「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
手首に小宇宙・・・・・・機械式時計のススメ


オリエントスター"WZ0251EL"、定価5万円以下で端正でクラシカルな時計としては世界一良心的な造りだろう。

 病膏肓とまでは行かないまでも、何となく腕時計が増えてしまった。大半が機械式時計である・・・・・・ったって、そんなに高額なモノは自分ではほとんど買ってない。唯一マトモに自分で身銭切って買った高額なのは十何年前に買ったゼニス「エル・プリメロ」くらいなモンだけど、その後いろいろあって、今は古いオメガの手巻きやロレックスのデイトジャストなんかも家にある。止まったままあまりに長期間放って置いても潤滑油が悪くなって良くないらしいんで、これらもたまには装着してみるが、地味なオメガの手巻きはともかく、どうにもロレックスのそれもフルーテッドベゼルにジュビリーブレス、オマケに金銀コンビの押し出しの強さは下品でどうも好きになれない。実際ここまでアホみたいに有難がる国って世界にどれだけあるんだろ?って思ってしまう。

 それにしても、この十年くらいで信じられないくらい外国製腕時計の値段は上がった。最大の原因は円安である。1ドル80円くらいだったのが今は120円前後で揉み合ってんだから、それだけでおよそ1.5倍だわな。50万の定価なら75万円になる。さらにはここに各社のブランド戦略が加わる。付加価値っちゃ聞こえは良いが、ただ単に値段を釣り上げてブランドのプレミア性を高めようとする極めてあざとい戦略が露骨に透けて見える。

 おれの持ってるゼニスにしたって、LVMHの傘下に入ったっちゅうだけで定価が1.5倍くらいになった。500から501にRefナンバーが1つ足された以外全く何も仕様が変わってないのに、だよ。
 その内オープンハートだとかパワーリザーブ表示だとかどうでもいいようなワケの分からないコテコテのドレスウォッチ化が進められて、仕上げはそれなりに良くなった以上にさらに値段が吊り上げられた。今はもうエル・プリメロ買おうとすれば定価ベースだと100万くらい出さないと手に入らなくなってしまった。代理店が大沢商会だった時代は定価でも30万、実勢価格だと20万円以下で買えたのが、だ。ムチャクチャなボッタクリもあったモンだ。まことに酷い話である。
 まだ安く買えた頃に貧乏質に入れてもっといろいろ買っておけばよかったとつくづく思う。例えばランゲアンドゾーネの代表作である「ランゲT」なんかでも当時はまだ100万以下でいくらでも見付かったんだから。今は軽く200万円を下らない。同じデザインで少し値付けの安かったグラスヒュッテオリジナルの「パノ」なんかだと50万円前後でいくらでもあった。これも今は軒並み100万超えだ。ちなみにこの二社は東ドイツ時代は国営公社として一つの組織だった。だからデザインや内部の機械の構成がソックリなのである。
 同じグラスヒュッテだとノモスなんてもぉ貧乏人の味方のような存在で、バウハウス的なシンプルでプレーンなデザインにひじょうに丁寧に仕上げの施されたムーヴメントを搭載して8万円ちょぼちょぼで買えたのが、今は20万とかになっちゃってる。売れ行きに気を良くしてメーカーもチョーシに乗ったのか、最近はプラチナ製で250万とかとんでもないモデルを出してきやがった。それなら素直にパテックのカラトラバ買うって(笑)。

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 個人的にはややクラシカルでプレーンなデザインが好きだ。コインウェッジや青焼きのブレゲ針とまで言うといささかクサいけど、文字盤の周囲がなだらかに下がったボンベダイヤルやドーム風防、ちょこっとだけ先端を曲げられた針、琺瑯、控え目なギョーシェ彫り、抑え気味のバーインデックス、スモールセコンド・・・・・・等々。

 性格とは裏腹に(笑)、コテコテしいデザインなのは好きではない。ブライトリングなんてもぉ何が良いのかサッパリ分からない。好きな人には申し訳ないけど、こんなデザインを良しとして売るなんてちょっとバカなのではあるまいか?とさえ思ってしまう。実はロレックスも同様。芸能人御用達のウブロやパネライ、グラハムなんかもそうだな。何かのブログでデカ厚系を「腕にカブトムシ乗せてるみたいだ」って書いてあるのを読んでおれは大笑いした。全く同感だ。アタマの悪そうなヤンキーがパキパキにドレスアップしたシャコタンレクサスに乗ってるみたいに見える。
 だから独立時計師系でもロジェ・デュブイとかピエール・クンツなんてサッパリ理解できない。フランクミューラーも超絶コンプリケーションならともかく、フツーのパンピーが手を出せるラインなんて中身ボロクソの派手なだけで見かけ倒しのハッタリ時計だし、あんなんに大枚払うなら5千円でフランク三浦買った方がよっぽどマシだと思う(笑)。

