「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
温泉と災害

 以前、猫鼻温泉というケッタイな名前の温泉を紹介した。その末尾、周辺には鄙びた温泉が幾つもあるので、その内、折を見て触れたいと書き添えた。それがこんな風なタイトルになるとは、全く予想もしなかった。
 そう、昨年暮れに起きた、沢山の生き埋め者が出た、大土石流の事である。

 投光器に照らされて、何台ものユンボが一斉に地面を掘り返す痛ましい映像を見ながら、あの沢の出口近くにあった温泉を思い出した。蒲原温泉といって、姫川河岸から直接湧きだす、非常に野趣溢れる一軒宿であった。初夏の頃だったか、誰もいない川の湯に浸かり、のぼせたら素っ裸のまま冷たい所で泳いだのが、今となっては懐かしく思い出される。
 そしてさらに10数年前、自分が温泉にハマるキッカケになった木曽御岳山中の温泉の記憶を、もう一度まとめてみようという気になった。

 初めてその温泉の名前を知ったのは随分昔、小学生の頃だった。実家にあった古い旅行雑誌の記事である。木曽御岳中腹、森林鉄道の廃線跡を辿って行くと、ランプの宿がポツンとあるという。名を濁川温泉といった(※同じ木曽でも濁河温泉泉とは違います。念の為)。
 「オンドル小屋」や「二岐渓谷」、「ゲンセンカン主人」なんて一連のつげマンガを読みふける、クソ生意気でイヤーなマセガキだった自分が興味を惹かれないワケがない。

 念願叶って訪れたのは19の夏、チャリンコレゲエしてた頃だ。木曽本谷の上松から、王滝川に沿って奥に入り、その軌道敷を行こうとしたらとうの昔に森に還ってしもうとる。集落で道を尋ねると、中腹を巻く林道行けば1時間程で着くとの事。安心したオレがアホやった。好々爺の田舎時間にダマされた。
 ガッタガタのダートをたっぷり4時間!途中で夕立になるわ、鳥も通わぬ山中で真っ暗になるわで、どんだけ心細かったか。
 それで自転車の頼りない光の向こうに、看板が見えた時のうれしさ。ところが、悲劇はまだ続いた。今度は林道外れて漆黒の山道を自転車かついで、懐中電灯だけを頼りにたっぷり1時間!着いたら既に8時を回っていた。

 谷底の一軒宿は、確かにホンモノの「ランプの宿」だった。主人は予約のあった時だけ、麓からやって来て宿を開けると言う。無論ガスもない。カマドと囲炉裏が現役である。
 素泊まりの約束だったが、バテてる姿を気の毒がって親子丼とミソ汁を出してくれた事。そのミソ汁のダシジャコが、メザシ位の大きさだった事。河原の上に直接建てられた、古風な湯屋と回廊。ぬるい真っ赤な湯に、タオルが染まった事。狭い峡谷の空に、異様に明るい月が昇った事。廊下に並んだ石油ランプの光・・・・・・どれも鮮やかに思い出される。

 その後、何百ケ所と温泉に行ってるが、結局この強烈に時代離れした感覚を体験させてくれた場所は、皆無である。「ランプの宿」にしたって殆どがウソだった。

 さて、タイトルに沿った悲しいオチがある。それから2年後位だったろうか、王滝村一帯を襲った直下型地震で、崩落した御岳山の膨大な土砂は、親切にしてもらったその宿の一家もろとも、谷を数十メートルの深さで埋め尽くしてしまったのである。

 憑かれたように温泉を訪ね歩くようになったのは、実はそれからの事だ。

 ・・・・・・前フリだけで殆ど1話になったが、こうして温泉旅行も結構危ない要素を孕んでいる、とゆーハナシを翌週も続けたいと思います。ただの物見遊山気分で、秘湯探勝なんてやらない方が身のタメ、と珍しくオチャラケを入れないで、今週は終わりましょう。



 今週は続いて実例集です。大体、温泉に出掛けて災難に遭うパターンは決まっている。

   1.天災系・・・・・・鉄砲水、土砂崩れ、雪崩、地震etc
  2.人災系・・・・・・転落、熊にやられる、etc
  3.火事化学系・・・・気化した成分にやられる

  これだけです。

1.天災系

  こりゃもう、圧倒的に多い。先週の例を始め、伊勢湾台風で消失した奈良は大台奥の薬師温泉、雪害と崩落に消えた宮城のかもしか温泉、富山の立山温泉、数え上げるとウジャウジャある。何せ、温泉の立地は平地が少ない。たいてい山の渓谷の急傾斜地と決まっている。又、これが火山地帯だと地盤がもろい。地震だって多かろう。十勝岳が噴火する度に、泥流が押し寄せて避難する白金温泉や、桜島の活動が活発になると値段が下がると言われる古里温泉なんかも珍例だろう。元来、危険な場所にあるのだ。
  だから、どれだけ予防になるかは分からないが、少なくとも梅雨末期/秋の長雨・台風の頃は、旅行自体を避けることにしている。

2.人災系

 火事は怖い。好みの旅館が古い木造旅館なので、余計に怖い。ま、出来るコトはゴルゴ13みたく、脱出口のチェックが関の山だろうが。そもそも温泉街特有の木造3階建て、あれって今の建築法や消防法ではダメなんだよな。それで、この景観が有名で売り物の、山形の銀山温泉なんかすごく困ってるらしい。
 建て替えれないのだ。
  そもそも、どんな人が泊まるか分からない。酔客が寝タバコで眠り込んでしまうかも知れないし、世をはかなんだ人がムチャクチャやるかも知れないワケで、旅館自体、結構怖いように思える。

 今時、落ちるほど険しい道の温泉は、数える程しか残っていない(クルマの転落は結構ある)。とはいえ、無くなった温泉を探すのにはいつもこの危険が付きまとう。廃道の薮をかき分け、谷川に下り、と落石や川に流されるのにも注意せねばならない。以前、川で足を取られて溺れかけたことがあった。

 人ではないが 熊も恐ろしい。一撃でチンだ。秋の秘湯探しは、ラジカセフルボリュームに1斗缶ガンガン叩いて山中を行くべきだ。ハタから見たらまるでアホやが・・・・・・
  逆に、いきなりハンターにぶっ放されてもお陀仏なので、このリスク回避にもなる。

3. 化学系

  以前紹介した、霧島・新湯温泉は珍しい例で、水害で全員生き埋め→消滅→復興→今度は中毒死、と実にハードコアな湯治場である。原因は硫化水素、あの「玉子の腐った」と喩えられる匂いのヤツだ。いつでも不思議に思うのだが、今時、腐った玉子の匂いを知ってる人間が世の中に何人いるのだろう?
  さて、この硫化水素、余んまり濃度が高くなると却って臭気を感じないものなのだそうだ。それ位濃くなると死ぬ。箱根大湧谷で見た看板には、濃度毎の対処方法が書いてあった。何ppmで逃げろとかの区分があるが確か、一番最後の欄は「死亡します」とだけ出ていた。

  で、どないせえっちゅーんや!?

 しかし実は、もっと怖いのが炭酸ガス(要は二酸化炭素)であることは、知っといてソンは無かろう。無色透明/無味無臭。さらに油断しやすいのが、冷鉱泉に炭酸泉は多いとゆーことだ。えてしてこのテの温泉は地味な存在なのである。ともあれ泡立つ湯に入る時は、御用心・御用心。

 ・・・・・・以上、タイトル通り、実際に役立つ事がないよう祈りながら、筆を置くことにします。

Original 1996 Add 2004
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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