「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
7750を嗤うな


これがETA7750。地板にペラルージュが入ってるんで多分上の方のグレードのヤツ。

http://www.startimesupply.com/より

 ・・・・・・ってタイトルを見てすぐに意味の分かる人は、ある程度機械式時計に興味が湧いてきた以上くらいの人ではないかと思う。まぁ、「時計王」とかでロレ/オメしか見てない人には分からないだろうけど。
 誤解の無いようにお断りしておくと、エラそうに書いてるおれだって実はそこまでの時計ヲタではない。これから書き記すのは、自分なりに得た知識の覚書に近いものである。あるいは勘違いなんかも含まれてるかも知れないのでどうかお手柔らかに読んで頂ければと思う。

 「7750」とはスイスの、今はスウォッチグループに属するムーヴメント製造会社ETAの作るクロノグラフムーヴメントの代表作のことだ。クロノグラフとは平たくゆうとストップウォッチの仕組みを組み込んだ時計のコトだ。今時こんな機能誰も実際には使わない(笑)。でも文字盤にいくつもインダイアルが並ぶ様子は如何にも計器を思わせ、「オトコの時計」っぽくて高い人気がある。
 今はもうブランドが転売されて関係なくなってしまったけど、ETAは元々エテルナの前身の会社である。それが第二次世界大戦の少し前に、色んな小規模のムーヴメントの工房がくっ付くようにしておおよそ今の形が出来たのである。その後のクォーツショックを経てさらにETAによる吸収・併合・統合は進み、世界最大のムーヴメント供給会社となって今に至る。スイスは西陣織みたいに分業制が発達しており、中身を作るトコ、ガワ作るトコって分かれてるのがかつては普通だったのだ。細かく言うとヒゲネジ屋さんとか、研磨専門、鍍金専門、彫金専門なんてさらに工程ごとに細かく分かれてるらしい。
 ・・・・・・で、7750はそもそもはそんな小規模会社の一つであるヴァルジューってトコが1973年に作ったモノだ。時まさにクォーツショックの真っ最中。最初は鳴かず飛ばずだったのは言うまでもない。ともあれだから人によってはETA7750ではなくヴァルジュー7750とスカして呼んだりもする。

 ETAのラインナップは物凄く幅広い。興味のある方は公式サイトを見てみることを是非お勧めする。オーソドックスな2針や3針、クラシカルなスモセコの手巻き、薄型、クォーツもシッカリ作ってる。詳しくは知らないけどスイスだけでなくタイにも工場があるらしい。何せ基本形は随分昔に出来上がってるのばっかしだし、工作機械なんかも償却しちゃってるだろうから、儲けはかなり良いハズである。ちなみにおれの持ってる時計ではユンハンスのにここのプゾー7001ってシンプルな手巻17石の薄型をチョコッと弄ったのが入ってる。

 肝心の7750だ。自動巻25石28,800振動、縦目3連と呼ばれる12時位置に30分計、9時位置にスモールセコンド、6時位置に12時間計のインダイアル、さらにはデイ/デイトまで備えたテンコ盛りの機能を誇る。とにかくやたらと数が出てるので、少々故障しても直せる店が多く、修理部品に困ることもない。そういった高い汎用性からたいへん優れたムーヴメントと言えるだろう。
 もちろん欠点もある。あまりに幅広く普及しててるもんだから目新しさに欠けるのは当然として、クロノグラフ特有の裏から見た時のメカメカしさに乏しいっちゅうのがある。理由は自動巻のローターがドーンと手前にあるだけでなく、フツーの3針時計のムーヴメントにクロノグラフモジュールをくっ付けた2階建て構造になってるもんだから複雑なクロノグラフ部分が殆ど見えないからだ。さらには、ローターが片巻だとか、キャリングアーム&ピラーホィールぢゃなくてスイングピニオン&カムによるストップウォッチが味気ないだけでなくボタンの動きも渋いとか、まぁ好事家は面積にして7㎠ほどの世界の中のことをあれこれ貶すけど、ぶっちゃけそこまで細かいことはおれにはよく分からない。
 余談だが、元祖の7750からの派生ムーブメントも沢山ある。複雑化した7751や7754、7770、逆に機能のブッコ抜きを図った7760、7765、7768、横目の台頭に対応した7753と至れり尽くせりだ。また、ヴァルジューの流れを汲まない2094や2894-2なんてのもある。

