「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
瀬石/相泊温泉の巻

 先週の赤湯・池ノ湯とは異なり、これら2つは約2km離れてる。抱き合わせの紹介にしたにはワケがある。
 又、名前をご存じの方には、「迷湯」として取り上げるのはどうか?といぶかしむ向きもあるだろう。確かに、日本の最果ての秘湯の一つだもんな。

 実際、知床半島は日本最後の秘境である。東西両岸共に道は途中で終わり、後は無人の断崖が続くだけだ。稜線には主峰、羅臼岳を始め硫黄山・知床岳等の火山が並び、一度山に入ればそこはヒグマの巣窟だ。温泉の正確な箇所は全部は分かってないらしい。以前書いた、営林署発見の湯もあったりする。
 ま、迷湯のワケはお読み下さいませ。

 酷い目にあった昨日の屈斜路湖を早朝に発って、既に3ケ所の温泉をこなしていた。羅臼の町でお決まりのウニ丼食って、海岸線を北上する。武田泰淳の凄惨な作品「ひかりごけ」で有名になった洞窟を過ぎれば、さみしいさみしい北の果ての漁村だけが、白茶けてポツポツあるだけだ。
 海の向こうは国後島。帰属の問題はさておき、現実的にはここは国境地帯なんだな、と思う。

 羅臼より約30km、瀬石温泉に到着。旅館も何も施設らしきものは全く無い。道路脇にクルマを停めて、小石がゴロゴロする海岸に下るとあった。運良く干潮で入れそうである。海水は恐ろしく冷たい。
 波打ち際のあちこちで湯が湧いている。当然だが、目隠しなんて無い。天然そのまんま。小さいトコでは、鉛筆位の穴からポコポコ出てた。

 入れそうなのがやっと見つかった。と言っても、膝抱えて2人が限度の大きさだ。ぬるい!それに又や!底がヌルヌルする。
 まさか再び藻ではあるまい、と見てみると、それは折り重なった昆布なのだった。さにあらん、何となく「磯の」とゆーよりは、昆布出汁の香りがする。
 風は非常に冷たく、上半身は殆ど吹きさらしで寒い寒い。この精進ダシにじーっと浸かりながら私は、いつぞや紹介した幼稚園の同窓で乾物問屋の息子、エンドウ君を思い出した。二人並べば完璧なダシ人間だろう。

 ちなみに昆布でダシを取るには、絶対煮立たせては駄目である。余分な色と雑味とヌメリが出てしまう。料理の基本である。とすればこの瀬石温泉、極めて理にかなった出汁の取り方だ。使われるのが、一旦干された物でない事を除けば・・・・・・

 アプローチも平凡だったし、究極の秘湯を制覇した感激は、率直な所、なかった。むしろ全身ヌメッと昆布臭くなった事の方が印象に残った。

 気を取り直して、最奥地の相泊温泉に向かう。これも路傍の温泉で、ロケーションはソックリだ。小さな看板から海岸に下る。え!?
 ・・・・・・これ以上コメントのしようがない。防波堤下の露天風呂は、ものの見事に嵐で、一面の小石の下に埋まってしまっていたのであった。

 ・・・・・・・・・・・・

 ここの少し先で、道は完全に途切れる。何の愛想もなく道がなくなり、そこからが最初に書いた、本当の秘境の始まりだ。観光のカの字も、行楽客への媚もない。全ての「人為」を拒みつづける自然だけがある。

 道の突端で私は煙草をふかした。そして、楽しみにしてたこの2つの温泉の結果がこんな次第だった事が、却ってそれには似合ってるのだと、負け惜しみのように無理矢理自分に納得させたのだった。

Original 1996 Add 2004
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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