「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
そこは楽園か地獄か?


「はじめてのおつかい」みたいに10年後の追跡調査も放送するとより面白いかも。

 土曜日の夕方6時、タララララン♪タララララン♪ってな長閑なオープニングテーマと共に始まる名物番組がある。テレビ朝日の「人生の楽園」っちゅうヤツだ。驚くべきことに視聴率は15%にも及ぶらしく、すんげぇ予算掛けた夜のゴールデンアワーのドラマが10%行けば御の字の御時世に、これはもう「笑点」と並ぶ怪物番組と呼んでも良かろう。

 西田敏行と菊池桃子によるちょっととぼけたナレーションで番組の中で描かれるのは、全部が全部ではないけれど、まぁ大抵の場合は都会をリタイアして田舎暮らしを始めた初老くらいの人々の様子だ。
 カフェやら蕎麦屋、民宿、民芸屋なんかをちょっと趣味的かつスノッブに始めた、っちゅうケースが全体的に目立つように思う。あまりラーメン屋やらカレー屋、或いは焼鳥屋、おでん屋等の呑み屋始めたなんてのは出て来ないし、土に生きるとか言って百姓やったり、海の男目指して漁師になったり、与作を歌いながら樵に勤しむっちゅうのもない。
 ・・・・・・まぁもぉあんましあくせく働きたくはないってコトなんだろう。つまり、都会をリタイアすると共に人生も半分リタイアした人たち、ってワケだ。そして高視聴率を誇るってコトは、そんな風にしてのんびり暮らしたい疲れた人が世の中にはゴマンと溢れてるってコトなんだろう。

 どぉゆうワケかこの番組、ヨメが大好きで、それに付き合って観てるんだけれども、番組が進むにつれいつの間にか「同じように出来たらなぁ〜」、などと漠然と考えてるおれがいる。もちろん極めて冷静に醒めて、いろんな焦燥感が青空への憧憬に安易に直結するものだし、田舎は田舎で大変なことが多い、ってコトも一方で分かってるツモリだ。しかし、それでも少しばかり疲労困憊してしまっているのだ。
 この疲労困憊は大昔から蓄積されてきたもので、今さら目新しくも何ともない。ただ、そのペースがこの数年で急激に加速しているように思う。

 今日のネタは田舎暮らしについてだ。思えばそのテの雑誌まで今や存在し、過疎化に苦しむ地方の市町村は移住のための奨励金まで出すようになってる御時世だ。

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 さてさて、仮に田舎暮らしをするとして、先立つモノは何よりも金だろう。俗に衣食住、っちゅうけれど、どれも先立つお足っちゅうのが無けりゃどうにもならない。

 まぁ衣については贅沢言わなければどうにでもなるように思う。例えばおれなんて昔からとかく着る物に無頓着で、20年前の服がそのまま箪笥の中に残ってたりするのだ。これ以上肥りさえしなければ、下着類を適宜買い直すくらいで相当長期間やって行けるに違いない。こぉゆうタイプはあまり困らない。また、「ユニクロ」だの「しまむら」だの今はホント何処にでもある。古着で良けりゃハードオフみたいなんも今やどこにでもある。
 まぁ住むトコについても最近の移住促進補助とかナントカで割安に確保することはできるかも知れない。もちろん、紹介されたトコが崩壊寸前のあばら家である可能性はけっこうな確率であったりするものの、それでもシッカリ選べば何とかなる。おれの場合、ヨメの田舎の家は8部屋もあるから、いざとなったら仮寓させてもらうなんてセコい手段も考えられるかもしれない。
 食については上の2つとは少し事情が異なるだろう。もちろん今より倹約に努めて抑制することは可能だろうけど、それでも意外に掛かるに違いない。夏場にチョロチョロ野菜拵えれりゃ、そら家計の足しにはなりこそすれ、それだけで1年を過ごすコトは困難だ。従ってこのコストはある程度見込まなくてはならない。どうだろ?二人暮らしなら月2万くらいは見込むべきだろうか?

