「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
「宝石考」外伝・・・・・・メイド・イン・ジャパンの哀しみ


多分これと全く同じ。この後周囲にクリスタルカットが入ったやや装飾的な2代目になる。

https://www.tachibana57.com/より

 ナンボの価値があるのかサッパリ不明な宝石類が母親の遺品の中から見つかったコトは先日書いた通りだ。まぁ恐らく大して価値はないだろうって気がしてる。
 文字通り玉石混淆なそれらの中に、金色の腕時計が一つあった。ベルトや尾錠が喪われ、本体部分だけが残っている。昔のレディースウォッチらしくとても小さく、機械式なので妙に分厚い。だからゴロンとしててちょっとへしゃげた団子みたいなフォルムだ。

 手に取って改めてジックリ見てみる。ゴールドケースにホワイトシルバーのボンベダイアル、ゴールドのバーインデックス、2針のドルフィン針、大きめのリューズ・・・・・・ともぉ定番かつ実用一点張りな仕様。クゥ〜ッ!それにしても老眼進んでるなぁ〜!細かい字が全然見えへんやんけ。眼鏡外して顔を近付けてようやく細部が判明。「QUEEN SEIKO」とある。道理で面白みのないデザインなワケだ。6時位置の上には筆記体で小さく「Diashock 23Jewels」、さらに下には良く分からんワンポイントの意匠。風防の素材はアクリルだろうか。
 さらに細かく見ると、インデックスも針もキチッと角を立たせて立体的に仕上げてあったり、裏蓋にはクィーン名乗るだけあってか王冠マークがけっこう分厚く浮き彫りになってたり、それなりに細かいトコまで作り込んであるのが分かった。

 これらの特徴を元にネットで調べると、氏素性はたちまち判明した。セイコー初の本格的なレディースウォッチとして62年にリリースされた製品で、裏蓋から通称「メダリオン」なんて呼ばれる64年以前の最初期のモノであること、ランク的には普及品よりは上だけどハイエンドではないこと(・・・・・・そもそもそこまでハイエンドな宝飾時計なんて、当時のセイコーには作れなかったろうし)、ガワはメッキではなく14Kの金張りであること、ムーヴメントは汎用性を持たせてボン付けでトノ―やレクタングルにも対応できるような形になってること・・・・・・ホントまぁネット社会は調べ物をする上ではチョー便利だわ。現在の中古相場も大体分かった。シクシク、何故か女物の時計相場って安いのである(笑)。

 コテコテしい宝石類はともかく、このプレーンでエバーグリーンなデザインならば中の機械が腐食してなけりゃ今でも使えるだろう、と取り敢えずは贔屓にしてる時計屋に持ってくことにしてみた。鑑定だけならタダでやってくれるし。
 生き字引のように古今東西の時計の膨大な知識を有する時計屋のオヤジの見立てもほぼほぼ上と同じ感じだった。ネット恐るべしやね。ともあれちょっとキャラにクセあるけど、いつも誠実で速い仕事だし、お値段もひじょうに良心的なこの店をおれはかなり信頼してるのだ。
 裏蓋を開けてみると、ムーヴメントにはサビ一つなく、金メッキなのか何なのか、数十年の時を経て綺麗な金色に輝いてる。これなら分解して油注して調整するだけでバッチリ精度出せるとと思いますよ・・・・・・との店主のコトバを信じて、めでたくレストアをお願いする運びとなった。ついでに似合うベルトも購入。国産なんだからモレラートとかカミーユ・フォルネとかゆうても始まらんやろ、ここはやっぱしバンビやで。

 それにしても・・・・・・宝石は欲しがるクセに腕時計にはいっかな興味を示さなかった母親が、当時としてはそれなりのグレードのモノを自分で購入したとはどうしても考えにくい。やはりこれは父親が買ってやったモノって考えるのが自然だろう。だがおれ自身、母親がこれをも身に着けてるのを見た記憶があんましない。相当早くにベルト類が喪われたダルマ状態になって、そのまま仕舞われてたんだろう。

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 あぁ、思えば家には60年代セイコーがも一つあったんだった。父親がひどく大事にしてた、39石とムダに多石時代の産物である自動巻きのだ。「39」って数字は何度も何度も聞かされたんで間違いない。
 会社勤めして何年後かに初めて自分の稼ぎで買った本人としてはエラい高額商品だったらしい。7連のライスジュビリーブレス、リューズがちょっとオフセットして4時位置に付いてるのは今もセイコー5等に見られる仕様だけど、同じようにちょっとナナメってたのを覚えている。お決まりのドルフィン針、ホワイトシルバーダイヤルにゴツ目のバーインデックスだったのは確かだが、後の細かいコトは忘れてしまった。調べようにももぉ肝心のブツがない。父親と一緒に消えてしまったのである。手術後の譫妄状態から認知症を悪化させてしまい、そんな混濁した意識で、どうしてその日に限ってもぉ永いこと抽斗に仕舞われたままだったそれをワザワザ引っ張り出したのかは未だに、そして間違いなくこれからも謎のままだ。

