天・混浴/別浴、併せて全部で幾つあるのやら。そのどれか1つだけでも、存分に野趣横溢の温泉としてのレベルをクリア出来るだけの「格」みたいなものが備わっている・・・・・・実は、予備知識でそんな事を識っていたからこそ、私は執念深く再挑戦したのだけれど。

 まだ11時半だ。時間はタップリある。1つづつ片づけて行くことにしよう。最初は「泳ぎ湯」である。プール位のデカさがあってこの名が付いた。小さな東屋が脱衣場らしいが、全く目隠しも何もない。
 底は一面の藻に覆われてヌルヌルだ。看板があって、湧出して日光に当たるとすぐに藻が発生する事、だから滑って頭を打たんように注意する旨が掲げられている。えらい親切やんけ。
 続いて森の中にひっそりとある「薬師湯」。無茶苦茶熱い。次は・・・・・・一々は忘れたが、打たせ湯や蒸し湯、物置みたいな外湯等々が古風なたたたずまいで点在していて、どれもが期待を裏切らないものであった。熱かったけど。

 面白いのは、火山の近くでもない山中の温泉には珍しく、砂湯があったことだろう。とはいえ小屋も何もなく、少し上がった所の白土地帯に看板が立ってるだけだ。埋まったら火傷するので上に転がる。「オンドル小屋」で有名な東北の奇湯・後所掛や蒸の湯に近い。玉子やイモを埋めるとすぐに蒸し上がる。
 また、水でうめずに湯温を冷ますために作られた変わった形の樋や貯湯槽も印象に残った。旅館内の情景も素晴らしかったが・・・・・・ああ、字数が尽きた。

 翌朝出発時、私は尋ねてみた(しつこいよな)。

 --------何で入湯だけ、はお断りなんですか?
 --------それしたら駐車場がもっと必要になるでしょ。ここ国有林の中なんで、ナカナカ認可が下りないんですよ。それに税金上がって今の値段じゃやってけなくなるし、雰囲気壊れてもいけないし・・・・・・。

 それならそうと早く言ってくれたら良かったのに。ゴメンね、恨んで。

Original 1997 Add 2004
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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