「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
王国の崩壊


夜に沈む軽井沢プリンスゲレンデ遠景

 初めて「軽井沢スキー場」に滑りに行ってきた。総勢9名。東京から長野新幹線「あさま」でバビューンとわずか1時間ちょっと、駅南側に広がるプリンスホテルの広大な裏山がゲレンデになっているのだ。みんなでお安く気軽に日帰りで、ということで駅でパンフをもらってきてここを選んだのである。だって、新幹線代+リフト1日券で9,800円なんだもん

 感想は、んん〜・・・・・・ちょっとイマイチかな。とにかく狭い!!コース幅が最大で30mもない上に、異様にギッチリ張り巡らされたリフト、やたらと多いコースの分岐と合流(ひどいところでは交差点があった!)、そこに休日ということもあってあふれかえらんばかりの人。ファミリー比率非常に高し。当然スキーばっかしなので、滑り出しのタイミングを逸すると、カルガモ親子のようにダラララ〜と降りていく。避けるのがタイヘン。まぁ、こちらも子連れなので状況は似たり寄ったりなんだけどね。

 何たる奇遇か。こうして軽井沢に滑りに来た前日、西武・コクドグループの総帥、堤義明が逮捕されたとメディアで大きく報じられていた。軽井沢は言うまでもなく、コクドグループの本拠地の一つで、この広大な敷地はそのまま群馬県境まで続いているんだそうな。

 コクドの錬金術は意外に簡単だったみたいである。最初は払い下げの土地を安く買い上げて、そこにプリンスホテルをおっ建てて、広大なリゾート施設を作る。夏はテニスやゴルフ/冬はスキー、っちゅーワケやね。そして地元民を多数雇う。これだけ工事バンバンして雇用を創出したってコトで、土建屋/地元政治家とのパイプはますます太くなる。で、そこへの観光客をますます誘致できる、だけでなく他の地方からも陳情/誘致の声がどんどんかかって来る。

 ・・・・・・そんなに上手く行くんかいな!?ええハナシやのぉ〜!と、フツーは誰だって思うよね?

 実際、同じようなことを夢見て破綻したリゾート施設は枚挙にいとまがない。死屍累々の状態だ。シーガイア・ハウステンボス・レオマワールド・・・・・・etcetc。何で西武だけが上手いこと行くんやろ?と、おれは昔から不思議だった。しっかしやっぱブランドイメージかなぁ、と、同じような事業やってるチサングループが倒産したときには思ったものだし、やっぱ鉄道持ってるからかなぁ、とシーガイアやハウステンボスの顛末を見たときには思ったものだ。さっすが天下のコクドやなぁ〜、いつだったか「世界一のお金持ち」として取り上げられてたもんなぁ〜、くらいに納得してたのである。おれだけぢゃなかろう、日本人の多くがそう思ってたに違いない。

 ともあれコクドは、この単純極まりない雪だるま式のリゾート開発を実に40年以上も続けてきた。その結果、面積では日本で2番目の大地主となった。その広さは4,500万坪!!1位は王子製紙だが、大半が北海道の二束三文の山林なので、含み資産では圧倒的に1位。そりゃ〜、色々悪辣なこともやってきたんだろう。でも、倫理や道徳上の是非はともかく、このスケールは大したもんだ。

 ・・・・・・と言うものの、この所の報道を見ると、どうやらまったく実態はスカスカで中身は火の車、とんでもない財務状態だったようである。あのライオンズにしたって年間20億円の赤字なんだそうな。20億だっせ!20億!
 正直、よくここまでやって来れたもんだ。「プリンス」の看板以外、何もあらへんやん(笑)。

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 近頃ちょっとご無沙汰だが、おれは関東に越してきて最初の数年間、正月は家族で雫石の「M」という民宿に泊まって、「雫石スキー場」やその近辺で滑りまくる、というパターンで過ごした。広大なゲレンデ直下には、苗場ほどではないにせよドーンとプリンスホテルが建っていて、反対側はゴルフ場になっている。雪に埋もれた季節にしか行ったことがないので良く分からないが、テニスコートなんかも当然数多く整備されているのだろう。


