「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
上質な大人の時間


ムチャクチャな本やね。

 ・・・・・・ナニ寝言ゆうてんねん!?ドアホッッ!(笑)

 ってな気持にもちょっとなるけど、最近、中年のオッサンをもっぱらの購読層として、この「上質な大人の時間」を標榜し、スノッヴとペダントリーを前面に押し出した趣味雑誌が続々と出てきている。

 内容はおおむね旅行・老舗グルメ・高価でちょっとレトロな時計や文具、光学製品といったところだろうか。バブルの時代に蝶よ花よと浮かれて、まんまと巧く泳ぎきって勝ち逃げした人々もそろそろ50代、それでいて時代はオトコに昔ほどワーカホリックであることを望まない、ってところなのかも知れないが、いずれにせよ、余暇を愉しむことそのものはいいことだ。おれも買いこそしないが、ザーッと右から左に本屋の店頭で流し読み程度はする・・・・・・つまり「立ち読み」ってことだな(笑)。

 読んでみると、おれのサイトが取り扱ってる対象物がかなりそれらに近似してるのがよく分かる。温泉にグルメに楽器に音楽、時計、あ、カメラのことも書いたな・・・・・・そのうち文房具のことでも書いたろかい!?
 とまぁ、オッサンの嗜好の辿り着く先は大体似たり寄ったりのものになるのかもしれないが、厳然と異なる点がある。おれの取り上げるのはマニアックといやぁ聞こえはいいが、つまりは「B級」と呼ばれるものがほとんどなのだ。例えば温泉。一度だって高級旅館が出てきたことがあるか?グルメ、会席のコースや満漢全席、ミシュランの三ツ星を取り上げたことがあるか?ギター、ギブソンやフェンダーの宝石のようなヴィンテージを取り上げたことがあるか?

 唯一時計だけがひどく異なるけど、そりゃそうだ。あれはいわば「ブランドのもつ意味を学習する」ために買ったようなものだからだ。あ、それともひとつ、客観的に言ってヨメの容姿はB級というほどではないだろう。問題はおれの写真のウデだ。おれの写真技術は完全にC級以下で、どうしようもなくヘタなのだから。
 話はそれるが、たまに肉爆弾っちゅうか、肉布団っちゅうか、すんげぇ彼女やら女房の画像を堂々とアップしてらっしゃる方を見かける。そりゃ、趣味嗜好は色々だし、その人の行為自体を否定する気はこれっぽっちもないが、もしおれが同じ状況なら絶対しないだろうな・・・・・・。

 ・・・・・・脱線してもた。

 ああ、「上質な大人の時間」の話だった。
 上質とか言いながらしかし、これらの本って結局、社会的に確立されたブランドやステータスを羅列してるだけなので、どこか浅薄で寒々しさが漂うのも事実だ。根本的に欠けているものがある。
 それは有形無形を問わず新しいものに挑む「冒険心」、あるいはそれらを融通無碍に受容する「自由闊達さ」であったり、無価値のもの、くだらないもの、些細なものを慈しむ、稚気あふれる「玩物の心」というべきものだ。それってやはり寂しい。

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 さて、このような「大人の上質な時間」に欠かせないアイテムの一つに「酒」がある。大人だから酒かいな?(笑)

 洋酒ならやれシングルモルトだピートの力強い香りだ、いやいや男ならバーボンだ、日本酒なら純米だ吟醸だナントカ杜氏だ酒米はどぉだ精米率はどぉだ、焼酎なら乙類だ低温蒸留だ芋だそばだ麦だ、とかますびしいこと限りない。添加物は入ってないかも知れないが、もう薀蓄テンコ盛りだ。「ク」がなかったら大変だ。

 ちなみにおれは日本酒だけは分かる(ワイン・洋酒・焼酎の類はよく分からない。焼酎はある程度分かるが、少なくとも「森伊蔵」に何万も出すのはバカバカしい、と分かる程度だ)。また語れ、と言われればいくらでも薀蓄を語れるだけの知識もある。また、実際語ったりもする。例えば社用で飲んで、宝石のような日本酒を飲めたとき。このような場では、ある程度いやらしくなく、しかし同席の人々の瞠目を集める程度に薀蓄を傾けて、その価値を十分に堪能したことを示さねば失礼ってモンだろう。要は社交辞令だ。

