「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
曽原湯温泉の巻

 日本で一番沢山温泉のある都道府県は、言わずもがな北海道である。じゃ、2番目はどこか?と言うと、やや意外かもしれないが、信州は長野県である。
 もひとつ。信州が遠いとゆー先入観を抱いている人は多いが、実は案外近い。松本までなら吹田ICを起点に、約3時間半で着く。夏のシーズンは上高地を筆頭に観光客が溢れててたまらないが、時期をずらすと、ホント、ガラ空きでゆっくり楽しめる。旅館の相場が他府県に較べて安めなのも大きな魅力で、結構いいもん食えたりする。特に梅雨前の5月末から6月初旬は、高地で残雪に阻まれたりしなければ、天気も安定して絶好のタイミングだ。

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 蓼科温泉郷をシラミつぶしに入り倒し、日本の国道最高地点、麦草峠を越え、小海線伝いに小諸を目指す。殆ど桜の宮のホテル街と化した清里になんざ用はない。辿り着いたのは、田舎駅の集落を抜け、だらだらとリンゴ園を上がった所にある小さな鉱泉宿であった。平凡そのものの風景である。
 カルキ臭い風呂から上がって西陽の射し込む部屋でTV見てると、もう夕食の用意が出来たとオバチャンがやって来た。まだ5時半だ。他に客も居ないようだし、早く切り上げたいのだろう。

 --------お兄さん、大阪からですか。よーこんな温泉見つけて来られましたね。
 --------ええ、まあ、あちこち温泉行くのが好きなもんで。
 --------でもねぇ、私ら商売たたんでこの旅館始めたんですけど、サッパリです。名物も何もありませんし。
 --------はあ・・・・・・。
 --------もう、いっそ売り払って、リンゴ園にしようかとも思ってるんです。

 それから彼女は延々と、地味な冷鉱泉の旅館経営の苦しさを、客たる私に説明して聴かせてくれるのであった。ま、非常識と言えば非常識だが、とりとめのない愚痴につき合って聞き役に徹するのも、それなりに楽しめる。何せこっちも時間を持て余してたのだから。

 意外に豪華な食事も無くなりかけた頃、オバチャンはツユを持って来た。ネギとワサビもある。うーむ、最後のシメは蕎麦か。珍しいパターンだが悪くない。大好きだ。自分でも酒の最後によくザルソバ食うもんな・・・・・・てなコト考えてると、いよいよ運ばれて来た。何と!寿司屋の出前みたいな手桶である。こりゃいい。食いごたえがありそうだ。ん!?何やこれ?

 デンと卓に置かれたのは、テンコ盛りの「ざるうどん」なのだった。

 --------え!?ソバかと思てました。
 --------(少し嬉しそうに)そうでしょ!皆さんそうおっしゃいます。
 --------(やや絶句しそうになりながら)しっかし、信州でうどんとは・・・・・・
 --------まあまあ、手打ですから、沢山召しあがって下さい。

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 たんとも何も、直径1尺くらいある桶にデロデロッと、得々うどんの3玉分くらいの量が入ってる。大阪から遠路はるばる、信州の片隅でうどん、それもオニのよーに大量のうどんとは・・・・・・流石に意表を衝かれた。
 ビビる必要は全く無いのだけれど、私は何だか恐る恐る箸をつけたのである。

 そしてそのテンコ盛りうどんは、意外や意外、歯ごたえといい、喉ごしといい、ダシの加減といい、滅法、ウマかったのだった・・・・・・。

 4年前の事だ。オバチャンがグチグチ言いながら、今でもうどんをこねくりまわしてることを、私は密かに願っている。


2004補足
 上の文章では一人旅のように書いてあるが、実際は昔からの悪友の「少年」と泊まっている。何故か信州に男二人で旅行に行くことになったのだ。初日がここで二日目は尻焼温泉に泊まったが、この時の写真は紛失してしまっため、詳細は不明である。

Original 1996 Add 2004
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