「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
仔猫譚(Y)・・・・・・ネコはネコなりに心配する


こうして寝るまでの間は大体おれの足許にいます。

 早いもので、日立の堅割山で捨てられてた生まれて間もない子ネコを仕方なく拾って連れ帰って、今年で6年になる。ネコは最初の2年は12歳づつ歳を取り、後は1年に4歳づつと俗に言われるんで、夏には人間でいうと40歳になる。もぉ立派な中年のオバハンっちゅうか、熟女の領域に差し掛かるワケだ。仔猫もヘチャチャもホチョチョもねぇな(笑)。
 ともあれそんなこんなで今ではスッカリ我が家に馴染んで、立派に家族の一員となってる。

 6年も一緒に居れば、ナンボ畜生とは申せ、ある程度の意思疎通は図れるようになって来る・・・・・・ってーか、基本的にはこちらがネコのお願いに従ってる体たらくなんだけどね。所謂「下僕」状態ですわ。

 例えば、エサを食べ終わると食卓の下に入ってこちらの方を窺う。これは「遊んでくれ」っちゅう意味である。気付かないと低く短く鳴いて呼ぶ時もある。どうやらテーブルの下の脚が並んだ空間は、藪の中みたいなモンらしい。そこに小さな玉を転がしてやるととダダダダーッと追い掛けて捕まえる。
 この小さな玉にも好みがあって、結構な値段のしたウール100%のフェルトで出来たヤツはあまりお気に召さなかったようだ。一体全体どんな理由があるのか、森永の「カレ・ド・ショコラ」って小分けになった板チョコの包み紙を固く丸めて拵えたものが最もお気に入りで、これだと一生懸命追い掛ける。他のチョコの包み紙でも試してみたが、なぜかこれがいっちゃん好きなようだ。しかし、何度も使って古くなるとやはりイヤになって来るようで、たまに新しく作り直してやらなくちゃなんない。だから家のTVやエアコンのリモコンを入れる小さな籠には、このチョコの金と黒の包み紙が捨てずに貯められてある。

 遊びにもネコなりのルーティーンが存在するようで、テーブルの下でしばらく遊ぶと、今度はテーブルの下から和室に向かって玉を転がさなくてはならない。まぁ、藪の中に潜んで草地を通る小動物を襲う訓練なんだろう。さらにその後、カーテンの下に潜って隠れて襲うっちゅうセットが加わることもある。そして一通りそれらが済むと、廊下のドアの所に行って「開けてくれ」と鳴く。開けると洗面所に走ってってボウルの縁に飛び乗ってまた鳴く。これは「水を飲ませろ」ってコトだ。水を入れた皿は家の中に何ヶ所かに置いてあるにも拘らず、蛇口から出る水道水を掌に受けたものをペチョペチョと飲むのが大好きなのである。好きなだけ飲むと黙って飛び降りて部屋に戻ってしまう。ありがとうの一言くらい言えんのかとも思うが、まぁネコだから仕方ない。

 しかし、長く付き合ってるとそんな唯我独尊で傍若無人な点ばかりではなく、ネコはネコなりにおれたちに気を遣ったり、心配したりしてんだってコトも分かって来る・・・・・・今日はそんな話だ。

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 夜、電気を消しておれたちが布団に入ると、サッサと同じように布団にやって来て、大体定位置であるヨメの足許に蹲って寝てしまう。まったく鳴くこともない。実に大人しいモンである。本来夜行性のネコとしては珍しいことなのかも知れない。ネコによっては夜中ズーッと鳴きながらウロウロして家族全員寝不足になるようなケースもあるっちゅうが、ありがたいことにうちでは一切ない。
 またここからが面白いのだけど、冬の夜中とか布団の上で寝てて寒いときは、夜半過ぎくらいに布団に入れてくれと言ってヨメの頭をトントンと軽く叩いたりする。この場合は決して噛み付いたり、爪を立てたりとか乱暴なことはしない。あくまでおずおずと遠慮がちにトントン、なのである。ヨメが布団を持ち上げると、「あ、どもども。起こしてえろぅスンマヘンなぁ〜」ってなカンジで布団に潜り込んで来る。生意気にもそれでそのまま顎を枕に載せたりなんかして眠るのだ。ちなみにおれが寝相の悪いことを知ってるので、おれの方にはこれまで一度も来たことがない。

 朝は朝でハラが減って早くエサが欲しいものの、目覚ましが鳴る前に起こしちゃ悪い、ってことを分かってるみたいで、布団を抜け出して枕元近くを行ったり来たりはするものの、やはり鳴かない。歩き方にしたって抜き足差し足忍び足で殆ど足音も立てない。「早く起きてくんないかなぁ〜。お腹空いたよなぁ〜」みたいにしてたまに顔を近付けて覗き込んだりしてるのが気配で分かるが、こちらが目を開けない限りは覗き込むだけで我慢してる。
 それが目覚ましが鳴った瞬間から、ドタドタ走りながらニャーニャーと大声で鳴き始めるのだ。別に仕込んだワケではない。ネコなりにおれたちの生活パターンを観察して学習したんだろう。結構いじらしいのである。

