「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
腕時計業界というヤクザな世界


左がランゲ、右がオリジナル。ホントにソックリだ。中身はどちらも超絶的に美しい。

 たいへん有名なヴァイオリン独奏曲にパガニーニの「24のカプリース」っちゅうのがある。超絶技巧の限りを尽くしたトリッキーな曲集で、ヴァイオリニスト泣かせの難曲揃いだ。ギタリストにとってもこれらは垂涎の的となってる曲であって、イングウェイ・マルムスティーンや村治香織が弾き倒してたりする。
 ・・・・・・で、パガニーニっちゅう人、スゴい作曲家にして演奏家ではあったのだけど、一方ではとっても守銭奴でケチなくせに女と博奕に目が無いってなヤツだった。技術の流出を恐れて楽譜はオケにもロクに見せず、出版もせず、死ぬ前に焼いてしまったっちゅうから徹底してる。何だか芸術家っちゅうよりはどちらかと言えばイカサマ師とかのノリに近い印象を受ける。っちゅうか、今でこそやれクラシックだなんだと大層に言われるけど、本来的には手品師や曲芸師といった芸人のいちカテゴリーに過ぎない存在だったのだ。

 さて、腕時計についても同様のことが言えるのではないかと思う。機械式時計が復権して、何かもうそのメーカーは職人肌・芸術家肌みたいに思い込んでる人がとても多いが、実態はどう考えてもヤクザな連中の世界なのである。今回はその辺を書きトバしてみたい。

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 「ランゲ&ゾーネ」っちゅう超高額時計がある。ケースにゴールドやプラチナしか使わず、安いのでも300万とか悪い冗談のような値付けがされてる。ドイツのグラスヒュッテっちゅう時計産業の町を興したランゲ一家のブランドだ・・・・・・と、これだけ聞けばスゴい歴史のマニュファクチュールに思えるが、実は1994年に発足した新興メーカーだったりする。
 どぉゆうことか!?実際、戦前までたしかに「ランゲ&ゾーネ」ってメーカーは存在した。ところが、第二次世界大戦の終結によってソ連軍がなだれ込み街は東ドイツ領になったオカゲで、この会社は接収されただけでなく、他の近所の時計メーカーと十把一からげに統合されて「グラスヒュッテ時計公社」なる国営企業となってしまったのだ。当時4代目だったランゲさんはまだ家業は継いでなかったようだが、とにかく憎むべき資本家ってコトでヘタすりゃ捕まって処刑されかねない。それで慌てて西に亡命した。つまりそこでそうしてグラスヒュッテに於けるランゲの血統は途絶えたのだった。
 それから幾星霜、ベルリンの壁が崩壊し東西ドイツの統一があって、新たなスタートを切ったドイツとしてはその象徴になる事業が欲しかった。そうして白羽の矢が立ったのが「ランゲ&ゾーネ」の再興ってワケだ。まことに都合の良いことにこの4代目、ヴァルターさんっちゅうのがまだ存命だったので、その彼を神輿に担いでグラスヒュッテに凱旋させたのである。愛新覚羅溥儀を奉じて満州国作った日本と何が違うのか?って思うよね。

 一方で面白くないのは経営者が放り出して行ったランゲの工場で戦後50年近く、黙々としょうもない実用時計を作ってた工員の連中である。ある日突然国体が崩壊して、明日から好きにやってくれ、な〜んて無責任に言われて途方に暮れてるところに、かつて逃げ出した経営者が色んなタニマチに奉じられてお国掛かりで戻って来るっちゅうのだから。
 何やねんクソボケ!どのツラ下げて戻って来くさったんぢゃい!?ナメとんのか!?って思ったに違いない。ワイら逃げ出すことも出来ひんでスタージの眼ぇ恐れながら、実用一点張りで昔ながらのパッとせん機械式作ってたんやど!・・・・・・と。今さらノコノコ出て来てエラそうにすんな!シバいたろか!?・・・・・・と。
 それで東ドイツに残ってた連中が興したのが「グラスヒュッテ・オリジナル」ってマニュファクチュールだ。直訳すると「元祖グラスヒュッテ」となる。まるで温泉饅頭や羊羹の本家と元祖の争いに近い(笑)。実にややこしいことに、元はランゲの工場だったトコで作られるのがオリジナルで、今のランゲはその隣に残ってた一族のお屋敷で作られてる。

