「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
山中デ怪ニ遭ヒタルコト(2)


これ撮ったすぐ後でした・・・・・・

 関東は梅雨明け宣言の1週間後くらいから猛烈に暑くなってきた。気分的なモノも大いに作用するのか、季節商品の売り上げって梅雨明け宣言を境に激増するらしい。だから気象庁もその辺を気にして大人の事情っちゅうヤツで、正直ちょっとまだ明けてないよなぁ〜、って感じでも無理矢理梅雨明け宣言しちゃうみたいだ。
 実際、宣言の翌日からは梅雨明けどころか逆戻りしたようなグズついた天気となり、物凄い雷を伴ったゲリラ豪雨が連日続いた。やっぱ昔の人は体験的に良く知ってたんだと思う。「雷が鳴って梅雨明け」・・・・・・これはホンマやね。

 ジットリと蒸す寝苦しい夜にはやはり怪談・心霊ネタで気分的に涼しくなるってのが古来伝わる日本の正しい所作、っちゅうモンだろう。そんなんで今回は久しぶりの怪奇ネタで行こうと思う。オカルトサイトではないし、特段の霊感が備わってるワケでもないんで数は少ないが、それでもたまにワケの分からないことは起きるものだ。
 今回については場所を伏せさせていただく。こんなマイナーなサイトが発信源になることはよもやあるまいとは思うものの、万が一はある。具体的に書いて心霊スポットとして知られてしまい、ヤンキーやDQNの餌食になっては堪らない。

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 以前は新しく買った超広角レンズを試しに行って怪異に遭遇したんだっけ?今回はまぁ、道具に変化はない。いつものF4通しの超広角と標準、サードパーティーの中望遠の3本のズームに50mm単焦点を組み合わせたいつものセットだ。それらを補助光やらバッテリー等の小物と一緒にシンクタンクフォトのバカでかいショルダーかダカインのフォトリュックに詰め込んでる。その時はどっちだったっけ?
 出掛けて行ったのは某県の廃墟で、バブル崩壊以降の不景気と命運を共にした比較的大きな宿泊施設の跡である。廃墟としてはまずまずの巨大物件と言えるだろう。時間はそんなに遅くない・・・・・・どころか全然まだ早い時間だ。たしか朝の10時くらいだったように思う。

 近年はもぉサイトのキャッチコピーを付け替えんといかんかな?っちゅうくらい個人的には廃墟に傾倒しちゃってて、旅行も一日の半分以上が廃墟探索に費やされる有様となってる。
 ただ、ここでお断りしとかねばならないのは、廃墟にもやはり貴賤っちゅうモンがあって素晴らしいのとそうでないのがあるってコトだ。おれ的に格上だと思うのは何らかの古い歴史を感じさせる物件、荒らされてない物件、大きな物件だ。だから鉱山や古い大工場等の産業遺物なんかにはすごくそそられる。萌える。一番落ちるのは安っぽい個人の邸宅みたいなんだろう。そんなん単なる空家やんか。そもそも行こうって気にならない。
 ・・・・・・で、旅館やホテルの類はどうなのか?っちゅうと、これが結構ビミョーな線だったりする。そらまぁ古い木造建築とかならいいんだけど、大体そんな旅館はあんまし廃墟になることがない。老舗として商売はますます堅調でツブれずシッカリ続いてるとこが多い。結局廃墟になって無残な姿を晒すのは、高度成長期やバブル期に雨後の筍のように各地で粗製乱造されたのが大半だったりする。これがもぉ平たく言って新建材使いまくりの安普請でペラペラなのだ。
 も一つついでに言い訳じみたことを書くなら、廃墟って撮影ロケーションは自分の中でそんなに高くなかったりもする。やはり巨石とか広大な自然なんかの方が良い。被写体であるヨメも同じような意見だったりする。やはり気は合ってるんだろう(笑)。

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 山の狭いワインディングをグネグネ上がってった先にあるその物件も概ねそんな感じのバブルの傷痕といえるものだった。多分現役時代はそれなりに豪華そうに見せかけた造りだったんだろうけど、放置されて何年もが過ぎ、天井の発泡プラスタボードは落ち始め、クロスは剥がれ、カーペットのあちこちには汚い染みや苔がアブストラクトな模様を作っている状況だと、いかにもハリボテの書き割りのような構造だったことが如実に分かる。
 しっかし、こんなところにまで低能なDQNの魔の手は伸びてるようで、人為的に破壊された痕も目立つ。ガラスが割られていたり、調度類が引っくり返されてたり、ドアや壁が蹴破られてたり・・・・・・ホンマ小学生以下の知能レベルやね。

