「家族湯」なるモノがある。少し大きな共同浴場で良く見る。旅館でもたまに見かける。通常、時間貸しで2千円前後が相場だろう。要はプライベートバスなので、利用方法は家族に限らずカップルだって構わない。男同士はかなりキモチ悪いな、こりゃ止した方が良い。ま、ともあれ使い方は人それぞれだ。
知る限りでは、下田(九州の)温泉のものが圧巻であった。共同浴場の2階に、ズラッとこの家族湯の小部屋が並んでいる。余計な詮索の一つもしたくなる位、これはもー、淫靡な眺めではあった。ホンマ、何やったんや!?
さて所変わって、山陰は鳥取西方の浜村温泉は、白兎海岸にも近く、哀調を帯びた貝殻節で有名な温泉である(と月並な観光ガイドの文章になった)。しかしその実体は、駅前1分、線路沿いに延びた街道筋の平凡な温泉だ。景観だけでは、ホメようも、ケナシようもない。
そこに立ち寄った時のことだ。
一番古めかしい宿を選んで入ると、ほほお、家族湯があるやないか。大浴場が5百円で、こっちは千円。充分ペイできる値段だ。
昼下がりの館内はシンとして、板張りの廊下といい、フロント脇の籠に入ったマッチや荷札のレトロな柄といい、ロビーと言うより「歓談室」とでも呼んだ方が似つかわしい広間の、クラシックなモスグリーンのビロード張りの応接セットといい、これは期待できそうだ。
そうして浴室に入って、目が点になった。何やねん、これ!?
湯舟が小さいのだ。
それも尋常なレベルでなく小さい。シェル石油のロゴみたいに貝殻を型取ったタイル貼りの浴槽は、直径が70〜80cm、深さにして40cm足らずしかない。子供の頃、行水に使ってたタライだって、もう少しは大きかったような記憶がある。これでは大きな洗面器ではないか。そこに、熱湯に近い湯が湛えられている。
一体、こんなのにどーやって浸かれとゆーのだ!?
加えて浴室自体も小さい。我が家のユニットバスの方が余程広い。こんな家族湯に入れる「家族」って、実際存在するのだろうか?ひょっとして「お子様専用」と書いてあるんじゃないのか?赤ん坊を沐浴させるベビーバスならジャストサイズだよな。
浴室の突き当たりに扉があるので、或いはちゃんとしたのが奥にあるのか?と開けてみたら、旅館の外である。目の前に山陰線の赤錆びた線路が通っている。おいおい、これだけかいな。
入るたびに湯が溢れて、半分位に減ってしまうのを継ぎ足し継ぎ足し、ちっとも暖まらないまま、何とも腹立たしくも珍妙な「家族湯」との格闘は、約1時間にわたって続いたのであった。
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実を言うと、私は貝殻節のメロディーを知らない。聴いたことがないのだから。しかしながら、この先聴きたいとも思わない。聴けば多分、ハラが立つだけだろう。 |