何じゃこの名前!うーむ、名は体を表すとは言うが、モーレツに胡散臭い。絶対迷湯に違いない。地図には例の温泉マークも載ってないが、その川沿いには幾つも温泉があるので、国道脇にデカデカと立てられた看板を信じて、砂利道をガタガタと谷底に下りて行った。
平屋の飯場のプレハブが建っている(薄緑色のアレだ)。ブルドーザやミキサーが砂利の広場に放置されている。廃業した石切り場みたいな場所である。旅館らしき建物などどこにも見当たらない。おかしい!看板は結構新しいものだったのだ。
仕方なしにプレハブの方に向かうと、入口に小さく「猫鼻温泉」と出てるではないか。一瞬我が目を疑った。中はゴザを敷きつめた何の仕切りもない広間。いよいよザコ寝の飯場っぽい。裸電球が幾つも下がっているところが一層、雰囲気を盛り上げている。
隅っこの厨房に、中年のオッサンオバハンが所在なげに座っている。確か300円だったかのお金を払って、何はともあれフロに入ることにした。で、たまげた。
これがもう、有名観光旅館もたじたじの非常に広くて立派な露天風呂。巨岩が随所にしつらえてあって、えらく豪勢な造りで金も掛かってそうである。川が流れる目の前の景色も大変良い。そのクセ、内湯はやっぱりこれもプレハブ小屋で、何と浴槽は工事現場で使う水槽がそのまま地面に置かれているだけ。
湯量はとにかく豊富で、どんどんどんどん黒いホースから景気良く流れ出していた。
何なんだ?この露天風呂と建物のアンバランスは?といぶかしみながら、湯上がりに色々と話して大笑いである。要はフロに金掛け過ぎて、建物にまで資金が回らなくなっちゃったんだそうだ。嘘みたいだが、とぼけた現実であった。
そうそう、もう一つ金の掛かっているモノがあった。キーホルダー・ステッカー・キンチャク袋・Tシャツにのれん・タオル、とまあ、オリジナルグッズだけは土産物屋顔負けの品ぞろえで、その、どう見たって飯場そのものの建物の片隅で販売しているのであった。
何を考えてんだかさっぱり理解に苦しむこの温泉、新潟と長野県境は大糸線沿線にある。周囲には最初に述べた通り、姫川・蒲原・小谷といったひなびた温泉が幾つも点在している。それらについては、いずれ別の折を見て紹介したいと思う。
附記
昨年(95年)この一帯は、梅雨末期の記録的な豪雨に見舞われた。確か小谷温泉は2週間近く孤立していたのではなかったかと思う。大糸線は未だにこの辺りが不通のままである。この極めてうろんな猫鼻温泉がどうなったかは不明である。新聞でもTVでも特に報じられてはいなかったが、もし流されたのなら、あのバカバカしい程でかい露天風呂を作り上げた、不屈の精神で再興して欲しいものだ。
でもその時は建物も忘れずにね!
2004補足
最近ネットで調べてみたが、残念ながら再興されていない模様である。
|