「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
仔猫譚(U)


随分大きくなりました。

 早いもので、日立の堅割山で拾ってきた仔猫が我が家で暮らすようになって3ヶ月が経った。

 最初は掌に乗るくらいの大きさで、体重も2〜300グラムほどに過ぎなかったのが、今では1.5キロくらいにまで成長して猫らしくなってきた。赤ん坊から少女になった、ってトコだろうか。瞳の色もアンバーゴールドになったし、体毛も毛足が太くなっただけでなく、白い部分が若干茶色みがかって来た。餌にしても最初はレトルトパックや缶詰の軟らかいのばかりだったけど、今はもう硬い餌だってカリカリと小気味よい音を立てて平気で食う。食べる量自体もひじょうに増えた。余談だが、肉系があまり好きではなく魚系を好むトコからすると、海沿いの生まれなのかも知れない。予防接種にも連れて行った。何でも猫が罹患するウィルスはひじょうに多く、それも輸入猫が増えてるせいで年々新種が増えてってるらしい。そのことをおれは今やパンクどころかもぉデレデレの愛猫家になった町田のエッセイで知った。ともあれ注射は間隔を空けて2回打つ大層なもので、エラい高く付いた。
 瞳の色が変化するって現象におれはひどく驚いたのだけれど、これはおれの単なる無知で、調べてみると生まれたばかりの仔猫の瞳の色はどれも美しい青なのである。俗に「キトゥン・ブルー」と呼ばれるそれは生後およそ3〜4週間を過ぎたあたりからだんだんと失せてって、本来の色に変化するのだ。

 ・・・・・・ということは拾った時点ではまだ生後1ヶ月弱だった、ってコトだろう。可哀想にそんなんで母猫から引き離されて山の中に棄てられたワケだ。ともあれようやく牙が生え始めたくらいだったこととも符合する。つまり現時点では、生後4ヶ月前後と推定される。獣医の見立ても概ねそんな感じだった。人間ではどれくらいになるのか見当も付かない。ちなみに早い場合は1歳くらいからサカリが付くので、どうするか考えなくちゃならない。年に4回発情期はあり、もし孕むと1度に4匹前後の子供を産むんだそうな。ボロボロ増えては大変だ。ところでドッグイヤーっちゅうコトバは有名だけど、キャットイヤーっちゅうのはあるのだろうか。

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 それにしてもDNAに刻まれた本能っちゅうのは凄まじいもので、別に教えたワケでもないのに、狩猟本能を発揮しまくって猫じゃらしと日々猛烈に格闘している。ネコの遊びはすべて狩猟活動のシュミレーションと言えるだろう。一般的に猫は足先等の白い部分が多い方が性格的に穏やかと言われるが、見事にうちの猫は足先まで縞模様が出ている。つまり気性が激しいっちゅうことになる。さらにはオスよりメスの方が気性は激しいものらしい。処置なしだな。

 物陰に潜んで伏せ、何度か尻を振ってから猫じゃらしに猛然と襲いかかる。尻を振るのはどうやらタイミングや微妙な力の掛け具合をこれによって合わしてるらしい。ワッグルみたいなもんだな(笑)。そのダッシュ力たるや大したもんで、小さいとはいえやはり虎とか豹の一党であることが良く分かる。後ろから見た裾広がりの柔らかな曲線でできたマッシヴなフォルムは、ポルシェ911のそれと似ている・・・・・・っちゅうかポルシェが意識してデザインしたのかも知れない。跳躍力にしても驚異的で、本気でジャンプすると1m近くまで飛び上がることもできる。当然、動体視力にも優れており、猫じゃらしの棒の先をグルグル振り回していても正確にそれを補足する。また、ジャンプしてから気が変わって身体をひねって180をキメることもできる。スノボやらせたら上手になれるかも知れない。
 そうして捕まえると前足で抱きかかえるようにして抑え込んで噛み付き、後ろ足で蹴って蹴って蹴りまくる。猫キックっちゅうヤツである。おそらくは獲物の首筋に噛み付きつつボコボコに蹴りまくることで絶命させようとしてるんだろう。小さいものだと足の間で回そうとしたりもする。目を回させるツモリなのかも知れない。いずれにせよこんな仔猫でも肉食獣の端くれであるからして、けっこうその気質は残酷なのだ。

 困ったことに、遊びに熱中するとだんだん興奮して来て見境が無くなって来る。腕に飛びかかって同じことをしようとするのである。かなり痛い。爪は定期的に切るようにしてるんで最近はそれほどでもない代わりに、牙が成長して噛み付く力が強くなって来たのだ。止めろと怒鳴って通じるワケもなく、払い除けるとさらに興奮して一層激しく飛びかかって来るので閉口してしまう。

