「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
妖怪の誕生


何だか可愛いのが人気バクハツの理由だと思う。

https://www.kyoto-np.co.jp/より

 今やもぉ全国区で人気者になっちゃった感のある妖怪・「アマビエ」なんだけど、地理的・歴史的な状況からするとどうやら「アマビ『コ』」の方が圧倒的に多く、恐らくは元本を書写するときに読み間違えたコトから偶然生まれたらしい。ついでに言うと、アマビコはかなり獣じみて魁偉な容貌の、如何にも恐ろしげな妖怪だけど、やはりこれまた写した人にある意味絵心が欠けてたことが幸いして、アマビエの方は何ともユーモラスで可愛いルックスになっちゃった。ちょっと前くらいの渋谷とかに行けばこんな感じのオネーチャン、おったもんな(笑)。
 アマビコを間違えた例としては他に「アリエ」ってのもあるみたいだ。これはさらに絵心もイマジネーションも不足した人が創作したようで、殆ど子供の落書きみたいになっちゃってるのが情けない。

 私見を申し上げるならば、その外見の基本にあるのは八咫烏や金烏といった伝説の鳥ではないかと思ってる。鳥っぽい顔つきと三本脚であること、そして何らかの導きを与える点で極めて類似している。もちょっと想像を逞しくして述べるなら、畏れ多い存在である八咫烏そのままぢゃちょとマズかろう、ってんで人魚の見た目を加えると共に、人頭牛身の妖怪・「件(くだん)」のエピソードなんかまで合体させたごった煮で生まれたのがアマビコ(エ)だろう。江戸時代も終わり近い頃から、何と文明開化の明治期にかけて、もっぱら瓦版で流布してたという。ちなみに件のデビューはアマビコよりホンの少しだけ古いみたいだ。

 ちなみにアマビコにどんな漢字が当てられるのかっちゅうと、これがまたハッキリしてなくて、「海彦」「尼彦」「天彦」「天日子」等々いくらでも出て来る。八咫烏は太陽に因む存在であることから、案外「天日子」あたりが実はルーツなのかも知れない。ついでに言うと、愛知に似た名前で「赤日子神社」ってのがあって、「彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)」っちゅう神さんを祀神の一つに挙げてたりする。ほいでもって日本書紀では八咫烏と密接に関係する神武天皇の実の名を「彦火々出見」としてたりして、もぉグッチャグチャで何が何だかって気はするものの、八咫烏とアマビコの間にはそれなりの関連性があるような気がしてる・・・・・・但し、彦火々出見尊は山彦であるとも言われるので、ちょっとどころかかなり立ち位置違ってたりもするんだが(笑)。

 まぁ、「口裂け女」や「ターボババァ」を例に引くまでもなく、いつの時代も無知と仄聞に基づく民衆の想像力はパワフルかつアナーキーであって厳格な体系性を持たず、伝承の原初の形に極端な飛躍、曲解、誤解、誇張、捏造が織り込まれてって当然なんだから、ちょっとくらいの矛盾があったからって目クジラ立ててちゃいけないよね。

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 サティアンの安っぽいカモフラージュの仕掛けにコロッと騙されてオウムをヨイショしちゃったことで、スッカリ世間からの信用も名声も喪った宗教学者の島田裕巳なんだけど、久しぶりに面白い本を出してる。「疫病退散~日本の護符ベスト10(CYZO)」って本だ。発注はしたもののまだ届いてないんで読めてない。もちろんアマビエも登場してるようだ。

 護符・・・・・・ようするに御札。「おさつ」ちゃうで、「おふだ」っちゅうやっちゃね。「怪談・牡丹燈籠」で家中に貼りまくられたり、ホテルの壁に掛かる額縁の裏に貼られたり、暴れる子供やキョンシーに貼ったら動かなくなったりするアレ。そうそう、かつて京都に暮らしてた頃、ホンマどこの家にも貼ってあったのは愛宕神社の「火迺要慎」って御札だった。何か難解に見えるが、実は読み方はベタで、フツーに「ひのようじん」だったりする。これが家に貼られてるかどうかで京都人かどうかが分かる、っちゅうくらいに京都の市中ではポピュラーだった。
 
 一般的に御札っちゅうのは、A4のタテ半分、あるいはB5サイズくらいの紙に黒一色、または朱を加えた二色刷りで印刷されたモノが多い。そこに文字だけでなくご利益のある神仏の姿や呪文めいた柄が描かれてたりする。デザイン的にも、値付けの相場的にも御朱印なんかとひじょうに似てる。
 正式には聖徳太子が手に持ってる杓みたいなのにゴニョゴニョ字が書いてあって、さらにそれを和紙で包んで紐で縛ったようなモンだと思うけど、最もポピュラーなのはやはり、簡易版で安価なただの紙ヴァージョンだろう。

