三田駅から南に少し下り、県道を外れて、村の狭い道をクネクネと看板に従って入ったどんづまり、「鹿の子温泉」という一軒宿がある。すぐ横は中国道が通っていて、フェンス越しに行き交う車の音が響いている。古いだけの、何だか全く普通の木造の民家で、ポツンとあるのが見るからに怪しげである。
奥からのろのろとバアサンが出てきた。
--------すんません、温泉入らせてもらえませんか?
--------(ギロッとにらんで)入りたいのん?
--------はあ・・・・・・
--------入りたいのん!?
--------(入りたいから来とるんやないか!)はあ。おいくらですか?
--------(30秒位考えてから)1000円!
--------せんえん〜!?
思わず声が裏返ってしまった。どう考えたってこの建物、この外観、多分風呂も家庭用のに毛が生えた程度だろう。第一、値段にしたって思いつきで今決めたに決まってる。それが証拠に、30秒位考えてたやないか。
アタマに来て、「おいババア!ちょっと待たんかい!コラ!」と言いたいところをグッと抑えて柔らかに、高すぎやしないかと抗議したが、その答えが笑わせてくれる。
--------ウチはな、沸かしてはおるけどな、中身はホンマモンの温泉なんや。他んとこみたいにフロ屋や何や分からへんのとは、ワケがちゃうねん。
それで何で千円なのかは理解に苦しむが、余りの自信と挑発的な態度にだまされたつもりで入ってみた。そして、キッチリだまされた。男女2つの浴室の片方はすでに物置になっていて、いずれにせよ最初の想像通り、家のフロみたい。淡黄色の湯は、それなりに何かの成分は含まれてるのだろうけれども、取り立ててどうこう言う程のものでもないだろう。
さて帰り際、それでも玄関に見送りに来たバアサンは変わらぬ自信で言ったのだった。
--------でや!?やっぱしホンマモンは良かったやろ!?また来てな、ニイチャン!
完全にババアのパワーの前に、私は敗北したのだった。ともあれ一つ勉強になったことがある。それは、「自信を持ってやれば、ボッタクリはボッタクリでなくなる」ということである。
補足(2004):
うろ覚えだが確か、一泊二食料金は「ぼたん鍋」コースか「すき焼き」コースの選択で18,000円とかなり法外な料金がどこかに掲げられていた記憶がある。しかし、残念なことにその後ここは建て替えられて、日帰りのスーパー銭湯になったそうである。 |