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 ごく小さいうちに連れてこられたせいか、おれたち家族にはひじょうによく懐いている。朝、会社に出掛ける時、おれが家からいなくなるのが分かるのか、カバンにまとわりついて出て行くのを阻止しようとするし、玄関に向かうと真っ先に駈けて行って、靴べらにまとわりつく。とにかく寂しいのがイヤなのだろう。

 タバコを吸おうとしてベランダに出ると、家のどこに居ようと走り寄ってきて、出窓の縁に前足立ちになって吸い終わるまで凝視しているし、おれ一人が家にいてPCの前に向かってるときはその上のプリンターの上で蹲って寝ている。そこに登るのにおれの背中を爪立てて駆け上がったりするもんだから、風呂上りにハダカで涼みながらPC作業に熱中してるとエラい目に遭う。
 水が大嫌いなくせに、風呂に入るときも付いてきて風呂桶の縁をウロウロする。一度足を滑らせて落っこちて、ずぶ濡れでパニックになっていた。怜悧な表情を見せはしているものの、やはりそこは畜生でけっこうアホだ。
 チャンと餌を与えてるにもかかわらず、おれたちの食事の際、食べかけの餌を放り出してテーブルの上に飛び乗って来ては、ノソノソとおかずその他の匂いを嗅いだり、舐めたりして回る。さすがに正直ちょっとこれだけは鬱陶しい。決して食べてはいけないネギやら玉ネギ、ニンニク、ニラ、ラッキョウといったものがあったりするし、香辛料だってあちこちに使われてる。どだい人間の食事は動物にとっては塩分が強すぎて宜しくないのだ。

 ヨメや子供がソファーでTV観てるときは、必ず横のブランケットの上で丸くなってる。ただ、TVそのものにはまったく興味がないようである。手を差し出すと顎と前足を載せてより一層寛ぐ。本質的に猫は怠惰な生き物であることが良く分かる。暖かい所や涼しい所、居心地のいい場所を見付けるのが上手い。なぜかおれの枕の上も大のお気に入りで、寝る前から蹲ってるもんだから、頭を載せると生温かったりする。
 当初、おれたちが就寝する際は檻に入れてたのだけど、余りにニャーニャー煩いのに根負けして、今はもう好きにさせている。なぜか灯りを消して暗くすると布団から出てる手足に件の飛び付きをするので油断できない。おそらくはもうちょっと遊んで欲しいのだと思うが、それでもひたすら無視して寝てるとそのうち布団の隅っこの方で大人しく寝てしまう。寝返り打つときに下敷きになってウニャニャ〜とか声を上げる時もある。何せしなやかで俊敏だから押し潰されることはないみたいだ。夜中になんだかくすぐったいので薄目を開けると、髪や耳をペロペロとねぶり倒してたりもする。

 あまりベタベタ構われるのは基本的に苦手なクセに、かといっておれたちの姿が見えないとからきしダメみたいで、まぁ要は今風に言うと「ツンデレ」なワケで、猫にしてみればこれら一連の行動は親愛の情の最大の表現なんだろう。ただ誰にでも人懐こいワケではなく、廊下側の窓から外を見ていて知らない人が通りかかると怖いようで、一目散に机の下に逃げ込んだりするトコからすると、本来的には憶病で警戒心の強い動物なのだ。また、何がそんなに怖いのか、動いてる掃除機を異常なまでに恐れており、ヨメが掃除機を掛けると、別の部屋に逃げてってしまう。そうそう、掌を合わせて笛にしてホーホーと鳴らすとひじょうに怖がるのは、やはりDNAに梟に襲われると危険だ、ということが予め刻み込まれてるからかも知れない。

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 何だかんだで今はおれより家にいる時間の長いヨメの方が甲斐々々しく相手してる。小さい頃に家で猫を飼ってたことがあるらしく本来的に彼女は猫好きなのだ。そぉいや昔、子供産む前のトキソプラズマ検査でも陽性反応だった。子どもは夜遅くにならんと帰って来ないのだけど、こっちはこっちであまり会えない分、情け容赦なく抱きしめたりする。猫の方がちょっと迷惑がってビビッてたりするが、それでも健気にチョコチョコ後を付いて歩いてる。

 要するに家族全員から愛され、大事にされてるのだ。幸せ者である。

 猫の寿命は犬よりもむしろ長いくらいで、最長で20年以上も生きるらしい。アラーキーの飼い猫として写真集にまでなったチロは22年生きたそうである。もしそうなったら、おれは70くらいになってる。おれの方が先にくたばってることも充分あり得るワケで、何とも複雑な気持ちになってしまうが・・・・・・まぁそれも人生だぁな。


猫じゃらしを目で追いかける。

2013.10.12

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