とにかく広いことは広い

 見ての通り広大なゲレンデである。輸送機能も大きい。ロープウェー1基に、ゴンドラ2基!ふつうのリフトも15本。最長コースは実に5,000m。ゴンドラに乗るにはシャトルバスで3分ほど行かなくてはならない。この人も逮捕されちゃったけど、リクルートのかつての総帥・江副浩正が開発に心血を注いだと言われる安比高原より、こちらの方がテクニカルでコースの変化には富んでいる。

 ただし、雪がたくさんあれば、の話だ。

 ここは奥羽脊梁山脈の東斜面、太平洋側に当たるので、雪の量が元来少ないのだ。ひどい年など、初日メインバーンしかやってなくて、それもあちこちで土が見えていてどないしよう?と思ったものだ。幸いその夜まとまった降雪があって助かったけど・・・・・・。しかしそれでも、一番北の端の第二ゴンドラのコースが開いていた年は、おれの記憶では一度しかない。狭いヤセ尾根の上級コースなので雪が吹き飛ばされて積もりにくく、積もっても滑る人が少ないもんだから、運転代の節約か何なのか、よほど人が来ないとゴンドラを動かさないみたいなのである。ケチ!(笑)

 そう、でだしの紹介はかなりムリして好意的に書いたけど、実はおれ、偶然飛び込みで電話した民宿「M」が、あまりに安く、親切にもてなしてくれるのが気に入ってここのリピーターになっただけで、雫石スキー場そのものは、さほど良いとは思っていないのである(※)。

 もっと正直に言うと、そもそもこんなところにスキー場を作ったこと自体、ムリがあったのではないか、という気さえしている。たしかに盛岡市内からのアクセスは良い。上手く行けば40分ほどで着くだろう。しかし、高速道路が整備された今、豊富な降雪と雪質の良さで知られる夏油や八幡平だってさほど時間は掛からない。どだい、盛岡は人口僅か30万人弱で、これだけのゲレンデを支える地元客がそうボンボン来るとも思えないし、他府県からの客だって、もっといいゲレンデ目指すに決まってる。つまり、敢えて来なくてはならないという必然性があんまし感じられないゲレンデなのだ。
 それが証拠にここ、スノージャンキーみたいな連中の姿は皆無で、家族連れやアシも金もない中高校生くらいの若いグループがほとんど、それもいつも正月二日以外はリフト待ちもあまりない程度の客の入り込み具合だった。その点は良かったな(笑)。

 さて、宿からゲレンデまでは若干離れているので、毎日民宿のお爺さんがワンボックスで朝夕送迎してくれる。基本的に寡黙な人なのだが、それでも道中ポツポツと話をしてくれた中に、プリンスホテルの経営状態、というのがあった。

 ------ここのプリンスホテル、実は前から大赤字なんだそうだ。それが今回の岩手山の噴火でリフト券値下げしたろ?えれぇ大変だ、っちゅー噂だ。
 ------え!?でもまずまず流行ってるんぢゃないですか!?
 ------いや〜、冬の間だけだべ。それにもっと行列できるくらい人が来ねぇと、スキー場はもうからねぇんだ。泊まるとこなら繋や鶯宿やら、温泉あってもっとエエのがいくらでもあるわだ。
 ------それでよく経営もってますね。
 ------あんさ!大きい声では言えねぇけどよ、プリンスホテルで儲かってるトコってば、品川とか苗場とか軽井沢とか、日本で4つくらいしかねぇ、っちゅーでねぇか。
 ------そうなんですか!?それで何で閉めないんですか!?
 ------閉めるに閉めれねぇんだべ。プリンスの看板があるしよ。そんなん分かったら、日本中でえれぇことになるしよ。地元はこれのオカゲで冬、仕事があるしよ。色々、センセーとのつながりあるみたいだしよ。
 ------ま〜、それに何たって西武・コクドですからね〜。ホテルやリゾートの経営がおかしくなってたって、他で充分埋め合わせて行けるんでしょうねぇ。

 この話を聞いたのは、5〜6年前の初頭だったと思う。その時は「いくらなんでも黒字が日本に4ヶ所しかないなんて、んなアホなぁ〜!」って思ったが、世間知らずのおれが楽天的で、お爺さんの情報の方が極めて信憑性の高いものであったのは、最近の報道で良く分かる。

