「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
登録有形文化財とBSJ


デビッド・グレーバー・・・・・・現代で最高の知性の一人だったことは間違いない。早世が惜しまれる。

https://jacobin.com/より

 先日、出張のついでに20年ぶりくらいに古い友人の家に立ち寄った。彼はちょっと特殊な職業で、実は家業である寺を継いで、何代目なのかは知らないけど今はそこの住職をやってる。バカやってた京都で落ち合うことはこれまであったけど、実家を訪ねるのは初めてである。GoogleMapを頼りに行ったそこは、想像以上にリッパな市中の寺だった。巨大な本堂と庫裏、少子高齢化が進む前は幼稚園もやってたってコトで境内はとても広い。

 若い頃はナカナカの男前で、おれたちは散々「色坊主」だの「破戒僧」だのイジッてたんだが、久しぶりに会った彼はスッカリ貫禄が付いたアッパーミドルな、そしてやや疲れた風情のおっさんとなってた。街中で会っても気付かないかも知れないな・・・・・・お互い。

 色んな四方山話と、自分が間もなく関西に転居することをなんかを話してるうちに、オマエ仕事はどないやねん?ってな流れになった。まぁおらぁホロホロ気楽にやってて、移住前にはスパッとリタイアするつもりなんや、なんて話したら、ひどく羨ましがられたのである・・・・・・坊主が他人を羨んだらアカンのんとちゃうん?

 ------エエなぁ〜・・・・・・おれなんて6月から一日も休みなしよ。
 ------えっっ!?マジ!?
 ------うん。本堂の修理があって頑張らんといかんのや。丸一日休める時が全然ない。
 ------本堂の修理っちゅうたら、文化財とか何とか指定されて補助出るんちゃうん?
 ------あぁ、されてる。でもなぁ〜、それで出る補助ゆうたら50万円なんや。
 ------たったの!?修理、どれくらい掛かるん?
 ------1千万・・・・・・それでも十分には出来んけどな。
 ------うわぁ〜!焼け石に水やん。そら大変やなぁ〜!
 ------だからとにかくお勤めをせんといかんのよ。ホンマ、戦争で倒れてくれてたら、って思う時あるわ。
 ------どゆこと?
 ------空襲の爆風で本堂が傾いたんや。それを檀家の人たちが自分の家放っといてまでして、綱掛けて支えたらしい。
 ------う〜ん、たしかにそれやと粗略には扱えんわなぁ〜。
 ------そぉゆう篤い信心で今、この寺があるし、文化財にもなったけど・・・・・・とにかく維持費が掛かる。建て替えた方が安い。

 ・・・・・・地獄の沙汰も金次第、いくら仏道に仕える身でも無い袖は振れん、っちゅうこっちゃね。

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 明日は明日で彼は遠くの檀家の法要に行かねばならんらしく、おれも明日は朝早くから仕事があるんで、長居はせずに辞したのだが、宿に向かってすっかり暮れた夜道をとぼとぼ歩きながら、少しばかりフクザツな気分になったのだった。余談だが、おれの歩き方って昼でも夜でもとぼとぼしてるらしい。

 思えば、「文化財指定」って良く分からない。まぁ、国宝とか国の重要文化財くらいなら感覚的に分からないでもないし、それなりに維持・保存についてもシッカリとした補助が出るんだろうな〜、って気がするんだけど、例えば最近粗製濫造気味の「登録有形文化財」、アレくらいになるともぉ良く分からない。
 指定されるとどうやら、ブロンズ風に仕上げられた見た目だけは何とも重厚なプレートが建物の隅っこに埋め込まれたりするのが決まりのようだ。実際、これまで回ったトコだと、天竜浜名湖鉄道のレトロな施設群だとか、伊勢の驚異の懸け造り旅館・「麻吉」だとか、すぐにいくつか想い出すことが出来る。多分、他にも結構あったろう。おらぁ旧い建物が大好きなんだし。
 しかし、あえなく解体されちゃったってな記事を見掛けることがしょっちゅうある。気になって調べてみると、2017年の産経新聞の記事に平成8年の制度開始以来180軒が解体された、って出てるのを見付けた。それからさらに6年が経過し、もっとこの数は増えてるに違いない。
 あと、県や市の指定とかそこまで予算がないのか、文化財に指定されても表札みたいなんが出るだけってコトもあるが、これらの保存についてはもっとお寒い状況だろう。友人の寺はこれくらいのランクなのかも。プレートとか無かったし。

 これってなんだかおかしいよね?ぢゃぁ指定する意味って何やねん!?ってサルでも疑問に思うよね?幼稚園の紙の勲章かよ?文化財に指定したって何の意味もないやん。
 それともあれか?指定して箔付けたっただけでも感謝せぇよ。後はホレ、自助努力っちゅうヤツでそれを餌にバンバン宣伝しまくってキッチリ稼ぎまくって維持保全はお願いね♪ってか!?

