「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
仔猫譚(X)


家に帰るとこのように足許で寝転がって撫でてくれとせがむ。

 最近、世の中は空前のネコブームらしく、ペットショップに行っても以前は犬コーナーが大半を占めてたのが今や逆転してるような気がする。そんなんでTVでもしょっちゅうネコ番組をやってる。観てると外国ので化物のように大きなのが出て来たりする。「メインクーン」って種類で、通常の2〜3倍くらいの大きさがある。トラとまでは言わんが、ちょっとした山猫くらいはヨユーであるから大変だ。ただ、「ジェントルジャイアント」と称される通りでとてもおとなしい種類らしく、咬んだり引っ掻いたりといった危険はあまりないらしい。

 我が家のネコはおかげさまでと言うか、家猫らしく少々太り気味になったりはしたもののまったく巨大化はしなかった。太ってるったって体重もダイエット餌を混ぜたりしてちゃんとコントロールしてるので、5キロ行かないくらいである。前回も書いたが、どちらかと言えばかなり小柄な方だろうと思う。
 家族に本当に良く懐いており、これ書いてる今もPCのすぐ横に蹲って昼寝してる。買ったばかりの机がいきなり毛まみれだ。ただ、プライドが高いのか何なのか抱かれたりするのは相変わらず厭みたいで、抱き上げてもすぐに飛び降りてしまうし、決して膝の上に乗ったりなんかはしない。せいぜい香箱座りの姿勢のままで顎を摺り寄せたり、手足の先がおれたちの身体にちょっと触れるようにして横になって寝る程度だ。何となく猫としての矜持みたいなんが感じられて、おれとしてはむしろ好ましい傾向ではないかと思ってる。

 日立の旧・十王町にある堅割山の駐車場で拾ってもうすぐ4年になる。ネコは生まれて最初の2年間はおよそ1年に人間でいうと12歳、その後は1年に4歳づつ齢を取るっちゅうから、今年で32歳ってな勘定だろう。熟女の入口に差し掛かったくらいで本当は今更もう「仔猫」でもないんだろうけれど、まぁ小さいからタイトルがいささか看板に偽りありなのは勘弁していただきたい。

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 そんなうちのネコなのだが、観察してると恐ろしく勘が鋭いっちゅうか、気配を察する能力に優れてるコトが分かって来た。

 ヨメは筋トレやらフィットネス系の習い事に通い詰めており、週に何度かは夜まで出掛けてって、いつも9時から9時半の間に戻って来るのだけど、どうやらネコにはヨメが家に帰って来るのが分かるみたいなのだ。
 それまではソファーの上で大人しく蹲って眠そうにしてたのが急に頭を上げて玄関の方を見る。何を頭の中でチェックしてるのかは分からないが、しばらく玄関の方をジッと見詰めて何かを考える。そしてやおら起き上がると玄関脇の部屋に走ってって、窓際に立って網戸越しにエレベータの方角を見詰めてると、廊下をヨメが戻って来るって寸法だ。ヨメの姿を認めると嬉しそうにニャーニャー鳴きまくる・・・・・・まぁ、早く餌くれって言ってるだけなんだけど(笑)。
 おれの家はタワマンではないとは申せ、家自体はそれでも結構高層階にあってエレベータで上がり下がりするにもそれなりに時間を要する。逆算して考えると、最初に頭を上げるのはエントランスどころか中庭の自転車置き場にチャリを置いた頃ではないかと思う。そこそこ大型物件だからなんだかんだで100mくらいは離れてるだろう。もちろん居間からその場所は見えるハズもない。どうして察知できるのかとても不思議だ。

 娘が帰って来るときも同様の行動を見せるものの、彼女はネコを溺愛するあまり、家に戻ってその姿を見た途端、すぐに捉まえて抱き上げてモミクチャにするもんだからネコの方は娘を大好きな一方でちょっと嫌がってたりする(笑)。だから玄関脇の部屋には行かず、ソファーから降りて玄関先への視線は外さないまま廊下をほんの少し伺うように身を隠し気味に襖の陰に立つ。相手によって行動パターンをちゃんと分けてるのである。

 犬ほどではないと申せネコの嗅覚もまたたいへん優れており、一説によると人間の数万〜10万倍くらい鋭敏らしい。だから匂いで何かを嗅ぎ分けてるのかとも思うが、冬の窓を閉め切った時期でも帰宅は分かってるので匂いで気付いてるのではないように思うし、帰宅時間が前後しても必ず戻る数分前になると上のような行動を取ることからすると、体内時計等によるものでもない気がする。
 やはり、第六感とかテレパシーみたいな能力が備わってるのではなかろうか。何となく不気味ではあるが。

 同様の話はネット上にも沢山転がってる。読み進めて行くとどうやらネコの能力としてはワリと一般的みたいで、今さらながらに発見して驚いてるおれが情弱で遅れてるだけってコトに気付かされた。ちなみにアメリカの老人ホームで飼われてるオスカーっちゅうネコは死期の近付いた入居者にピッタリ寄り添うことでたいへん有名で、これまでに看取った人数は実に50人以上と瞠目すべき察知能力だ。本まで出されているんで興味のある方はどうぞ。

