「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
仔猫譚(V)


何か考えてるような顔をしてる時ほど何も考えてない(笑)。

 ・・・・・・っちゅうか、最早「仔猫」と呼ぶにはかなり無理のある大きさに成長した我が家の猫の話、第三弾だ。別に肥ってはいないものの、すっかり大きくなって今では3kg近くある。体型的な変化はあまりなく、そのままの形で少しづつ大きくなってるようだ。そういえば鼻のアタマが前は真っ黒だったのが、いつの間にか赤くなったのが変化らしい変化と言えるかも知れない。大人になって一皮剥けたのだろうか?

 こうして身体は大きくなった一方で、メンタリティは完全に家猫になってしまったようで、以前はベランダのガラス戸を開けると脱走しようとして大変だったのが、この頃はチラッと一瞥するだけで出ようともしなくなった。玄関を迂闊に開けて、足許をすり抜けて脱走されてしまい探し回ったことも過去に何度かあったのだけど、最近では出掛けようとしても玄関ではなく玄関脇の部屋の窓際に一目散に走ってって、網戸越しに出て行く姿を見送るだけである。ただ、おれたち家族以外の存在は相変わらず怖いようで、隣家の人が前を通ると尻尾を膨らませて慌てて逃げる。そうそう、不思議なことにあれほど折れ曲がってた尻尾もほぼ真っ直ぐになって来た。
 ・・・・・・とは申せ、逃げ出すのは猫の本能なので安心はできない。虎の親類だけに、実は虎視眈々と機会を狙ってるのかも知れない。網戸が引き戸になってて容易に開くんだ、ってことを覚えたらどうしよう?

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 それにしても家族全員で可愛がって育てた甲斐あってか、随分と利口に育ってくれたモンである。今では少なくとも自分の名前は理解しているようで、名前を呼ぶと大きくニ往復尻尾を振る。機嫌が好いとニャァと返事までするが、逆に眠い時等は尻尾の先端だけ申し訳程度に振る。どんな時でも全身で嬉しそうに応える犬と違って、マコトにシレッと我儘な生き物である。

 我儘ではあるけれど、それなりに集団生活の中で我慢ってことも覚えたようで、以前はおれが家に帰ると一刻も早く遊んで欲しいもんだから、食事中のテーブルに乗って来ては邪魔ばかりしてたのが、最近ではおれが夕飯を食べ終わるまで寝室の隅でジーッと座って待ってるようになった。もちろん身じろぎ一つせずこっちの方を凝視しながら、だ。そしておれが食べ終わって立ち上がった途端、横に寝そべってニャーニャー鳴いて腹を見せる。時に前足曲げて「おいでおいで」までするのには仰天した。

 以前書いた通り、猫の遊びっちゅうのはすべて狩猟のシュミレーションなワケで、これはもう真剣勝負である。油断するとこっちが引っ掻き傷だらけになってしまう。さらに牙も伸び、顎の力も強くなったので、こっちの方も油断できない。腹を掻いてやると喜びつつも、すぐに手に爪立てて抱き付いて噛むし、後ろ足でカカカカカカカカッと猫キックを入れまくって来る。
 そんなんだから猫じゃらしも単にぶらぶらさせてるだけではダメで、それなりに工夫しないと露骨に詰まらなさそうにする。襖や布団の陰、隙間、なるだけ視界の隅っこ辺りに置いて動かさないと、「そんなユルいのぢゃ満足できません」ってな感じでプイとそっぽ向いて餌食いに行ってしまったりする。本当に我儘な生き物なのである。

 どうやらこの遊びには、彼女なりに日々のエクササイズとしてのルーチンが存在するようで、ウォーミングアップに普通に近くから飛び付くのを何回か済ませた後は、TVの裏から本棚に回って飛び降りて襲う、一旦遠くに退却して食卓の下から襲う、完全にこっちの死角に入って襲う、布団カバーの下に潜り込んで隠れて(・・・・・・って、丸分かりなんだけどね、笑)襲うといったやや高度なヴァリエーションをこなさないと一日のセットは終わらない。途中、見事な大ジャンプを何回も見せてくれる。猫のジャンプは基本180である。ストレートジャンプだと捕捉すべき対象に尻向けて着地することになってしまい、それでは獲物を逃がしてしまうことに繋がるからだろう。ストレートジャンプのように飛んでから気分が変わって、空中で身体をひねったりもできる。本当に素晴らしい運動能力だ。