 デザインだけならしかしクォーツだって上品にも下品にも作ることはいくらでもできてしまう。実は電気仕掛けの方がゼンマイより駆動力が劣る分、あまりいろいろ機能を詰め込むことは苦手とも聞いたことがあるから、シチズンの超絶コンプリケーションのカンパネラなんて、むしろ機械式より大変な造りなのかも知れない・・・・・・あ、話が逸れたな。
 ともあれ、機械式時計なんだったら、見映えはともかく中身の機械にだってそれなりに凝ってて欲しい気がする。複雑なメカを搭載すれば良い、ってモンではない。どれだけ丁寧に仕上げてあるか?の方が重要かもしれない。ワザとらしいチラネジやスワンネックとまでは言わないけど、ペルラージュっちゅう鱗状の、或いはコート・ド・ジュネーヴっちゅう波状の(・・・・・・こっちは実はあまり手間いらずだそうな)繊細な切削を地板やローターに施してあったり、ちゃんとネジがブルースチールになってたり、適所に錆を抑えるための金鍍金が施されてたり、そもそも細かいパーツ類が単なるプレス打ち抜きではなく角をきちんと落としてあったりするのは見てて職人の手仕事っぽくて好きだ。

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 そう、機械。機械なのである。

 機械式時計は電気やモーターの力を借りずにゼンマイと歯車、あとは若干の棒やバネの力だけで動いてる根源的な素朴さがあるからこそ面白いのだ。以前、円環運動にのみ着目して機械式時計について述べたんだけど、円環運動以外にも人を深く吸い込むような魅力がその小さなケースの中に収められている。

 まずはゼンマイ。巻貝にせよ竜巻や台風にせよ、メエルストロムや鳴門の渦潮にせよ、渦巻きっちゅうのはそれだけでとてもミステリアスな存在なのである。その規則的に段々と小さくなって行く円の奥には暗黒と永遠がある。伊藤潤二にそのタイトル名もずばり「うずまき」ってホラーマンガがあったけど、その慧眼には恐れ入ってしまう。ああ、「リング」シリーズにも「らせん」ってあったっけ?あれも似たようなセンスの賜物だな。いずれにせよそんなモノが動力源として香箱に収まって鎮座しているのだ。
 もう一つ、機械式時計の中には渦巻きが収まってる。こちらの方が動力のゼンマイよりも遥かに繊細で大切な存在だ。ヒゲゼンマイと呼ばれるもので、テンプという輪っかの中心にあってブルブル震えている。用途としては動力ではなくバネとして使われており、説明しだすとキリが無いので割愛するが、コイツこそが「振り子の等時性」っちゅう法則によってガンギ車とかアンクルといった繊細極まりないパーツと一緒になって、放って置けば一気に緩んでしまう動力を寸止めにしつつ、規則正しい時の刻みを与えているのである。

 そして如何にもカラクリな歯車。回転運動の力を伝達するだけでなく加速・減速や反転を自在に操り、さらにはピストンの上下運動に変換したり、クラッチを入れたりすることで等間隔を外れた不規則な動きをさせることも可能とする。円環運動はダイヤル上の針だけのことではない。通常人の目に触れない所で、ギッシリ詰まった歯車によって静かに静かに行われているのだ。
 最近の美術の潮流の一つに80年代のSFに端を発する「スチームパンク」ってーのがある。18世紀、蒸気機関の時代のテクノロジーをベースにしたいささか荒唐無稽でレトロな世界だ。当然ながらそこでも歯車は基本アイテムとして頻出する。スチームパンクと機械式時計趣味の世界は案外ひじょうに近い所にあるようにおれは思う。