 って、憤慨はさておき撮影だ。憤慨して落書きが消えたり、壊れた調度が元に戻るならいくらでも怒り狂うだろうが、そんなことは決してないからして怒るだけ無駄ってモンだろう。

 人によってそれぞれ流儀は異なろうが、おれたちは廃墟に入ったらまず最初に全館をくまなく見て回ることにしてる。先客がいないか(←これ大事)?危険な個所はないか?撮影ポイントはどこが良いか?光の回り具合はどうか?ヤバいモノはないか?・・・・・・あれこれ確認しながら、基本的には一番高い所まで上がってしまう。そうして屋上とかバルコニーから物件の周囲の状況をさらに確認する。上から見ると案外近くに民家があってオバハンが洗濯物干してたりとか、犬の散歩させてる人がいたりとかなんてこともあるし、次の訪問者がやって来ようとしてるのに気付くこともある。
 世の中にはもちろん十人十色の性癖の人がいて、第三者に殊更見せ付けたり、観光地や繁華街といった公共のハイリスクな場所を選ぶことで興奮したりする難儀な御仁もおられる。別にそれがさほど悪いコトとは思わないし、自己の責任に於いて好きなようにやりゃぁエエんだろうけど、おれたちに関してはとにかく安全第一、撮影事故を避けるようにしてる。緑十字でも腕章に付けたいくらいだ(笑)。

 だから、ここでもあちこちを見て回りながら最上階まで上がってった。電車の運転手の指差呼称ぢゃあるまいし、っちゅうくらい上記チェック項目を確認していよいよ撮影始め。
 あんましいちいいち脱いだり着たりはしないし、中途半端にずらしたりめくったりなんてぇのはちっとも美しくない気がする。だから真っ裸になって服を小さなエコバッグに入れたら、そのままどんどん移動しながら撮影して行く。長考は苦手だし、あまり長居できるものでもないんでペースは結構速い方かも知れない。
 そうして屋上から外階段を下り、バルコニーから最上階に入ろうって時だ。

 ・・・・・・トントントントントントントントン。

 廊下の奥の方から階段を下って行く足音が聞こえたのである。ユックリではない。駈け降りてか登ってかは分からないが、それくらいの速さで足音が明瞭に聞こえた。

 一瞬目を合わせた後、ヨメはすぐ横の部屋に駆け込んで信じられない速さで服を着込む。そらそうだ。この世でハダカほど無防備な姿もないもんな。おれの方はビビリつつも音のした階段の方を見に行ってみたが・・・・・・当然ながらそこには何もなかった。
 ホントはもっと盛り上がることがあればお話としては面白かったかもしれないが、申し添えると他にはこれといって何も起きなかった。カメラの調子は相変わらず好調だったし、急に肩が重くなるだの寒く感じるだの肩を背後から叩かれるだのもなかった。建物の中には相変わらず午前の白い光が射し込み、チンダル現象だったっけ?光の帯を作りながら静まり返っている。そんな中、ただ足音だけが聞こえたのだ。

 ともあれこういう時はとにかく逃げるが勝ちだろう。そそくさとおれたちはそこから撤収したのであった。

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 本当にそれが人の足音だったのか、或いは何かが転がって階段を落ちて行っただけなのか、それとも犬とか猫、或いはイタチなんかが駆け下ったのか・・・・・・いやいや、その音はそんなに軽くはなかったし、それに大体、建物の中をそんな強い風は吹き抜けてはいなかったし、動物の姿もなかった。もちろん、先客がいなかったことは十分確認したし、後からやって来た者だっていないハズだ。
 しかし人の足音だったと断言できるかというと、その自信もない。どだい人影はまったく見なかったのだから。音だけがしたのだ。本当のところは永遠の謎、ってヤツだろう。

 その後なにがしかの変事が続くなんてこともなく、おれたちは日々を過ごしている・・・・・・そして、懲りることなく撮影行も相変わらず出掛けている(笑)。

2016.08.11

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