皆さんは「ホームタウンデシジョン」という言葉を御存じだろうか?格闘技の判定(特にボクシング)等で良く言われる。両者共にイーヴンで、判定に持ち込まれた場合、地元選手に有利な結果が出る事を指す。
「身内びいき」とか「地元びいき」とゆーことだ。平たく言って。
若い野郎のお国自慢を聞かされると、思わず張り倒したくなる。故郷を否定し、憎むパワーを維持し続けれるかどうかは、若さのバロメータの一つだろ?なのに何たる世間知らず。何たるノー天気。何たる意識の偏狭さ、閉鎖性。今ここで怒ってもしゃーないか。
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温泉巡りで入る事が多いのは、圧倒的に共同浴場である。とにかく安い。無料の所も結構ある。それも昔ながらのヤツがよろしい。
大抵の場合、先客が入っている。男女はともかく、必ず年寄りであるのは言うまでもなかろう。昼の日中から、若いネーチャンなんざ入ってるワケがない。・・・・・・で、交わす会話があるとすれば、ほぼ必ずこのパターンだ。
--------お兄さん、どっから来なさった?
--------はぁ、大阪からです。
--------ホォ、遠いとこから!
--------ええ、まあ。
--------どうやね、ここの湯は?ここに入ったら他のトコには入れんやろ!
余りにワンパターンで、苦笑に近いアルカイックスマイルでも浮かべるしかない。「風呂の中でのお国自慢」。うーむ、マンネリを超越しとる。
ともあれ、こうして同種の経験を繰り返す内に、一つ妙な事実に気付いた。有名な大温泉地の共同浴場で、かような会話になったことが一度たりともないのである。地元の老人はウジャウジャ入ってるにもかかわらず、だ。思えば、片田舎の、旅館もロクにない温泉ばかりなのである。
思うに、「他んトコには入れん」と言った老人達は、よく分かってるのだ。自分が日々通う温泉が、とてもチッポケで、粗末で、有名でも何でもなく「秘湯」でさえない事を。そして農協か何かの旅行で、絢爛豪華な観光旅館の大浴場に入り、金の額縁に麗々しく収められた効能書きを見た事もあるに違いない。
つまり「他んトコには入れん」は、鼻持ちならないただのお国自慢ではなく、慎み深くも、いとおしさに満ちた郷土愛だったワケだ。だから、
--------オイオイ!ジーサン!お前、他に行ったことあるんかい!?
なんて野暮は厳に戒めるべきである。これでいーんだ。
「温泉ブーム」と言われて久しいが、日本に何千とある、大方は無名の温泉や鉱泉を守って来たのが、こんな地元びいきならば、ホームタウンデシジョンも案外、重要な事なのかも知れない。ま、「判官びいき」に近いけど・・・・・・。
私事になるが、妻の実家は見事な4世代家族である。いつ行っても、コタツの定位置に大祖母が座っている。旧家の標準オプションみたいな、不思議な存在感だ。始めて近くの小さな温泉に出掛けて、戻って来た時のことだ。
--------湯村に行っとりんさったか?
--------いえ、浜坂の方まで。
--------七釜きゃあのぉ?
--------はい。
--------そうかえ。あそこはええ湯だ。湯村よりもええっちゃ。あそこ入ったら、他んトコには入れん。
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