 これもネットで調べてみると即座に判明した。セイコーマチックCal.6219系と言われるヤツでほぼ間違いなかろう。グレード的にもクィーンと似たような感じで、販売開始時期もほぼカブッてるんで、或いはお揃いで購入したのかも知れない・・・・・・あんなに不仲だったのに(笑)。
 疑問はまだまだ残る。当時の時計は現代の感覚からすると信じられないくらいに高いモノだったのだ。こうした国産の普及価格帯でさえ、軽く大卒初任給くらいの値段がしたのである。今でゆうと20何万ってあたりだろうか。さして豊かではなかった我が家のどこにそんな余裕があったのか、貧乏質に入れようにも質草がない状態だったハズで、ほぼ同時期に月収の2ヶ月分をブチ込めた、っちゅうのが本当に分からない。あるいはあの空前の高度成長期、何かすごいコトがあって会社から大入りでも出たのだろうか。

 ・・・・・・って、そんなことを書こうとしたたんぢゃなかった。

 いやいや、このように60年代のセイコーの実物、またニワカで調べまくったネット上の画像見てるうちに、日本ってつくづく損な国だよなぁ〜、って思っちゃったのだ。
 だってホント、ガワの仕上げも中の機械もむっちゃ丁寧でいい仕事してるんですよ。同年代のスイスの高級品はともかく、普及品の実用時計のムーヴメントなんてもぉ死ぬほど雑な作りやで。今でこそヴィーナスだヴァルジューだってありがたがられるようなんでも、プレスで打ち抜いただけみたいなパーツが随所に使われてるモン。

 なるほど現在、国産の時計は世界的に見ても驚くほどのシェアを誇ってるのは事実だ。今はクォーツが主流になったとはいえ、未だにアラブ諸国なんかではセイコー5のメカニカルが堅調に売れてたりする。気温変化や砂埃といった厳しい自然環境にも耐えるタフさが好まれるらしい。ゴリゴ13がオメガのスピマスに拘るようなモンやね(笑)。世界のクォーツムーヴメントについてはほぼシチズン製が席巻してる。最近ではミヨタ(シチズンのメカニカルムーヴメント)も機械式リヴァイバルの流れに乗って頑張ってたりもする。液晶だとこりゃもぉ圧倒的にカシオの独壇場だ。オリエントは・・・・・・よぉ分からんな(笑)。

 みんなみんな「良い物を安く」でひたむきに頑張った結果だ。それは紛うことなき事実だろう。

 しかしその結果どうなったか?残念なコトにブランド性もステイタスも何一つ得られてない。そしていつまで経っても薄利多売で数ばっかし追っ掛けて、為替の変動や政治情勢に一喜一憂しながらの豊作貧乏で、惨めったらしくて三文安く見られる商売を続けるばかりだ。一方でパイは小さいにせよ、ユックリのんびり拵えられたスイスやドイツの高級時計とやらがエラく粗利の取れる殿様商売で、ヌクヌクと上手くやってたりするのに、だ。
 思えばあらゆる「メイド・イン・ジャパン」の工業製品が同じような経過を辿ってる。クルマだってそう、単車だってそう、電化製品だってそう・・・・・・楽器もまぁそうだな、まぁフェンギブの神通力も今やだいぶ失せたけどさ(笑)。
 それでもまだ世界の第一線でやれてる分野ならまだ良い。製鉄はどうだ?造船はどうだ?半導体はどうだ?マーケットは小っちゃかったけど自転車はどうだ?・・・・・・どれもいつの間にやら中・台・韓の後塵を拝してるではないか。

 安売り競争の行き着くトコなんて所詮、そんなモンだ。どれだけ超人的に強くたって何だかんだでちっぽけな稼ぎをエサに命懸けで戦わされるコロシアムの奴隷戦士みたいな、消費されるだけの存在なのだ・・・・・・にも相変わらずこの国では、巨大資本から零細資本まで未だみんなそっちを目指してばかりだ。それこそが日本人の勤勉さだというなら、そんなモンとっととドブに捨てた方が良い。もちょっと要領良く儲けるコトを考えろ、って。いつまで揉み手の曖昧で卑屈な笑顔でヘーコラしながら、欧米の掌の上で転がされていたいんだ?後出しジャンケンそのものの取って付けたような法規制に唯々諾々と従わなくちゃなんないんだ?って。

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 見付かったクィーン・セイコーは間もなくレストアが終わるとのコトだ。単に親の、っちゅうよりは、60年代の高度成長期、良い物を安く作れば幸せになれると誰もが無邪気に信じて誠実に頑張り、それなりの幸せを得られてた時代そのものの形見の品として大切にしようと思ってる・・・・・・いやまぁ使うのはヨメなんだけどさ。非防水なんでそれなりに扱いには気ぃ遣うんだけどさ(笑)。


※追記
マンが良いのか悪いのか、これ書いた直後に、テコ入れのために招かれてグランドセイコーの売上を5年で3倍に伸ばした人、ってなハナシを読んだ。まぁ、バカの一つ覚えみたいな「バーインデックスにドルフィン針」って仕様への拘りが見直されたら買っても良いかも?


大体これなんだけど、デイデイトぢゃなく、デイトだったような気が・・・・・・ロゴも筆記体だったような???

https://antiwatchman.com/より

2021.05.02

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