「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
岩山温泉の巻

 岡山県の新見から、姫新線に沿って少し東に向かった所の国道脇。やはりいつものパターンで、どう見たってこれも民家。それも古い物ではなく、モルタルの建て売り住宅みたいな外観。それでも2階のベランダに「岩山温泉」と看板があるだけ、これまで書いて来た迷湯よりは少しマシかも知れない。

 玄関も全く普通の民家。ゲタ箱もちゃんとある。何だか自分が飛び込みの訪問販売のセールスマンにでもなったような気分だ。奥からバアサンが出て来て500円払うと、応接間とゆーよりは茶の間に通される。コタツに入るとミカンを勧められる。それからおかきを出される。ミックスナッツも続いて出て来る。えらく愛想が良い。
 茶ダンスに見事な備前焼が並んでいるのでホメると、ズラーッと取り出して一つ一つ丁寧に説明してくれる。確かに逸品揃いではあった。

 待つこと30分余り、やっとフロが沸いた。朝から沸かし忘れてたのだ。上にタラタラ書いたのはつまり、バアサンの必死の時間延ばし工作だったワケだ。

 フロも、普通の家の浴室と変わらない狭さ。2人が限度。何とまあ、ポリバス!くるくる巻いてたたむフタ!自分の家の風呂場と変わらへんやないか。浴室の隅に置かれたバスマジックリンやホースが余計所帯じみた感じを増してくれる。

 湯の方は、言われてみれば心なしか薄黄緑がかって、硫黄臭がある(ような気がした)。少なくともバスクリンぶち込みではないみたいだ。普段入湯だけの場合、ゆっくり湯に浸かるだけで、身体も洗わないし洗髪もしないのだが、洗わない方がこの場所にはそぐわない。思わずゴシゴシと洗ってしまった。

 何だか見ず知らずの家にフロを借りたような気持ちで、玄関先で靴をはきながら、先刻から気になっていた事をひとつ、尋ねた。

 --------あのぉー、こちら宿泊はやってはるんですか?
 --------はい、やってますよ。今度はゆっくり、泊まりに来て下さいな。

 一体全体、ここに泊まりが目的で来る人とはどういう人なのだろう。最近は少なくなった街道筋の商人旅籠でもなく、農閑期の湯治場でもなく、秘湯では無論さらさらない、この民家みたいな旅館に宿泊する目的とは何ぞや?
 でもまあ、とにかく親切にもてなしてくれるおばあはんやったなあ、と妙に私は納得して、夕暮れの迫る中、帰路に着いたのだった。

 5年前の事である。それにしても不思議な温泉だった。

 尚、新見近辺は阿哲台と呼ばれるカルスト台地が広がっており、横溝正史の初期の傑作「八つ墓村」のモデルとなった満奇洞、その映画のロケに使われた井倉洞や、備中鍾乳穴、羅生門を始めとする大小数々の鍾乳洞が点在する。スケールの大きな石灰岩台地特有の景色が見られる場所としては、大阪から比較的近いので結構気軽に楽しめる。
 加えて、瀬戸内、日本海どちらにも抜けれるので、他の観光地と組み合わせて2〜3日の旅行に発展させることも割合簡単だと思う。
 
ついでに雑学を披露するならば、「八つ墓村」の冒頭のハナシ、あれは実話であって、昭和初年にあった身の毛もよだつ猟奇的事件、「津山30人殺し」を下敷きにしている。これを直接題材に取った映画に「丑三つの村」とゆー、とってもオドロオドロしい作品があった。

 観光旅行の予習には全く役立ちませんが、いかがでしょうか?多少エグいですけれども・・・・・・


2004補足
 一昨年の秋、所要で姫新線に乗ってこの辺りを通りかかった、車窓より眼を凝らしてみたが、ついにこの「岩山温泉」は見つからなかった。廃業したのかも知れない。
Original 1996 Add 2004
--------Asylum in Silence--------秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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