「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
毒沢温泉の巻

 ともかく名前からして凄いぞ、これは。「毒沢」だもんな。盆の真っ最中に当日予約が取れるのも、これまた何だか凄い。確か89年頃だったと思うが、一泊二食でたったの4600円というのも、行く前から迷湯の確信が湧くというものだ。

 松本から諏訪湖に出て、高ボッチ高原に上がる県道の途中、山の斜面の住宅街の途切れる辺りに旅館が数軒。「沢乃湯」というのが泊まる宿である。国民宿舎と看板は出ているが、全然そのように見えない。古いロッジのようだ。

 通された部屋はとてつもなく奇妙な、タタミが6枚一列に並んだ文字通りのウナギの寝床。もちろんのようにクーラーはなく、真っ赤に灼けてささくれた、そのケッタイなタタミの上には冗談みたいに小さいチャブ台。調度はそれだけ。西向きでひどく暑い。
 今時、山小屋でももうちょっとはマシなのではないかと思うが、値段が値段だけに、腹を立てる方がヤボというものだろう。絶対国民宿舎ちゃうで、こりゃ。

 気を取り直して庭でも見ようと窓を開けると、緑と赤のコントラストが美しい。トマトだ。横はピーマンだ。ナスビだ。枝豆だ・・・・・・畑やないか!トホホ・・・・・・

 いい加減なさけなくなってくる。気がつくと、タタミと同じく真っ赤に灼けた綿壁には、大きく10円パンチで「バカ」と引っ掻いた跡。余りに出来すぎた追い打ちである。一体、俺が何をしたというのだ?

 しかし、泉質自体はとても珍しいものだった。ドロドロの山吹色の湯は見るからにコッテリしていて、いかにも「効きそう」である。まぁ、見方によっては、工場廃液か鉄工所の水たまりに見えなくもないけれど。
 食事も、部屋から受けたインパクトにくらべれば、簡素だけれども、マトモな内容だった。まあ、一言で言って幕の内弁当だったけれど。

 近くには「万治の石仏」と呼ばれる、顔が北条の五百羅漢に似たというか、太ったモアイのような謎の石像があって、よく観光ガイドに紹介されている。新田次郎の小説に、確かこれを題材とした作品があった。

 ・・・・・・と、それなりに観光の拠点になりそうな立地であるにもかかわらず、何だかとても怪しい旅館なのであった。そもそも地名からして怪しい。部屋の怪しさは上に述べた通りである。

 色々の怪しさはさておいて、一番怪しかったもの。それは、館内のあちこちに貼られていた温泉の効能書きである。何ぼ何でも「ガンに効く!」は思い切ったものだ。うーむ。

附記
 この「毒沢」の名の由来は、ウソかマコトか、信州には無数にある武田信玄の隠し湯の一つで、余りの効能の凄さに、機密を守るためワザと「毒」の字を当てたのだという。これも、いかにもウソッぽくて笑える。


2004補足
 ここは美人姉妹と混浴になった新湯田中温泉(「美人姉妹とM君な湯田中温泉」参照)の翌日に泊まっている。
Original 1996 Add 2004
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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