 衣食住だけではない・・・・・・っちゅうか、「住」とは住居のこと指すだけではないのである。実は、生計費の強敵にして伏兵と言えるのは雑費と光熱水費だろうとおれは睨んでいる。それはかつて下宿した時につくづく感じたコトだ。例えば歯磨き、石鹸やらシャンプー、洗剤、常備薬といったもの。また耐久消費財が壊れた時の更新費用なんかもバカにならない。それでもまぁ、昔に比べて田舎にもコメリだとかのホームセンターや大手家電量販店、また100均なんかが進出してるし、それに今や日本の津々浦々にアマゾン等のネット通販は無料配送してくれたりするから、昔よりは割安に入手はできるんだろうが、それでも掛かるものは掛かる。あとまた田舎に暮らせば近所付き合いも大事だろうから、祝儀不祝儀の物入りなんかもあるだろう。この辺は見極めがとてもむつかしい。

 光熱水費だって大変だ。凡そとんでもない山奥であっても今の時代は上水道・下水道費用ってのを徴収されたりする。電気だって引かざるを得ないだろう。大体、電気なかったらネットも繋がらない。自家発電!?その建設・維持費のコトを少しは考えてみるべきだろう。
 灯りに灯油ランプは安上がりだというが、現実を見れば1リットル60円から110円くらいの間をウロウロしており、例えば家に5〜6ヶ所ぶら提げたら毎晩それくらいは使ってしまう。つまり月に2〜3,000円は掛かる寸法だ。何のこっちゃない、蛍光灯やLEDの方が実はよほど明るくて安いのである。また、田舎のガスはたいていプロパンなんだが、これがムチャクチャに高い。都市ガスの倍くらいする。札幌に住んでた時におれはそれを身を以て知った。あの町は地盤が泥炭地で弱く、都市ガス整備の前に都市化がどんどん進行しちゃったせいで未だにプロパンが一般的なのである。ではプロパン使うの止せば良いのか?

 火は男のロマンなのか何なのか、燃料として薪やら炭を自分で山から木を伐り出して、なーんて話が良く出て来る。一時期おれも興味を持って炭焼きについてあれこれ調べてた時期がある。囲炉裏、そら良いだろう。暖炉あるいは薪ストーヴ、それもまた良し・・・・・・しかし、その燃料を自分で拵えるなんてそう簡単ではない。
 薪は炊事や風呂、暖房のために使うと、相当ケチケチ切り詰めたとしても毎日何だかんだで10kgくらいは必要になる。炭だって囲炉裏や火鉢に入れてたら毎日2kgくらいは必要だろう。つまり1ヶ月で薪が300kg、炭が60kg必要だ。炭を拵える際、乾燥原木からの取れ高は重量比で10〜20%と言われるから、1ヶ月に必要な木は実に600〜900kgにも及ぶ。最低限でだよ。これを自分で集めることを考えてみれば良い。ものごっつい重労働である。それにこれらを伐り出すにはチェーンソー、運ぶにはトラックだって必要だろう。もちろん炭焼き窯だって拵えなくちゃなんないし、いくら廃材活用しようが材料費等は完全無料では済まない。
 ちなみに薪300kgは1万5千円ほど、炭60kgは安いのなら5,000円ほどで買えてしまう。月2万円・・・・・・この金額はプロパンよりも高く、そして不便だ。要するにたまのアウトドアならともかく、生活の一部としての薪拾いや炭焼きなんて明らかにワリに合わない。

 それはさておき、お金はどうしたって必要だ。先日、南紀の山奥で集団生活するニートの記事をネットで読んだ。月にたったの2万5千円で暮らせるらしい。しかしそれは逆に言えば、たとえ共同生活でも、最低限のミニマルな生活でもそれなりに人間らしく暮らすには2万5千円の現金は必要であることを物語る。