 そんな7750を使用した腕時計、みなさんも絶対に一度は見掛けたことがあると思う。もぉ一時期はとにかくクロノグラフと言えばコレ!っちゅうくらい各社の腕時計に使われまくってた。縦目三連系はほぼ間違いなくこれ使ってる。ブライトリングは元祖ヴァルジューの開発に関わってるから大手を振って使って良いとは分かるが、ホンマ一時期はネコも杓子もこれだった。最近はブランドステイタスを上げるためかディスコンになったオメガのスピマス廉価版もこれ。さらに縦目3連でないのもこれを使ってることがひじょうに多かったりする。奮発して100万近く払った人には申し訳ないが、IWCのポルトギーゼの初期ヴァージョンだって7750ベースである。機能をいくつか取っ払って縦目2連で別物に見せてるだけだ。一世を風靡したデカ厚代表のパネライの代表作であるルミノールマリーナの自動巻もそう。なんとクロノグラフモジュールまで取っ払ってワケの分からない仕様にしてるだけだ。バカぢゃなかろうか。もっとスゴいのだとエベラールの横一列4連クロノは2階建てをさらに建て増しして3階建てにして作ってある。
 そんな極端な例はともかく、とにかくクロノグラフ=7750っちゅうくらいにまぁあちこちに搭載されてた。おれはとかくヒネクレ者で右向いても左向いても7750だらけなのがイヤで、それ大枚はたいてエル・プリメロを買ったくらいだ。でもまぁ、エルプリメロもロレのデイトナに積まれると途方もない値段だったから同じ穴の貉なんだろうが(笑)。

 しかしながら、60年代末には夢のようだった多機能な機械が安価なムーヴメントとしてバンバン各社に供給されまくったことが、イタリア辺りの傾いた伊達男に端を発する機械式時計リヴァイバルの流れの中で、結果的にはどん底に喘いでたスイス伝統産業を救ったのである。

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 さて、俗に「ETAポン」なるコトバがある。要はETAムーヴメントを特段チューニングすることなく仕入れてポン付けした腕時計を嘲ってこう呼ぶ。7750で今だとどうだろ?20万円台以下で買えるのは大抵このETAポンだ。ハミルトンやティソ、フォルティス、ユンハンス、オリス、エポス辺りの縦目3連のクロノグラフはみんなこれである。
 ・・・・・・で、チューニングとは何ぞや?っちゅうと、こっからがヤクザなスイス(一部ドイツも含む)時計産業らしく奇々怪々なのだけど、要は一旦バラしてバリ取りやらなんやら各パーツの精度を上げたり、独自のパーツに交換したり、コート・ド・ジュネーヴっちゅうて波型の縞模様やペラルージュなる鱗片状の研磨の跡を付けたり、鍍金したりってな加工を仕入れた時計メーカーで加えることを指す。
 それだけならメーカーの良心と言えるだろうが、チューニングの程度がある基準を超えると、何とそのメーカー独自のキャリパーとして別の品番を名乗って良いのである。つまりメーカーは中も外も自社で作ってる「マニュファクチュール」を名乗れるのである。そいでもって値段がバカみたいに跳ね上がる。これがヤクザなのだ。おれのプゾー積んだユンハンスにしたって前述の通り、さして弄ってるとも思えないのに「JB15.1」なんちゅう全く別の名前になっちゃってる。何ともいかがわしさ横溢しまくりな世界と言えるだろう。最もひどい例はジラール・ペルゴのGP7000だろうか。麗々しくマニュファクチュールを名乗ってるけどこれ、中身はETA2892にデュボアってトコのクロノグラフモジュールをカブせて乗っけただけなのだ・・・・・・って、くっ付けたのがマニュファクチュールでっか、さいでっか。
 で、おそらくこのデッチ上げクロノを訴訟沙汰にしない代わりに召し上げて自社の品番に入れたのが2894-2ではないかとおれは睨んでるが、実態は藪の中で良く分からない。

 ともあれこんなチャチなトリックに騙されてる人が多過ぎるように思う。いっそETAポンの方が余程清々しいし、ウソが無いと思いません?

 これまた余談だが、同じ7750品番でも実はグレードが4種類あって、①フルノーマル、②「①」にETAで予めパーツ精度を上げたもの、③テンプとかヒゲゼンマイを強化したもの、④「③」の高精度版がある。ぶっちゃけ時計メーカー側でしょうむないチューニングをフルノーマルに加えたものより、最上級のをポン付けした方が精度は余程出てるって噂があるくらいだ。こうなるともう何が何だか分からなくなってくるよね?

