「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
忘れられた別天地、般若寺温泉

 津山より鳥取県に向けて国道を行くと、美作三湯の一つ、奥津温泉に着く。歐穴や橋のたもとの露天風呂、今は観光アトラクションとなった「足踏み洗濯」で有名な温泉場である。蛇足だがこの先の県境は、日本では数少ないウラン鉱山、人形峠だ。不採算で既に採掘は中止され、博物館だけが残っている。
 現在は「奥津温泉」と総称されるのだが、実際は約2kmに渡って3つの地区に分かれている。即ち、一番上流で最も旅館が多いのが奥津。下流が旅館経営を止めて立派なドライブインに鞍替えした(入湯は現在でも可能)大釣。で、その中間が今日皆さんに紹介する般若寺・・・・・・あれ?あらへん!

 看板も何もないのだ。無くなってしまったのかと不安になる。

 仕方なしにクルマを降りて探す。こーゆー時は徒歩に限る。川へ続く細い坂道を試しに下ると、非常に古風なワラ葺きの家がポツンとある。周囲の様子も含めてタイムスリップしたような古色蒼然たる田舎家だ。地理関係からするとこれがそうに違いないが、温泉宿らしさしさは微塵もない。オバチャンが洗濯物を干してた。

 --------すんません。ここ、般若寺温泉ですか?
 --------はい、そうですけど。
 --------!?

 たまげた。やっぱりこれだったんだ。ともかく温泉に入ろう。でも入れてくれるんだろーか?・・・・・・意外な程に快い返事でOK。700円也を払う。でも、フロどこやねん?

 少し離れた川べりに、ヒッソリと建つ粗末な小屋が浴室だった。内部は湯舟と洗い場だけで全く装飾がない。コンクリート素塗りで正直な所、殺風景と表現するのが正解だろう。加えて無色透明の湯はぬるい。実にぬるい。体温位しかないんじゃないか。まだ春先だ。ちっとも暖まらない。

 静まり返った中、揚上ポンプの音だけがトントントントン響いている。入浴客は来るんだろうか?いや、そもそも宿泊客自体あるのだろうか?商売する気は全然なさそうだよなー・・・・・・
 じっくりと浸かりながら私は、ボケーッと色々考えたのだった。

 上がると、オバチャンは縁側を開け放って今度は掃除機を掛けてる。到底これからやって来る宿泊客の準備とは見えない。単なる家の掃除だ。徹頭徹尾、生活感が溢れてる。私の姿に気付いて手を止めた。

 --------どーも、お世話になりました。
 --------あー、ありがとうございました。随分ゆっくりでしたね。
 --------ええ(あんなぬるかったら、当たり前やないか!)。ここって、泊めてもらえるんですか?

 ・・・・・・具体的な金額は止しとこう。この浮世離れしたたたずまいが一体何ぼなら妥当なのか量りようがない。泊まりたい者だけが泊まれば良い。
 ちなみに地名の由来は、ワラ葺きの家に見えたのは実はお寺の本堂で、その名前がそのまま温泉名になった。随分以前からレトロだったようで、かつて映画のロケ地になったことがあるそうだ。
 客室は全部でたったの3室。数寄を凝らした作りの離れになっており、小さな橋を渡った所にある。大水が出たらどうするんだろう?
 さらに付け加えるならば、地元の観光組合等にも加入していない。だから当然、通常の旅行ガイド・パンフ等にも一切紹介されてない。地元でも忘れられた存在だ。

 何も人里離れた遠くの深山幽谷にあるだけが秘湯ではない、という好例だろう。

Original 1997 Add 2004
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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