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 コストの問題をシッカリ考えてなかったんだろうなぁ〜・・・・・・と推測されるケースは実のところ結構見掛ける。

 山奥の廃校を訪ねることが最近増えたんだけど、実はそのまま廃校にならず、貸し出されてそれがその後廃墟化した物件が意外なくらい目立つ・・・・・・で、貸し出した相手は誰か?っちゅうとこれがもう殆ど「陶芸家」なのである。まぁ、広い作業場が必要な仕事ゆえに廃校はお誂え向きの物件だからなのだろう。しかし、そういった条件を差っ引いても作りかけ、乾かしかけの作品を棚に中途半端に放擲したまま姿をくらましちゃってるケースが如何に多いことか。
 そりゃそうだ。あの世界、湯呑1個がナンボでランクは計られる。特段の実績もないまま意欲だけでやったって、買い叩かれたりせいぜい近場の道の駅とかに並べてもらう程度だろう。並べた分だけ右から左に売れる保証もない。炎の芸術、っちゅうだけあって燃料費は嵩む。何らかのコンクールに出品ともなれば、それは都会で開催されるから遠路はるばる出掛けてかなくちゃなんない。もちろんそのコストは自腹だ。かといってそれを惜しんでてはいつまでたっても名声は得られない・・・・・・。

 上に述べた炭焼きにしてもそうだ。自分で消費するだけでもそんなんだから、それで生計を立てるなんてもぉ至難の技だ。だから日本では衰えたのだ。ヨメの母方の父親はかつて農林業をしつつ、炭焼きでもある程度生計を立ててたらしい。何度かおれもその山中の家を訪ねたことはあって、たしかに家の裏手に窯の残骸は残っていた。何で止めたのかと言うと理由は単純明快、しんどいだけで儲からなかったからだ。
 炭焼き職人を目指す人々のポータルみたいなサイトを覗いて愕然としたことがある。全国各地で何十人もの人が炭焼き・・・・・・おそらくは硬くて火持ちが良く、見た目も美しい備長炭作りなんかを目指して移住し、その暮らしぶりをネットを通じて発信しようとしてたんだろう。そういった人が開設したサイトやブログへのリンクが大量に張られている。
 丹念に一つ一つクリックしてったんだけど・・・・・・どれもこれも、見事なくらいにリンクは切れていた。ただのサイト移転なら良いのだが。

 そう、いつだったかTVで見た男のケースなんてもうあまりの極端な無鉄砲ぶりが慄然とするほどだった。南の果ての孤島に数十万の資金とテント(それもチョー安物のレジャー用)だけ持って、殆ど着のみ着のままで移住しちゃった、っちゅうのである。取材に答える本人曰く、食料は海で漁をします。小屋はそのうち建てます、畑も開墾します・・・・・・って、台風来ると南洋だから一晩で通過しないどころか何日も停滞したりする。絵にも話もならない暴風雨が続くのだ。テントのフレームはバキバキに折れ、濡れ鼠になった男をカメラは冷徹に映し出す。その惨めな姿を見てると、彼のやってることはやけっぱちで緩慢な自殺に他ならないようにおれには思えた。

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 そんなこんなを考えて、安心して悠々自適に田舎暮らしするのに必要な軍資金を考えてみた。もちろん、余命がどれくらいかによっても異なるんだろうが、おれの場合、ザッと5千万から1億ばかし必要ではないか?っちゅう結論に至った。ひゃぁ〜っ!今さら言うだけ野暮だが、逆さに振ったってそんな金はどこにもない。それどころか家のローンがまだだいぶ残ってたりする有様だ。

 アカンがな・・・・・・と倦んだ眼で力なく独りごちておれはソファから立ち上がる。「人生の楽園」はとっくに終わり、その後チャンネル替えて観てた「満天レストラン」も終わり、番組は「天才!志村どうぶつ園」になっていた。


何でも出版のネタになるもんだねぇ〜・・・・・・。

2016.02.21

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