 昔は友人たちと飲んでても、わいのわいのみんなで語りまくったもんだったんだが、最近はイヤになった。美味いのだけど肩がこる。漆塗りの枡の上で薄いクリスタルガラスのコップになみなみと盛りこぼされた、キーンと冷えた薄い琥珀色の日本酒には、飲む者に何かを・・・・・・つまりは賞賛を語れと強要しているような押し付けがましさがあるのだ。それと、看板倒れが案外多いこともおれは知っている。商売のジャマするのは本意でないのでブランド名は伏せるが、そんな酒はけっこう多い。それって何だか手続きばかりめんどくさくって、いざやってみるとマグロのタカビーな美人みたいなもんで、うっとおしい。

 そんな何とも歯がゆいような思いでいたところに、知り合いから一軒の店に誘われた。四谷駅近くにある酒屋なのだが、店の奥が立ち飲みになっている。酒屋で立ち飲みはさほど珍しくはないが、ここは銘酒ばかりを手ごろな値段でキッチリ正一合、ショット売りで飲ませてくれる。どれもサラサラと清冽だが、シッカリと味のあるいい酒ばかりだ。肴も充実してて、冷蔵棚のバットに並んだのを「これ」とか指差すと、オバチャンがオタマで小皿に取ってくれて、高くてもせいぜい300円くらいだ。あまり食わない人なら三合飲んで2千円でお釣りが来る。

 この店で、3人で5杯づつ飲んだ。1升5合。飲み過ぎやな(笑)。そうして酩酊していきながら、おれはホンの少し真の「上質な大人の時間」を持てた気がした。そぉいやこの夜はそれからさらに3軒ハシゴして、失神寸前まで泥酔したなぁ。

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 2千円でお釣り、で思い出した。最近、1冊の本を読んだ。中島らもと小堀純の共著になる「せんべろ探偵が行く」(文藝春秋)である。何ぢゃぁ、またらもさんかい!?とツッコまれそうだが、この本は未読だったのだ。おれの家は狭いので、新刊で本を買うことは滅多にない。それがなかなか文庫化されないのでジレてついに買っちゃったのだ。

 内容はタイトルどおりだ。「せんべろ」とは「千円以内でベロベロに酔える店」のことであって、これを中島らもと小堀純に加え大村アトムその他の怪人が訪ね歩いては、取材っちゅうか、つまりは単に飲みまくる、というルポ(笑)である。実にユルユルでバカバカしくて良い。当然ながら「一人千円以内」の決まりはほとんど守られず、次回のツケだとかなんとか言いながら、結局ほぼ毎回グジャグジャになってるのもいい。訪問記の合間にはさまれる中島らものエッセーが、若い頃、目の前で料理してるメシ屋のバーサンに上物のハッパの煙吹きかけ続けたら包丁のリズムが変わった、みたいなこれまた下らなくもヤバい内容ばかりで本当に楽しい。
 ま、この本が上梓された当時、彼は大麻事件の公判中だったので、明らかに官憲を挑発することを意識して書いたのだろう。あふれんばかりの毒気とアウトローの反骨精神を、笑いのオブラートに包んだのはいかにも彼らしく、面目躍如たるところだろうが、とまれ、ここで語られるどうしようもなくくだらないあれこれは、なぜかこれまでの作品以上に不思議な透明感に満ちている。

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 もうみなさんお分かりだろう。

 飴色のマホガニーやオークの調度に囲まれた暖炉の炎の中にも、転がし方さえ分かってないパイプの紫煙の向こうにも、エボナイト削り出しの万年筆での恐る恐るの試し書きの中にも、思わずクセにむせ返りそうになったスコッチのグラスにも、背取りされまくった残りカスとも気づかぬまま大枚をはたいた古本にも、チップをやるべきかどうか古女房とひそひそ話を交わした日本旅館にも、結局下取り気にして無難にまとめた金銀コンビのジュビリーブレスのオイスターパーペチュアルにも、買ってからファインダーに被写体が天地逆に映ることを知ってアセッたローライの二眼レフの画像にも、よく分からないままオークションで競り落としたアブの#5000にも錆だらけの200Aにも臭いの強いMossにも・・・・・・「上質な大人の時間」なんてないのだ。

 ましてやそれらが付け焼刃である以上、なおさらだな。アンチョコなマニュアルに頼って何が「上質な大人の時間」なものか。


アブの#5000ってこれです。

2006.03.14
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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