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 TVでコクドの放漫経営の例として、秋田の奥地、マタギの里である阿仁にある「森吉スキー場」が取り上げられているのを観た。1日の平均入場者数550名!ほとんど無人のゲレンデは、バフバフのパウダー!空中を行くゴンドラに人影はほとんどなし!(笑)こりゃ滑るには最高だろうが、素人目にも採算性は明らかにないってことがよく分かる。
 ちなみに東京からクルマで行くと川口JCTから680km!最寄り駅は秋田内陸縦貫鉄道の阿仁合で、そこからクルマで30分。もひとつちなみにこの線、1時間に1本でっせ!角館からだけでも1時間半!(笑)

 また、同僚のT君が言ってたことも思い出す。数年前、宿泊代の安さに釣られて下田プリンスに彼女と泊まったら、ひどく町から離れた辺鄙な山の中にポツンとあって、周囲には何もなく、夏のシーズンだというのに館内はガラガラ。部屋代はたしかに安かったけど、料理代はひどく高かった、とやや憤慨しつつ話していた。

 さらに先々週苗場プリンスにカレシとスキーに行った、これまた同僚のAさんは、値段の割にサービスが悪く、部屋も料理もイマイチで、オマケに越後湯沢駅を結ぶシャトルバスは別料金で600円取られた、とこぼしていた。あまりに実際の印象が悪く、金輪際、苗プリに泊まる気はないそうな。

 前言撤回。どうやら「プリンス」の看板も、いつしかあちこちはがれていたようだ。

 巨大コングロマリットの頂点に君臨する人が、細かい部分まで四の五の口出す必要があるとも思えない。だから、料理やルームサービスのことまで堤氏の責任に帰するのは、気の毒っちゅーものだろう。しかし、これは間違いない。採算性を無視して巨額の投資を伴うリゾート事業を展開し続けたことは、間違いなくこの人の責任、ということだ・・・・・・ん?事業!?
 「事業」というのは、投資した以上に儲けがあってこそ、少なくともその見込みあってこそ、のものである。投資しただけ戻っては来ないことに情熱を注ぐことは、「道楽」とか「趣味」と呼ばれるのではなかったか。

 功成り名を遂げた人の失墜、という点で、最近同じように騒がれてるM・ジャクソンの私設遊園地「ネバーランド」をおれは思い出した。ひょっとして、堤義明という人は「事業」の名の元に、日本のあちこちにテニス・ゴルフ+スノーまたはマリンスポーツの三点セットで構成されるネバーランドを営々と築いていたのではなかろうか?、と。両者はアメニティ施設という点でも何だか似ている。
 マイケル君の場合、幼少期の何らかのトラウマが、その不毛の遊園地建設の暗い原動力となっているのが明らかだ。一方、堤はんはどうなのだろう?ガキの時分からボンボンで帝王学なんちゅうモンを叩き込まれたであろうことだけは、想像に難くないけれど・・・・・・。子供らしく遊ばしてもらえんかったルサンチマン、とかあるんかな?(笑)
 そういえば、野球チームにはご執心だった割に、今をときめくサッカーチーム経営に関与しようとした話はトンと聞かない。彼らの財力をもってすれば実に容易だったろうに。その辺に、何らかのヒントがあるかも知れない。あ、アイスホッケーは有名だよな。
 あるいは、日本のコッテコテ土建屋の頂点として、ただもう単純に「土1升、金1升」の古典的な日本の地価信仰に染まっていただけなのか? いずれにせよそれらは今後、だんだん明らかになってくるだろう。

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 ・・・・・・いささか堅苦しい方向に話をふくらませてしまったが、実を言うと、西武鉄道の総会屋事件あたりに端を発するコクドグループの今回の一連の騒動に関して、おれの目下の関心事は、来期以降、日本のゲレンデが急激に減るんぢゃないか、というその一点だけである(笑)。西武・コクドグループの行く末には、あまり興味がない。
 おそらく地方の施設の多くは、閉鎖・売却され、気づけばいつの間にか海外資本がヒッソリと買い漁っていたりすることになるのだろう。馴れ親しんだ雫石も、お先真っ暗なように見える。しかし、それはそれで黄昏を迎えつつある国の寂しい現実として、おれ達は受け止めるしかないのである。

註:
 雫石の奥の「岩手高原スキー場」は実に素晴らしかった。ここは同時期、火山活動に伴う地震で設備が壊れたのと、経営母体であるチサングループの倒産が重なって廃業してしまった。それがおれの雫石から足が遠のいた理由の一つである。しかし、昨年復活したらしい。

2005.03.08
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