 ここからアマビコに代表される江戸末期にワラワラ登場した有象無象の「予言獣」に共通するパターンについてのおれの疑問あるいは仮説が始まる。大体、これらの奇怪な生物に共通する行動パターンとしては、「人語を話す」・「凶事(吉事はあったりなかったり)を予言する」・「自分の姿を描き記す者、あるいはそれを見た者はその災厄から逃れられることを告げる」というのが挙げられる。要は予言に加えて、最近の言い方で言うなら「画像拡散希望」(笑)っちゅうてるワケである。
 明らかにこれは「自分の姿を護符にせよ」ってコトだ。いやまぁ百歩譲って、災厄を免れられるってのが描き記した人に対してのみの特典なら、写実的に描く苦労とかを考え合わせると分からないでもないけど、絵を見ただけで同等の効果あり、っちゅうのはちょっとイージーな気がする。現代のようにネットでアッちゅう間に画像が広まる時代、多分もぉとっくに1億2千万人全員、アマビエ見てまっせ。ほたら全員救われるんでっか?見た目はとても不気味なクセに、ちょっと良いヤツすぎないか?

 醜怪な姿で実は善玉キャラ、ってコトでおれが想い出したのは、元三大師の不気味な護符・・・・・・所謂「角大師」像である。本名、慈恵大師・良源は、生まれたのも死んだのも元日三日ってんで、「元三大師」の名前の方が通ってる坊さんで、天台宗中興の祖にしてお御籤の発案者と言われる・・・・・・このことは以前触れたっけ。
 ともあれビジネスパーソンとして相当なヤリ手で、学究機関としてのステイタス性はあったものの、民間へのシェア拡大の点でいささか他社、もとい他宗派に遅れを取ってた天台宗の大衆化を進めた功労者だったのだ・・・・・・で、この人が夜叉に変化して疫病神を追い払ったって伝説にちなんだ、奇怪な鬼の姿の護符がかなり以前から存在する。少なくともアマビコや件よりは遥かに古くからあるし、全国的にも流通していた。

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 アマビコを始めとする江戸末期辺りから登場した妖怪は、こうした角大師の護符、あるいは中国古代の白澤の故事なんかも参考にしつつ、瓦版屋の誰かが仕掛けた、「瓦版をそのまま護符にする」っちゅう新しいビジネススキームだった、ってのが正解だろうとおれは睨んでる。単に事件だけを報じる瓦版よりも、そりゃ〜御利益付きの方が高単価・高付加価値に出来るわな。
 遠く離れた肥後の国とか越後の国に現れ、プロの絵師でない木樵や侍が最初の姿を描き写した、ってな筋立てにしたって、あまりハイスキルな絵師を抱えていない業界で、稚拙な絵でも真実味を出すための苦肉の策だった、と考えれば合点が行く。なるほど高価な撮影機材よりスマホで撮られたものの方が、災害の動画ではリアリティあるようなモンで、決して錦絵のように精緻であってはならない。稚拙さこそが迫力とリアリティを生むのだから。

 いっちゃん肝心なのは、いきなりポッと出の新参者の妖怪にどれだけのありがたみを持たせ、瓦版の売り上げに繋げられるか?っちゅう点だったと思われる。そこで彼等の取った作戦は意外にも、「思い切って敷居を下げる」ってコトだった。だから妖怪本人に「描き写しでも自分の姿を見た者は災厄を免れられる」なんて語らせたのである。寺社の発行する護符は僅かとはいえ有料だし、購入した家にしか効力がないのと比べると、メチャクチャに大盤振る舞いと言えるだろう。
 大衆にセコい目論見を悟られたらマズいって計算だったんだと思う。石はなるだけ離れたところに投げろ、っちゅうではないか。しかしもちろんそのままでは瓦版の売り上げには貢献しないから、いずれその内、今で言うステマみたいなやり方で「やっぱり一人一人が絵を持ってないと効き目薄いよね〜」ってな風に仕掛けてって世論を傾かせ、売上拡大を狙ってたんだろう。

 獲らぬ狸の皮算用で瓦版屋はウハウハになれることを夢見てたと思われるが、残念ながらそもそものキャラ設定にやはりどこかヤッツケっちゅうか寄せ集めっちゅうか、いささか取って付けたようなカンジと、突き抜けたオリジナリティが決定的に不足してたせいか、結局のところ企ては余り成功しなかった。民衆が奪い合うようにしてアマビコの絵姿の瓦版を買い求めた、な〜んてエピソードがどこにも残っていないことからもそれは明らかだろう。
 しかしそのワリにはこの瓦版+護符機能っちゅう予言獣ネタは、とっくに新味も無くなってるハズなのにしぶとく生き続け、冒頭にも書いた通り明治の中頃くらいまで命脈を保ったと言われる。それは多分、新聞という近代的メディアの急速な台頭によって衰退する一方の旧メディア側の必至の生き残り策だったのではなかろうか。その姿は何だか、ブランド品にパンフのような紙をちょっとくっ付けたのを「ブランドムック」と称してなんとか頑張る現在の宝島社とダブったりもする(笑)。

 大分話が長くなった。要するにアマビコ(エ)って、幕末から明治っちゅう一大転換期にメディアによって生み出された妖怪だったってコトだ・・・・・・まぁ、メディアそのものがかなり妖怪じみた存在だったりもするんだが。


これが元三大師が変身したとされる「角大師」。「豆大師」っちゅうのもある。

2020.08.30

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