正確にはただの「湯ノ山温泉」なんだけど、近畿圏の人には御在所岳の麓の湯ノ山温泉と区別がつかないのでアタマに「広島」を付けてみた。
同名の温泉は多い。湯村と言やあ「夢千代日記」!兵庫県のが有名だが、島根にもある。湯本は箱根・長門・ニセコ・常磐等々にあるし、川湯は和歌山と北海道・・・・・・てな具合で枚挙に暇がない。まあ、人間思いつく名前は大して変わんないとゆートコだろう。
ついでに言うと、この湯ノ山温泉を「迷湯」と位置づけるには多少無理がある。市内からクルマで約1時間強、やや寂れ気味とはいえ格式のある旅館が急斜面に建ち並ぶ。江戸時代に殿様が入ったとゆー湯殿の遺構もある位に、伝統を誇る名湯なのだ。つまり私の迷湯の定義は「気分」である。余り真面目に信用しないように。
すぐ奥にはこれ又県内では有名な湯来温泉があり、こちらはこちらでそれなりの賑わいを見せている。泊まったのはこっちだった。
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古いが立派な共同浴場がてっぺん近くに建っている。早速入湯。確か300円前後だった記憶がある。中国地方はどこも良心的な値段なのが嬉しい。
内部はごくフツーの風呂屋形式、男女別の浴室になってる。湯も効能書と由来が無かったら温泉とはニワカには信じられない無色透明・無味無臭。無論加熱の鉱泉である。
かように平凡なここの、唯一変わってる特徴は「打たせ湯」が名物となってることだろう。この共同浴場にもある。外に出ると、崖の上から樋で2条の流れとなって落ちていた。ものは試し、一つ打たれてみようか。
・・・・・・うわ!冷たい!源泉のままやないか!
時は3月、春まだ浅い山の中だ。修験道の山伏の修行やあるまいし、こんなもんベチベチかぶって嬉しいワケがない。早々に退散しようとした時、隣でかぶってたジイサンにたしなめられた。
--------お兄さん、これはじっくり当たらんと効き目ないもんじゃけん。
--------でも、無茶苦茶冷たいですやん。
--------そんなこたぁありゃせん。じーっとかぶってみぃ。あったかいじゃろーが
「信」の力は時として美しいが、多くの場合うっとーしい。とはいえ私はこんな場合逆らわない。仕方なくジジイと並んで再び滝に打たれることにした。素っ裸よりは白装束が似合うだろう。「六根精浄」とか「アブラケンソワカ」とでも唱えたろか?
確かに、言われた通り温かい気がする。しかしそれはホント「多少」だった。
私は、草津の小さな共同浴場で火傷しそうな程熱い湯に入ることをジジイに強要されたコトを思い出しながら、日本中どこにでもこのテの老人はいるもんだ、と苦笑したのである。ホンマ、好きなよーに入らせてくれや!
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上がってから、共同浴場のすぐ裏山にある例の殿様専用の風呂を見に行った。豪華絢爛なモノを想像してたらあにはからんや、意外に小さくて粗末な小屋があって、薄暗い中でザブザブと冷泉が溢れている。加熱する設備は無かった。
殿様もお節介な爺やの勧めで、水風呂に入れられてたのだろう。お気の毒に。
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