上の湯はすぐに見つかった。国道脇に新築された、最近流行のログハウスっぽい外観のクアハウスみたいなフロ屋で、面白くも何ともなさそうなのでパス。どーせしょーもない「打たせ湯」とか「超音波湯」とかのオンパレードだろうから。いつからこんな没個性なんばっかし増えたんだろう?
で、下の湯が分からない。下と呼ぶ位だから下流の方だろう。引き返して川沿いに走る。さっきもそれらしい建物はなかったよな。よし窓を開けて走ってみよう。2〜3・の間を何度も往復する内に、微かに硫黄の匂いがしたような気がした。アッと思って車を停め、谷底をのぞき込むと、河原から湯気が上がっている。少し離れた所に民家がポツンと一軒建っている。絶対あれに違いない。
早速訪問。中年の、良く日に焼けたオッサンが出て来た。多分ここの御主人だろう。
--------良く分かったね〜。看板も出しとらんのに〜。
--------はぁ、大分探しましたけど・・・おいくらですか?
家を囲むように建つ、納屋や車庫といった小屋と区別がつかないボロボロの建物の一つが浴室であった。屋根の空気抜きがなければホンマにただの小屋だ。内部は、狭いながらも一応目隠し程度に男女別に仕切られていて、ムッチャクチャに熱い硫黄泉がザバザバあふれている。とても長時間は入っていられない。
ゆでだこ状態でのぼせて涼んでいると、先刻の大将が話しかけて来た。
--------どっから来たんだ〜?
--------大阪からです。
--------はあ〜、遠いトコから来たんだ〜。んな、これ飲んでけ。
・・・・・・と奥から取り出して来たのは、ポカリだった。ちなみに入湯料は200円である。飲みながら色々と四方山話を伺う。
本業は養蜂業で、絶えず花を追って日本を南北に移動してて、家にいる方が少ないこと。別に温泉で食って行く気も無いので、湯は殆ど川に捨てちゃってること。近所の人がたまに入りに来る位で、滅多に客の無いこと・・・・・・。
これは、迷湯とゆーよりは或いは、究極の秘湯にむしろ近い。
何も、鳥も通わぬ人跡未踏の地にある温泉ばかりが秘湯ではなかろう。例えば、有名なカムイワッカの湯の滝。確かに場所は凄いよ。知床半島の末端近くだもんな。ほんま地の果てだわ。しかしシーズン中など、人であふれ返って、もう、うるさいの何の。秘湯もヘチマもあったもんじゃない。ひどいもんだ。
だいたい知られてないからこそ「秘湯」なんだろ?人が順番待ちする秘湯なんて矛盾じゃないか。
余りの浮世離れしたノリに圧倒されたまま、ハツミツを一瓶買って、帰り際、オッサンはこう言った。
--------兄ちゃん、上の湯は行ったか〜?あそこも俺のモンだったんだけど〜売っ払ったんだ〜。あそこは新しいし綺麗だし、いいぞ〜。
「いや、違うんだってば・・・・・・」出かかったコトバを呑み込んで私は、そこを後にしたのだった。田舎では良くあることなのだ。
北海道は噴火湾沿い、海岸より山中に少し入った所での話である。ちなみに、上記会話中で「〜」と大将の語尾が伸びているのは、北海道特有の方言を表現したもので、決して、このオッサンがボーッとした人だったワケではありません。よろしく。 |