 ETAポンがいささかメーカーとしての志や矜持に欠けてる気がする一方で、仕入れ品を手直ししただけでマニュファクチュールなどと名乗ってバカみたいな値段、もとい付加価値を付けるのにはペテンの香りがする。要はそぉゆうコトだ。

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 この憂うべき現状にキレたのが他ならぬスウォッチ自身なのである。もぉグループ各社以外へのETAのムーヴメントの供給は止めます!って言い出した。ETAの供給停止問題ってヤツだ。こんなことばっかしてたらまたスイスの時計産業は早晩ダメになりまっせ、と。もっとオマエ等カラダ張って頑張れよ!、と。たしかにその主張には一理も二理もあって頷ける。
 まぁ実際スウォッチとしてはそんな理想論のキレイゴトばっかしではなく、機械式時計復興以降に林立したどうでも良いような弱小ブランドだけでなく対立するグループまでをも一掃して、スイスどころか世界でのさらなる寡占化を進めたかったって本音も透けて見えるのだけどね。恐らくいっちゃんアワ食ったのは散々甘い汁吸ってたギュンター・ブルムライン率いるリシュモングループ、殊にIWC辺りだろうな(笑)。だって機械自体の元値が3~4万で買えるのを、100万とかで売りまくったんだから。そう、有名な複雑時計の「ダ・ヴィンチ」だって7750ベースでっせ。彼は早世したが、下請けだとナメ切ってたETAからのこの痛烈な反撃による精神的ショックが原因かもしれない(笑)。

 今はコンピュータの進歩によってルーターやら旋盤といった工作機械の精度は飛躍的に向上してる。新しい素材もドンドン出て来てるし、設計図引くのだってCADを使えばホホイのホイってな時代だ。だから実は、昔ほどムーヴメントを自社製造に切り替えることは困難ではなくなって来てる。そらもちろん億単位で設備投資も新たに必要だろうし、急に言われてハイヨッと出来るものでもなかろうが・・・・・・。

 そんなんで各社の「殺生だっせ!わてらを殺す気でっか!?」ってな猛反発にお国がかりの調停が入ったのもあって、ホントは2006年には止めるっちゅうてたのが延びに延びて、2020年まで延長されてしまった。実に何と14年も引き伸ばされちゃ骨抜きもいいトコだ。かくしてスウォッチが画策したいささか乱暴なライバル潰しのシナリオは、黄梁一炊の夢で見事に瓦解してしまったのである。
 それどころか、この間にETAの寡占化の前で青息吐息だったセリタやら今はシチズンに買収されたラ・ジュー・ペレ(前回も登場したな、笑)、ソプロードなんてトコが鵜の目鷹の目、ETAの代替ムーヴメントをドンドン供給し始めて業績を伸ばし始めた。実はセイコーまでもが裏でコッソリ手を引いてて、ホイヤーの新しいムーヴメントはセイコーからかなり支援されてるんだそうな。「5」ってキャリパーの名前、実はセイコー5から取ってたりして(笑)。ともあれみなさんやらはりまんなぁ~!

 ホンマ合従連衡っちゅうか、生き馬の目を抜くっちゅうか、敵の敵は味方っちゅうか、仁義なき戦いを地で行く恐ろしくドロドロしてギラギラしたとんでもない世界だと思うわ、時計業界って。

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 上に書いた通り、ETAには恐ろしく幅広いラインナップがある。懐中時計の流れをくむユニタス64系なんかもゴツくてナカナカ良いなぁ~って思う。18,000振動のロービートで、見てくれだけとは申せ今どきチラネジ付いてるのも泣かせてくれる。クセのないことでは2846や2681なんかもとにかく普及しまくってるし、2891A9のように最早複雑時計の中身みたいに超絶的なのもある。しかし、何といってもやっぱし7750こそが看板商品であることは多くの識者の認めるところだろう。7750がスイス時計業界を救い、そして再び混乱の世界に導いたと言っても過言ではない。

 ETAの盤石と思われていた市場の寡占がちょっと怪しくなりつつある今こそ、敢えてB級臭がプンプンするETAポンクロノグラフを1本買っといてもいいのかも知れない。


ETAポンの代表例。FORTIS"コスモノーツ"。正直にポン付け謳ってるのが好ましい。

https://www.fortis-swiss.com/より

2017.05.18

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