「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
宝石考


これがオパール。コイツはこうして丸い形に仕上げられる。不思議なコトに水分を含んでて、それがないとこのように光らないらしい。

https://www.used-jewelry.jp/より

 どこか「男の時計/女の宝石」みたいな紋切り型の棲み分けが世の中にはやはりあって、宝石マニアな男は少なく、時計マニアな女は少ない。鉱物マニアはほぼ男性ばっかだけどね。でもまぁ例外はあるワケで、例えば「パタリロ!」の魔夜峰央はたしかかなりの宝石コレクターだったと思う。そぉいやぁ腕時計も女性用は需要がないのか、ヴィンテージっちゅうたかて全然男物より安かったりする。

 ちなみに時計と宝石が近い立ち位置にいるのにはれっきとした理由がある。どちらもアクセサリーであることに加え、時計の軸受け部分には今でもルビーが使われており、人造技術が確立されるまでは時計のムーヴメントっちゅうのは恐ろしく金のかかるものだったのだ。俗に裏スケと呼ばれる、中の機械が見える腕時計をお持ちの方は見ていただきたい。所々にポチポチと紅色の宝石が見えるハズだ。それがルビーである。たまに青いのもあるが、そっちはサファイア。今は金属加工技術が向上したのもあって、そこまで軸受に拘る必要がないみたいなんだけど、かつてはそれらはコストの違いもあって厳密に使い分けられていた。
 ダイヤの次に硬い天然物質はルビーなので、一番摩耗したら困る強い力の掛かるポイントにルビー、そこまで力の掛からないトコにはサファイアってなってたみたいだ。「ほたらダイヤ使たらエエやん!」って思われる方もいるだろうが、実はダイヤは硬さでは断トツなものの、脆かったり脂と馴染みやすかったり、熱に弱かったり・・・・・・と力の掛かる部分には使えないんだそうな。
 機械式時計のインデックスを見ると下に小さく”17JEWELS”なんて書いてある。あれが入ってる座石、あるいは軸石と呼ばれる宝石の数である。手巻きノンデイトのスモセコなら15〜17ケ、自動巻きセンター三針なら21〜23ケ、クロノグラフ等の駆動部分の多いので25〜40ケくらい入ってるのが標準で、闇雲に増やせばエエっちゅうモンでもないらしい。

 能書きはともかく、要するにかつての時計はいわば「宝石のカタマリ」みたいなモンだったワケだ。でも今日は時計ではなく宝石の話をしたい。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 バブルの頃に株を転がしたことで実家がそこそこ儲けたことは、これまでにも何度か書いた。しかしそれは見事に右から左で、家の調度その他に消えてったのだが、そんな蕩尽の対象の一つが宝石だった。やはり昔の女だけあって、母親は宝石が欲しくなったようである。まぁ、若い時分からそれなりに興味はあって、まだそんなに値段がしなかった頃にそれでもかなりムリして買ったというでっかいオパールの指輪なんかは、昔から家にあったような気がする。

 実家の荷物を整理してたら、ドレッサーの抽斗が忍者屋敷のようなカラクリになってて深紅のビロード張りのジュエリー棚があるのを見付けた。そこには文字通りの玉石混淆で指輪やらネックレス、イアリングの類がゴチャゴチャと入ってるのが見付かったのだった。件のオパールもあった。
 何だか良く分からないがそのままにしとくのも物騒で、取り敢えずこちらに持ち帰ってはみたものの、ヨメはさほど宝石に興味がなく、それにそもそもアウトドアストーヴの五徳みたいな、きょう日デヴィ夫人か叶姉妹くらいしか付けてなさそうなゴツい立て爪のリングなんて、どれだけ石が立派でも流行らない。

 だからっちゅうてそのままにしとくのもなんだか勿体なくも申し訳ない気がしてたら、ヨメが宝石類の仕立て直しっちゅうのがあるから行ってみようと言い出した。何や〜、興味ないことないんやんか(笑)。おれは全然そっちには疎いモンで知らんかったけど、それ専門にしてる店さえあるという。
 繁華街の一角にある店で、無造作に持ってったそれらを一通り鑑定してもらい、仕立て直しのプランについてもあれこれ解説をしてもらった。どうやら石は外して、台の金やプラチナは一度鋳つぶして今風のデザインに作り直すとのコトだ。