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 ネコが尻尾を膨らませて狸のようになるのは、驚いたり恐怖を感じた時らしい。

 ところがこれも観察してると、ワケもなく急に尻尾を膨らませる時がある。ネコは基本的に喧しいのが嫌いだし、おれ一人で家に居る時はTVも点けずにPCのキーボードを叩いてるくらいなモンなんで室内は見事に静まり返ってる。午後からは大変日当たりが良くなるので、室内には光が溢れてる。そんな中、昼寝にも飽きたのかやおら起き上がり、機嫌の良い証拠に尻尾をピンと立ててウロウロし始めるんだけど、急にあらぬ方を見詰めてブワッと尻尾を膨らませたりするのだ。一体全体見つめる先の虚空に何を見付けたのか、考えるとちょっとコワい。

 山岸涼子の短編に「あやかしの館」という作品がある(この山岸さんもおれ良く引用してるよなぁ〜・・・・・・昔からリスペクトしまくりのファンなんですよ)。ストーリーはひじょうにタンジュンで、彼女にしては珍しくギャグ仕立てなのだが、神経症的に段々と盛り上がって来る恐怖の演出は相変わらずひじょうに巧い。その後のいろんなホラー映画にも大きな影響を与えたと言われるマンガ家だけのことはある。
 高校に入った少女が居候させてもらうことになったのは、山岸自身をモデルにしたと思われる伯母のイラストレーターが住む安普請の洋館風の一戸建てだった。彼女にしてみればようやく建てた念願の家である。しかしそこではいろんな怪異が起きる。ところがこの伯母はハッピーな性格でちっともそれに気付かないし、認めようともしない。分かってるのは無口なお手伝いさんと、新たに暮らし始めた少女ばかりで、日に日に怪異現象は増えて行き・・・・・・ってな内容だった。
 で、その中で語られるエピソードの一つに、「モメンちゃん」なる飼い猫が誰もいない廊下に向かって毛を逆立てて威嚇してるっちゅうシーンがあるのだけど、まさにそんな感じなのだ。

 うちのネコは何を見ているのだろう?ちなみに我が家ではそんな電化製品が次々壊れたり、ドアが勝手に開閉したり、耳元で声が聞こえたりなんてコトはこれまでないけれど・・・・・・。

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 そういえば昔、父親が飼い猫について奇妙なコトを話していた。

 彼が物心ついてから家を出るまでに、祖父母の家では代替わりしながら何匹かのネコを飼ってたんだけど、どれもが祖母が朝のお勤めか何かでお経を上げてる時に北枕になって死んだというのだ。
 お経上げるったって、昔の人はしょっちゅうナマンダブナマンダブっちゅうてたからそれほど特別なタイミングでもなかったろうし、大体祖母は本当にネコが大好きで代々のネコを大層可愛がり、ネコの方もたいへん懐いてたらしいから、死期を悟ったネコがその近くに行ってコト切れるっちゅうのは何となくありそうなコトにも思う。しかし、北枕とは俄かには合点が行かない。大体そんなん日本だけの風習に過ぎないことなんだし、そんなトコまでネコが理解できるとも思えない。あるいはどこかで聞いた話を適当に混ぜて盛ってたのかも知れない。

 そうそう、聞いた話と言えば10数年前に怪談話の大ベストセラーになった「新耳袋」を想い出す。実は初めて読んだとき、あの本が出版される遥か以前から父親に何度も聞かされてた話がいくつか中に出て来てとても驚いたのだった。
 斎場で棺に折り鶴を入れたら何故かそれだけがそっくりそのまま焼け残った話、工場の梁の上で青大将が脱皮してその抜け殻に綿を詰めてトグロ巻かせて祀ったところ商売が栄えた話、ビルの外をボールが落ちてくのかと思ったら人のドロドロに溶けた首だった話などがそうである。どれも最初に聞いたのは40年以上も前のことだ。青大将の話なんて、戦前にあった清水谷の自分ちのコトとしておれは聞かされてる。そのうちネコの北枕も本になるかも知れないな(笑)。

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 机の上に飽きたのか、ひとしきり空きスペースだらけになった本棚を伝い歩きして、今は先日買ったばかりの毛足の長いラグの上でネコは蹲っている。どうやらフカフカしてるのが気持ち良いみたいだ。

 ともあれネコに超絶的に遠くの気配を察したり、見えないものが見えたりといった人智の及びも付かない特殊な能力が備わっていることは、どうやら間違いないことのように思う。ただ、ネコは実に自分勝手な生き物なので、問題はそれらの能力が行使されるのは専ら自分自身に対してのみってコトだろう。ここはイッパツ、億単位のゼニの気配でも嗅ぎ取ってくれんかのぅ〜・・・・・・。

2017.05.09

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