 こうして毎日シッカリ遊んでやってるコトでストレスが溜まらないのか、部屋のあちこちで無闇に爪を研がないのも助かる。ラタンで出来たゴミ箱と、ウレタンで出来た猫の部屋以外はまず滅多に掻かない。これも猫によっては家の中を見境なくカリカリカリカリやるんで、家の調度類がムチャクチャになったりするけれど、今のところそのような兆候はない。

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 寝る時間になって電灯を消すと、ピタッと一切鳴かなくなるのにも感心する。この辺、クセの悪い猫だと夜中みんな寝てるのにニャーニャー鳴いて大変なので、ひじょうにありがたい。
 布団に入った後、手の先だけ出してヒラヒラさせてやると襲って来る。今では寝る前の儀式と言って良いかも知れない。これを3回くらい繰り返し、一口二口餌食って、水飲んでトイレ済ますと、後は大人しくおれたちの足許で蹲って寝る。逆にやってやらないと落ち着かず、寝付きが悪いようで、そんな時は夜中に所在無げに部屋の中をウロウロしたりしている・・・・・・まぁ、それでも無言だから助かるのだが。そぉいやぁ遊ぶときはあんなに布団の上で暴れ回るクセに、普段歩くときは絶対に布団の上に乗らないのも不思議だ。

 普段、おれたちは平日は決まった時間に起きるのだけれど、起きてカーテンを開け、TVを点けた途端にニャーニャー鳴き出す。餌をくれと言ってるのである。餌を入れてある箱を取り出すとさらにテンションは上がり、箱の縁に前足を掛けて早く出せとせがんで鳴く。お気に入りのジャーキーやカニ蒲鉾を取り出すと喜びは絶頂に達し、更に大声を張り上げて鳴く。毎朝これを極めて規則的に繰り返している。

 おれはこれまで猫の暮らしが怠惰でテキトー、かつ不規則なモンだと思ってたが、実はとても規則正しい生活のリズムを持ってることに気付かされた。良く観察してると、何かに付けて決まったパターンを踏襲しているのが見えて来る。寝る場所は今はペット用のマットの上か、ソファーの右隅、もしくはソファーの背もたれの上の左端、そしておれの布団のちょうど右肩辺りの4ヶ所と絶対に決まってるし、伸びをするのは必ずフロアラグの手前の場所だ。猫なりに何らかの秩序があるのだ。

 それゆえに困ることもある。利口になったとはいえいくら何でもさすがに平日と土日祝の違いまでは理解できないもんだから、休日にもう少し寝てようと思っても許してくれないのである。彼女には驚嘆すべき体内時計が備わっているようで、身体に滲み付いた起床時刻でもってピタッと起き出しては、親切にも起こそうとしてくれるのである。
 手や頭だけでなく、時には鼻の穴にまで指を突っ込んで軽く掻いて「いつまで寝てんのや!?早よう起きろ!」とせがむ。まぁ、餌が欲しいだけなんだろう。遊ぶ時の引っ掻き方とは異なり、随分遠慮がちっちゅうか、密やかな掻き方ではあるけれど、やはりそれなりに痛い。こっちゃまだまだ寝てたいワケで、かなり迷惑な話だが、それでもおれたちが起き上がってカーテン開けて・TV点けて、という行動を取らない限りは絶対鳴かないし、「もちょっとだけ寝かせろや〜」とアタマから布団かぶってしまうと、ある程度言ってることと状況が理解できるのか、諦めて再び足許に行ってフテ寝したりしているのがいじらしい。

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 このようになかなか気の利く怜悧なところを垣間見せてはくれるのだけど、そこはやはり畜生は畜生であるからして、さほど遠くない未来には間違いなくサカリが付くようになる。もぉ問答無用でサカる。生き物ゆえの当然のこととは申せ、困ったことだ。ちなみに猫の発情期は年に4回あるそうで、その期間はおよそ一週間。その間、腹の奥から絞り出すような図太い声で鳴きまくられては堪らない。

 普段の暮らしぶりからするに、子供が出来たら母親ぶりを発揮してまめまめしく世話するのではないかって気がするし、何となく1度くらいは産ませてやってもいいのかな?とも思うが、これ以上家では飼えないのも自明なワケで、そのうち避妊手術をどうするかの判断をしなくてはならないだろう。悩ましい問題ではある。

 ・・・・・・そんな飼い主の心配をよそに、ここまで書いて振り向いたら、気儘な午睡から目覚めたのかマットの上で呑気に大きな欠伸をしていやがった。


大欠伸。牙が凄くなってきたことが良く分かる。
2014.04.30

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