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 そろそろ今日の本題だ。

 みなさんもまずは安いのでいいから機械式時計を一つ購入されてみては如何だろう?クロノグラフだなんだとややこしいこと言わず、フツーの三針で十分だ。

 もちろん、虚栄心まで満足させられるのはお手頃な値段と矛盾してしまうので無理な相談だけれども、普段身に着けることもできれば、愛着を持って眺めることもできるくらいのは5万円も出せばまだまだ手に入る。10万出せれば御の字だ。仕様的には裏スケと呼ばれる中の機械の動きが見えるモノが良いだろう。

 国産ならセイコー・オリエントで普通にラインナップが揃ってる。特にオリエントはメーカー自体がも一つパッとしないっちゅう欠点があるものの、5〜60年代の製品をモチーフにした端正でクラシカルな佇まいは地味だけどかなり良い。セイコーではプレサージュっちゅうラインにワリとシッカリしたのが揃ってる印象だ。いささか全体が分厚すぎるのが玉にキズではあるが琺瑯文字盤なんてムチャクチャにシブい。

 スイスメイドでもオリスやエポスといった「S」で名前の終わるメーカーは何故か普及品中心で、デザインが有名どころのパクリが多いのが気になるちゅう欠点はさておき、ETAポンでもまぁ最低限の仕上げはしてあるし、ユニタスやプゾーベースの手巻きなら自動巻のローターに遮られることなく、繊細なテンプの動きを見ることもできる。ルイ・エラールなんかも安くてシッカリした製品が多い。
 ドイツのユンハンスやイタリアではとてもメジャーらしいエベラールなんかも良い。後者はたいしてブランド価値があるとも思えないのに、近年値段が吊り上ってしまい簡単に買えなくなったけれど、ユンハンスならマックスビルシリーズ等、まだまだ安価で入手可能だ。ドイツといえばジャケ・エトアールなんかも汎用ムーヴ使ったのは昔はひじょうに安い値付けだったのを想い出す。

 いや〜、5万円も惜しいっす、出せませんよぉ〜、ってな人はそもそも買うな!って話になっちゃうんだけど、ユーロパッションの展開するアルカフトゥーラなんてどうだろう?まぁ、自転車で言えばアクションスポーツのカラミタをさらに怪しくしたような存在だ。平たくゆうと「パチ時計」に分類されるだろう。
 要は輸入代理店ならではの永年の経験と知識とセンスで以て(笑)、自社企画でそれっぽいのを中国や東南アジアのパチ時計工場に安く作らせたもので、何と恐ろしいコトにツインバレルのフルスケルトンウォッチが2万円以下なんて、もぉ絶対あり得ない価格で売られてたりする。精度やその他は全く不明だが、見た目だけはかなりそれっぽい・・・・・・おれは買おうとは全く思わないけどね。他にもヤリ過ぎて本家のパネライから訴えられたRXWとかケンなんちゃらとか、まぁこのテのブランドは枚挙に暇がない。

 ・・・・・・ハハハ、いやいや上の段落はネタであって、買えないんだからってそぉいったパチ系の時計で貧しくも侘しい虚栄心を貧しいままに満たしちゃダメっすよ。真面目に読まんといてくださいね。

 実勢価格1万円台でもセイコー5だとかだと、そらまぁ中身は実用一点張りでプレス打ち抜き丸出しの機械とかであまり眼福にはならないけど、枯れて極めて信頼性の高いムーヴメントを搭載したモノがゴロゴロある。とにかくバカみたいにヴァリエーションが広いのがセイコー5の特徴で、まずはそっからでも十分だろう。
 また、スウォッチの出したシステム51なんかも凄い。これは21世紀の量産機械式ムーヴメントに対する機械式時計の本場スイスのプライドを賭けた彼等なりの回答とも言える。なんと90時間パワーリザーブでメンテナンスフリー(・・・・・・っちゅうか嵌め殺しが多くてオーバーホールが出来ないみたい、笑)、ロービートなのに高精度、部品点数の圧倒的な少なさとモジュール構成による今後の拡張性等々、革新的と呼べる内容が2万円を切る価格で買えてしまう。ただ、如何にもスウォッチらしい樹脂丸出しでポップな見た目は使うシチュエーションを選ぶし、好き嫌いが分かれるところかもしれない。

 手首に小宇宙。機械式時計には深淵と永遠、それに無窮・・・・・・それは単なる時間のことだけではなく、人間の叡智に於けるそれらがギッシリ詰まっている。


究極のシンプリシティと言えるJUNGHANS"MAX BILL"・・・・・・いささか造りは粗いけど

2015.06.14

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