 ・・・・・・ってグワワワ!メチャメチャ手間賃高いやんけ!いやもぉ見積に並ぶ数字見た瞬間、ケチなおれは卒倒しそうになった(笑)。せいぜい1ケ数万くらいと思ってたら豈図らんや!立派な新品が買えるような値段なのだ。こりゃタマラン!と熟慮なのか逡巡なのか、悩みに悩んだ挙句、ダイヤをネックレスに仕立て直すのだけでお茶を濁すことにしたのだった。ギャラリーをよぉーく見るとヨメの胸元で光ってるのがそれなんだけど、そうして説明しても何だか良く分からない程度だったりする(笑)。
 大体、鑑定の結果自体がモチベーションを夥しく下げるモノだったのだ。宝石ほど財テクアイテムとして役に立たないモノも珍しい。買値と売値の落差が異常なほど大きい。平たく言えば、売る時はほぼタダ同然なのである。中にはそれなりの大きさのモノもあるとは申せ、どれもカットが今風ではないために、見る人が見たらちょっと古臭いんだそうな。だからって削り直せばそれだけ小さくなるワケで、生半には出来ない。オマケに状態も悪い。オカンがしょっちゅう脂手で撫でくり回してたせいか、どれも曇ってしまってるんで、脱脂も必要らしい。結局価値を毀損しないためには今のままってのもアリかも知れませんね、みたいなコトを言われる始末である。

 そんなんで大半は元のレトロなデザインのまま、我が家の箪笥に仕舞われたままになっている。どうやら、「呪いのナントカ」みたく、本に載るくらいの世界的な逸品でないと、宝石なんてどれもドングリの背比べで大して価値が無いってコトだけは学習させてもらった。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 大体、どうして宝石は珍重されるんだろう?

 1つには当然ながら「美しい」ってのがある。たしかにその自然界の様々な光の瞬間を閉じ込めて凝縮したような輝きは神秘的でさえある。2つ目は言うまでもなく「稀少性」が挙げられるだろう。原石自体がそうそう採れるものでない上に、世界でも偏在してるだけでなく、ナゼか紛争地域が産出地だったりもする。さらに宝飾品として仕上げるには歩留まりがひじょうに悪い。だからどしたって大量に供給は出来ない。3つ目は資産としての堅牢性ってコトになるんだろうが、この辺からは実はかなり怪しい。有名どころのダイヤモンドは炭素のカタマリなんで熱すると炭になってしまうし、硬いけど衝撃には弱いから金槌で叩けばイッパツで割れる(笑)。これもメジャーなエメラルドなんかは実はかなり脆くて(劈開性って性質)すぐに割れる。苦労して削ったのに台座の爪でカシメた途端に割れたとか、シャレになんないよね。また、冒頭に挙げたオパールや琥珀、あるいは真珠なんかはそもそもが軟らかいからキズが付きやすい。

 実はこれらは既に散々指摘されてることで、今さらおれが力説するまでもないのだけど、個人的には4つ目の理由があると睨んでる。それは、「そうして古来珍重されてるから」ってコトだ。要はみんな思考停止になってて、「良いんだから良い」みたいになってんぢゃねぇの?ってちょとだけおれは思ってる。

 実のところ美しさや稀少性は工業技術の進歩によって人造のモノや代替品がバンバン作られるようになって、もぉあんまし天然に頼る必要が無くなっちゃってたりするのだ。例えば最も稀少性が高いハズのダイヤが今やまさに人工だらけの状態で。あの天下のデビアス社でさえ近年、人造ダイヤを取り扱うようになってたりする。そしてモノによっては天然よりも硬かったり、クラリティ(透明性)が高かったりするっちゅうんだから優位性はなくなりつつある。そんなんだし、もぉムリに貧しい現地人を低賃金の重労働でコキ使ってジャングルほじくり返さんでもエエんちゃいます?って思っちゃうのがフツーの人の発想だろう。

 つまり、宝石を宝石として成立させてきたファクターは、現代のテクノロジーの前で無力化され崩壊しかかっている・・・・・・つまりは価値を喪いつつあるワケだ。クォーツ式時計の登場によって機械式時計が完膚なきまでに叩きのめされたように。それでも機械式時計は格段にマーケットは狭くなったモノの、無用の用としてのステイタスを何とか取り戻せたが、宝石でそれはかなりむつかしいと思われる。だって、パッと見ても違い分からんのだしねぇ。

 とすれば、おれが挙げた4つ目の「古来珍重されてる」ってのも、遠からず成り立たなくなるだろう。ちょっと言い過ぎかもしれないが、少なくともこの国において宝石はもはや、昭和の遺物に近い存在になりつつあるのだ。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ある日、娘が件のジュエリー棚を引っ張り出してた。案の定それほどピンと来るのはないみたいで、巨大立て爪のは「うわぁ〜、何これ?ケンカしたら強そう〜」とか、大きな一粒真珠は「煮魚の眼玉みたい」とか、ナサケ容赦ない毒舌を炸裂させてる。シニカルな物の見方とかは明らかにおれにソックリで、ホンマ将来が心配だわ(笑)。
 それでもいくつかについては「これはこれでダサ可愛くて使える」との御託宣で、めでたく彼女に引き継がれることになったのだった。そのチョイスを見てみたら、後年に至ってあぶく銭で買い足したようなのは殆ど含まれておらず、結局は昔からあった件のオパールとか、四角いカットのルビーとか、あるいはダイヤでも貧乏で大粒が買えなくて結果的にそうなっただけの、小粒であまりデコラティヴでないのばっかしだった。

 ・・・・・・そんなモンなんである。

2021.04.03

----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
Copyright(C) REWSPROV All Rights Reserved