 復活ランゲの最初のプロダクトである「T」とソックリのデザインで「パノ」ってのが出されたのには、そんな深いルサンチマンが横たわってるのである。要はワザとぶつけたのだ。もう一つ余談を付け加えると、今のランゲは技術的にはグラスヒュッテの系統っちゅうよりはIWCの流れを汲んでいる。また、オリジナルは日本ではランゲの陰に隠れている印象が強いが、実態は驚異の97%の内製率を誇るマニュファクチュールであると同時に、今はクォーツなんかも手広くやって意外に幅広い商売をしてる。
 ちなみにグラスヒュッテを名乗るメーカーで戦前から本当に会社として続いてるのは、オリジナル・ウニオン・ミューレくらいではないかとおれは睨んでる。ノモスはランゲと同じく1994年の新興メーカー、ブルーノ・ゾンレーは戦後一貫して事業を続けてたとの触れ込みだけど、実態は2000年創業。ヴェンペも戦前からの名前ではあるが、ポッと出丸出しでランゲ同様ちょっと怪しい。モーリッツなんちゃらとかチュチマについても良く知らない。ともあれ何のこっちゃない、どいつもこいつも「グラスヒュッテ」の名前にブラ下がって一山当ててやろうって魂胆が見え見えなのだ。その点ではみんな同じ穴の貉なのである。

 このように「ブランド名としては昔からあるけど、実態は新興メーカー」っちゅうのはひじょうに多い。平たくゆうと掘っ立てメーカーやね。まずブレゲ。そもそもは時計の歴史を200年進めた天才と言われるアブラアン・ルイ・ブレゲが18世紀終わりに拵えた工房だけど、実は19世紀末くらいに一度途絶えて、その後は長くレマニアから仕入れたムーブメントのポン付けで糊口を凌いでた。さらにその後も「のれん」の転売が繰り返されて、今の会社は90年代末に出来ている。始祖のブレゲさんとは何の関係もない。
 ユリス・ナルダンなんかも同様。以前、日立の日鉱記念館でナルダンの古い懐中時計の展示を見たことがあるけれど、今売られてるのには技術的な繋がりはまったくない。80年代半ばにブランド名が身売りされて全然別の会社になって以降のモノだ。ブランパンやジャケ・ドローなんかもそうだな。

 しっかし「のれん」、っちゃぁ聞こえは良いが、考えてみて欲しい。例えば「徳川家」って名前が売り買いされて、ある日突然「私は徳川の家のモノです」って名乗る胡乱なヤツが現れたら皆さんはどう思う?ナンボその人が品骨卑しからぬ良い人でもそんなん絶対信用しないでしょ!?

 ・・・・・・かくも怪しいブランド名に頼った高付加価値戦略が平然と行われてるのが時計業界なのである。

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 マニュファクチュール、って聞くと全部自分のトコで拵えて、職人気質で、みたいに思う人が殆どだろうが、実はここにも色んな罠が潜んでる。

 ミネルヴァっちゅうて今はモンブラン(・・・・・・そ!あの万年筆の!)傘下で細々とムーブメントを供給するメーカーがある。かつてはピタゴラスなんてスワンネック、チラネジ、ロービートといったマニア感涙モノの機構を搭載した製品をお手頃価格で出してた。
 古い技術を大事にしてた?・・・・・・違う。小規模で資本力もなく、工作機械を更新することもままならず、そんな昔ながらのしか作れなかったのである(笑)。実態は従業員僅か20人少々のとんでもなく零細なメーカーだった。宝飾時計でもないのに年間で3,000本しか出荷してなかったくらいだから規模のほどが知れよう。あまりに小規模だったから、クォーツショックもさほど被ることなく続けてるうちに時代が回帰しただけである。
 そもそも工房、なんて考えるから勘違いするのである。墨田区や江東区界隈の小さな鉄工所を想像した方が近い。同じような工場が櫛比し、忙しい時は近所のオバチャンに検品とかに来てもらって何とか間に合わせたりするような昔ながらの町工場、アレだ。実際、件のミネルヴァも忙しい時は村の人が手伝いに来るんだそうな(笑)。