 ・・・・・・こぉゆうのを「高等遊民の無責任」と言う。エラそうに地位を使ってお墨付きを与えたんなら、地位を使ってその価値を維持するだけの応分の対価を払え、ってね。それが最低限の責任だろうに。会社のしょうむない表彰にだってそれなりの景品付けてまっせ。
 っちゅうか、そもそも何で文化財に指定するかと言えば、それを文化として認め、守り、後世に伝えてくためちゃうんか?なのに指定するだけしといて後はよしなにお願いしまっさ、ではまったくスジが通らないし、御大層に専門家とやらが寄り集まって協議したって意味あらへんやんか。時間の無駄ってモンだろう。

 ・・・・・・そこまで至ってようやく鈍いおれも気付いた。文化財保護に関わる仕事なんて、大半は要するにBSJの一種なんだと。

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 アメリカの気鋭の人類学者だったデヴィッド・グレーバーが唱えたブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事、略して「BSJ」)については、数年前に岩波書店から分厚い邦訳が出されてケッコー話題を呼んだんでご存知の方も多いだろう。

 ある程度のことはWikipedia見てもらえれば分かるだろうから割愛するが、彼が喝破したのは、現代社会において労働と思われている行為の半分以上は無意味であり、その無意味な労働が権力や体制を支えてるってことだった。ぶっちゃけ、そこから後のBSJの5分類とか、だからベーシックインカムに行くべきだってのはいささか雑っちゅうか論理が三段跳びしてるようにも思うけど、基本的なところで彼の指摘は極めて正鵠を射てたとおれは思う。
 ちなみにグレーバーは左翼陣営の人のように見なされがちだが、実際は左右どっちでもない、かなりガチなアナーキストだった。残念なコトにこんな過激で鋭い主張してるからメインストリームからは余り受け入れられず、まだ50代の若さで滞在先のイタリアで急死してしまった。これはヤバい、って思った筋から消されたんぢゃないか?っちゅうくらい、それは謎めいて呆気ない死だった。

 文化財を指定するための審議機関がどんな風になってんのかは知らないし、全部が全部そうだとも思いたくはないけど、少なくともそれなりに「センセ」と呼ばれるような一角のオーソリティが雁首揃えて、あぁでもないこぉでもないってそれなりに時間を割いて議論して決まるんだろう・・・・・・まぁ、実態はあちこちから申請上がって来たのを「あ〜、書類も揃ってるしこれで問題ないですかねぇ〜?」な〜んて、議長が気の抜けた同意を求めてグダグダに認可してるだけかも知れんけど、ボードメンバーにはそれなりの報酬(つまりはおれたちの税金だ)だって支払われてるハズだ。

 ・・・・・・で、何年かして敢えなく解体。「人間国宝だっていずれ死ぬんだし、まぁ似たようなモンっしょ?」な〜んてヘラズ口叩いてたりしてねぇ・・・・・・もぉ、アホかと。

 これをナンセンスでないと心の底から信じてる人がいるならば、おれに分かるように説明して欲しいモンだ。

 「劣化コピー」ってコトバがあるが、これは創作物の世界だけの話ではない。あらゆる分野に劣化コピーは存在するし、高尚な業界と思われてるトコほど強烈だったりするのは、ヤンキー収容所のような高校とか九九もマトモに出来ないアホが集うFラン大学、あるいは蔵書がロクにない図書館や、複製品だらけなのに学芸員置いた地方の安っぽい博物館なんかを見ればすぐ分かる。そして文化財関係も。
 そう、一見なんだかスゴそうな文化財っちゅうたかて、下の方に行くとFラン大学みたいなモンなんだ。倒壊しようが解体されようが燃えようが知ったこっちゃない程度の存在ってコトだ。まぁハッタリだけは効いてるから、森友学園みたいなんかもね。

 これらに関わる雇用はすべて、端的に言ってしまやぁ「一般的にインテリとされる有資格者に無駄メシ食わせる」ため、だけに採算性を度外視して設けられてるようなモンである。何でこんなバカなことが起きるかっちゅうたら、明らかにそうした有資格者は供給過剰なのに誰も手を入れようとせず、また、大衆の多くがそうした肩書による頭脳労働を真っ当なインテリゲンチャとしてとにかく何だか偉いモンだと盲目的に信じ込んでいるからだ・・・・・・実のところBSJを生み出し、支えてるのは為政者や権力者ばかりではない。大衆の不見識にも多くの責任は帰せられるべきだろうとおれは思う。

 ・・・・・・ともあれかくしてこれまでの篤い信仰に加えて、なまじヘンな文化財シバリを掛けられたばっかりに建て替えもままならず、巨額の修理費用捻出のため、坊主の彼は初老の身に鞭打ってお経上げて回らんならんっちゅういささか悲喜劇の日々を過ごしてるワケである。言うまでもなく、年寄の熱心な信者は櫛の歯が抜けるように減る一方で不信心な世代が増えてるワケだし、さらには代替わりして遠方のニュータウンに引っ越したりしてるケースなんかも多いから、年々ちょっとづつ仕事の効率は漸減してたりもする。1日2軒3軒回れてたのが1軒2軒となれば、お布施の収入はそれだけ減るのだから。
 ホンマ、文化財指定とやらで報酬だの顧問料だの中ヌキされてる分をちょっとは落としてやれ、って。せめて週一日くらいは休める程度に。

 そらまぁ、僧職ってのもぶっちゃけ高等遊民なんだけどさ(笑)。

2023.02.09

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