 夕食後におれが部屋でこうしてPCを打ってると、いつの間にかスーッとやって来て、足許近くに置いたネコ専用クッションの上に黙って座ってる。これもネコによっては構って欲しくてキーボードの上をワザと踏んだりすることがあるようだが、そういった邪魔はまったくしない。ただもうひたすら静かにクッションの上で香箱座りになってるだけだ。決して寝てるワケではない。何をするでもなくたまに欠伸しながらひたすらジーッと横に座ってる。感情表現が淡白なネコなりに、チャンと懐いて甘えてるワケだ。これこそがホンマ、最近流行りの「寄り添う」っちゅうヤツなのかも知れない。
 ただ、恐ろしく精確な体内時計があるので9時前になるとやおらムクッと起き上がって扉を開けろと鳴き、シレーッと居間の方に戻って行くんだけどね・・・・・・エサの時間だから(笑)。

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 ちょっと怖くも感じるのが、休日、おれが昼寝する時だ。

 その精確無比な体内時計でもっておれたちの行動パターンが分かってるモンだから、決まった時間以外、それも普段とはアタマの位置を逆にしたりなんかして寝るってコトは、どうやらネコからすれば何かの異変が起きたのではないかと思ってしまうみたいなのである。自分は一日中寝てるクセに、人間様が昼間寝るのはあり得ないことと思ってるみたいだ。

 まずは顔をおれの鼻の下あたりに持ってきて、呼吸してるかどうかを確認する。これが怖い。要は死んでないか?って最初に疑うみたいなのである。教えたワケでもないのにこうした行動が取れるってコトは、やはり野生の知恵としてDNAに刻まれてるんだろう。生存確認、っちゅうやっちゃね。そのうち脈取るようになったりして(笑)。続いて耳の匂いを嗅ぐ。これの理由は分からないが、やはり何かのチェックをしてるらしい。さらに軽くアタマを引っ掻いたり、甘噛みしたりする。
 ここでムニャムニャ「もぉちょっと寝かしてくれよぉ〜」とか小声で言ってさらにそのまま寝てると、今度は一生懸命に頭を舐め始める。朝とか寝坊してすぐにでも起きて欲しい時はココから行動パターンが変わって、さらに容赦なくアタマを引っ掻き始めたり、箪笥の上からダイヴしたりするんで、どうやらおれが具合悪くなって臥せってるんだと判断してるんだと思う。それで舐め回して元気にしようとしてるらしい。

 しかしみなさん御高承のことと存じ上げるが、ネコの舌は細かい棘が一面にあってザラザラしてるので、これで舐め回されるとぶっちゃけかなり痛い。オツムがいささか寂しくなって来てることも相俟って、直接頭皮に響くのだ。これが適度な刺激になって髪が生えてくれれば万々歳なんだけど、残念ながらいっかなそのような奇蹟は起こりそうにない(笑)。オマケに食ってるもののためにどぉにも魚臭かったりもする。
 正直痛いし、辟易するし、そもそもおらぁ昼寝してるだけなんでめちゃくちゃ勘違いなんだけど、その健気な心意気にはナンボ畜生とは申せ感謝せにゃならんだろう。だから我慢して、「ありがとな〜」とか言いながらされるがままになるようにしてる。

 だってネコにはこれしか技が無いのだ。

 何とか元気付けようと、せっせと舐めまくる・・・・・・いささか勘違いによるとは申せ、そのたった一つの技を惜しみなく与える無償の行為は、たとえどんな動物であれ美しいし、慈しみ尊ばれるべきだろう。

 一通り終えると、横に蹲ってジーッとしてる。ネコなりに心配して、様子見るために付き添ってるワケやね。何だかちょっと申し訳ない気分になったりもする。ネコに心配されるおっさん(笑)。

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 個体差もあるだろうから全てのネコがこんな風に育つとまでは断言できないが、それなりにキチンと手を掛けて育てて、相手がこちらに全幅の信頼を寄せるようになれば・・・・・・つまり仲間として認めれば、少なくともネコが実はそんなに孤独を好むばかりのキャラではないってコトは段々と見えて来る。犬のように千切れんばかりに尻尾を振ったり、跳び付いて顔を舐め回したりといった分かりやすい感情表現が無いってだけで、それなりに深い愛情もあれば他者を慮る能力も備えた生き物だってことも分かって来る。

 ・・・・・・何だかそれはまるで口下手で愛想を振りまくのがニガテでぶっきら棒で人付き合いの下手な、それでいて実は良いヤツみたいな存在だ。だからこそ可愛らしい。

2019.03.27

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