確かトルコだったと思うが、世にも珍しい温泉があるという。かなり以前にTVで見たのだが、直径数十mはある巨大な露天風呂に、男も女も神妙な顔で入っている。何をしてるのかと言うと、そこにだけ棲息する小魚に身体の表面を、かじらせるとゆーか、舐めさせるとゆーか、とにかくつつかせているのだった。軽石風呂とでも名付ける他はない。
効能は無論、皮膚病である。
屈斜路湖の小さな半島で見た共同浴場は、湖の水位が上がって半ば水没し、温かいからか、魚がうようよ泳いでた。上の話を思い出し、試してみようかと思ったが、後から後から観光客は来るし、見た目より冷たかったり、魚の歯が鋭かったりしたらと不安になり、結局は止してしまった。
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有名な黒部のトロッコ電車を途中で降り、支線の素掘りのトンネルに入って行く。上高地の釜トンネルより不気味。しばらく暗い中を行くと、更に脇道の細いトンネルがあって、抜け出ると、いきなり古ーい一軒宿の横にポロッと出る。旅館以外は全く何もない山の中だ。いいロケーションである。
ここが今回の話の舞台、黒薙温泉である。膨大な湯量と泉温の高さを誇っており、トロッコの起点、宇奈月温泉は実はここから引湯しているのだ。名物は巨大な露天風呂。早速入らせてもらおうとすると
--------済みません。今洗ったばっかりで、余りお湯入ってないんですよ。
--------うーん、せっかく来たんやし、構わんのですけど・・・・・・
--------ホントにいいですか〜?
念を押されて行くと、OKOK。15cmはたまってる。十分許容範囲だ。大の男が裸で、腹這いになったり仰向けになったり、ハタから見たら変態だな、こりゃ。誰も居ないからこそ出来る芸当だわ。
我ながら笑える奇妙なカッコで、この動作を繰り返す内に、少しは暖まったような気がして来た。見れば、横の川のあちこちでも、湯が湧き出してる。よし!こっちにも入ったれ。
河岸近くは熱湯で、幾つも開いた小さな孔からプクプク出ていて、多分沸点近い高温だろう。地熱で河原の石までが熱い。飛び跳ねながら、ようやく適当な場所を見つけることが出来た。
やや浅くてぬるいが、やはり気持ちいい。野趣とはこーゆーのを言うのだ、と一人悦に入ってると、何やら身体に触れるものがある。一つや二つではない。全身にピトピト当たる。
じーっと目を凝らして、不覚にも悲鳴を上げた。うわ!
体長2cmほどの小さなオタマジャクシが、辺り一面を泳ぎ回っていたのである。雪深い、過酷な黒部の自然を生き抜く智恵か、単にその周辺が暖かいからか、何かよー分からんが、おびただしい数のオタマジャクシであった。
一瞬ひるんで立ち上がったが、よく考えればオタマジャクシは嫌いではない。姿・形に愛嬌もあるし、人畜無害ぢゃないか。ガキの頃、育ててカエルにしたこともある。触るのだって平気だ。第一あのオチョボ口で噛みつくことも無かろう。
気を取り直して、深いV字峡谷の底、オタマジャクシの湯をしばし楽しんだ富山県・黒部の旅でありました。 |