 何年か前にシチズンが買収したラ・ジュウ・ペレというスイスのムーヴメントメーカーがある。実際はどうやら全部自分で拵えるのではなく、仕入れた汎用品のETAを徹底的にバラして原形を留めないくらいの改造を施したりして提供する工房、もとい町工場(笑)だ。
 それがとんでもない事件を起こした。「ジャケの窃盗団事件」っちゅうて、女社長の旦那がフランク・ミューラーやロレックス等から時計を盗み出して、ガワは鋳潰して地金にして転売、パーツ類はパチモン製造に転用してたっちゅうのである。一味は15名とも18名とも言われ、あちこちの時計メーカーや下請けの連中が加わってた。事件は分け前の取り分を巡る仲間割れから発覚したのである。そんなに昔のことではない。2000年代初頭の話だ。

 これって左前になった鉄工所の経営者が近所の同業他社に忍び込んで、盗み出したモノを闇ルートでサバいてるのと全く同じ図式である。何か神経質で芸術家肌のオッサンが拡大鏡を眼窩に挟んで、儲けは二の次で拘りまくって細かい仕事をしてる・・・・・・ってなイメージで見てると理解しがたいだろうが、実態はチマチマした作業をやってるっちゅうだけで、強欲が服着たようなギラギラでコテコテの脂ギッシュな中小企業のオヤジ共の集まり・・・・・・それが時計産業の実態なのだ。

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 そんな群雄割拠の・・・・・・っちゅうか魑魅魍魎が跋扈する百鬼夜行の時計業界にも近年、再編の波が押し寄せてる。今は殆どのメーカーがスウォッチ・リシュモン・LVMH・ケリングといったグループのいずれかに属し、偏差値による公立高校のランキングみたくハイエンドからローエンドまでのどこかの属性を決められて自分たちの居場所を棲み分けてる状況だ。例えば、スウォッチグループのハミルトンやロンジンはミドルクラス受け持つブランドなので、どんなけ良い製品を出してもステイタスは上がらないのである。ちょっとヒドい。
 これらのグループに属さないのは今や三大ブランドの一角であるパテックフィリップやオーデマ(ヴァシュロンは今はリシュモン傘下)、ロレックスとか意外なトコではブライトリング(以前はシチズンのクォーツ使ってたし、何となくスウォッチに近い印象だけど・・・・・・)・エベラール(ここも何だかんだでETAばっかしだからスウォッチ寄り)、あとは国産ブランドくらいのモンだろう。この点で、ヒゲゼンマイから自作してるセイコー・シチズン(・・・・・・ってーか系列のミヨタか)なんてもう恐るべきマニュファクチュールと言える。もちょっと真剣にデザインやブランド価値を考えたら良いのにしかし、頑なに考え方が凝り固まってるよな・・・・・・グランドセイコーやザ・シチズンはちっとも面白くないし、ガランテやカンパノラなんて誰が買うんやろ!?(笑)

 話が脱線したが、独立したマニュファクチュールなんてもう今や絶滅危惧種に近いのだ。今やもぉベッタベタのイヤラしいもたれ合いばっかしなのである。

 資本の論理だからまぁ分からなくもないが、それぞれバラバラだったのが徒党を組んで縄張りを分けて対抗勢力とシノギを削ってるって、これってまるでヤクザの世界のようでもある。山口組や稲川会、工藤会・・・・・・おらぁそっちの世界にはあまり詳しくないけれど、頂点の組から厳格なヒエラルキーによる系列化が行われてるのはまるでソックリだ。代紋、即ちブランドロゴに命を懸けるのも似てるよね。

 そんな連中によって支えられてるにも係わらず、時計の世界には何とも魅力がある。腐臭にも近い甘美な香りがある。ビルドゥングスロマンよりはピカレスク、っちゅうこっちゃね。そしてそれは俗で下衆な精神の産物で、これ見よがしでトリッキーな外連味だらけであるにも拘らず、パガニーニの楽曲が今なお抗いがたい怪しい魅力を放つのと一緒なのだろう。

2017.04.09

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