「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
万年筆を見直すの記


動画で見てびっくりしたパイロットの万年筆の先っぽ。独特の形してるのが分かる。

 きっかけは何だったっけ!?・・・・・・そうだそうだ、なんか会社で新聞か雑誌読んでたら、パイロットが最近出した「コクーン」なる万年筆がけっこう売れてるって記事を見掛けたんだった。
 そいでもってさらにしばらくしたら、ユーチューブで万年筆でひたすら書きつけるだけの動画が美しいって話題になってるのを見たんだった。実際、その動画にはシンプルだけど、深く惹き込まれるような魅力があった。これもパイロット、ナミキっちゅう輸出用のヤツで、国内向けはエラボーって名前で売られてる。

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 最後に万年筆を使ったのはたしか中学生の頃、学校で硬筆習字展覧会に出すとかで全員に課題が与えられた時だったと思う。自慢ぢゃないが、特に習ったワケでもないのに元々おれは硬筆の字がけっこう美しく、小学生の頃なんてこの硬筆習字展覧会でいつもそこそこいい賞をもらってた。その時は鉛筆だったのだが、中学生になるとペンだ。
 当時は進学祝いに万年筆、なーんて風習がまだ残ってて、そもそも義務教育で進学祝いもヘチマもなかろう、って今は思うんだけど、それはさておき親戚のオッチャンにもらったモンブランの万年筆をおっかなびっくり使って書き上げた記憶がある。

 何だかめんどくさい道具だなぁ〜、って正直思った。先端は柔らかくて強い筆圧だと壊してしまいそうだし、書き損じると消すの大変、っちゅうか消せないし、インクを瓶から吸い上げるのもややこしい。ピアノブラックの軸に金帯とエラそばってるワリに、道具としてはひどく時代遅れなもののように思えた。

 展覧会の結果は「特選」だか「推薦」だかとにかく学校で一番になって、全校朝礼で校長センセから表彰状を渡された。勉強もスポーツも一等賞からは縁遠かったので、これまでの人生で唯一の体験だと思う。
 そのまま行ってりゃ達筆な人で通ってたかもしれないが、その後の受験勉強で字だけはムチャクチャになった。とにかく量をこなさんといかんので、続け字、殴り書き、勝手な崩し字・・・・・・ありとあらゆる良くないことを続けるうちに、グニャグニャしたとんでもない字しか書けなくなってしまったのである。それでも中指の爪の付け根の横あたりにはペン胼胝ができて、未だにちょっと残ってる。

 もちろん万年筆なんてそれっきり見向きもしなくなった。

 今のおれは別に文具ヲタではないけれど、いくつかの拘りは持ってる。例えばシャーペン。元々鉛筆、それも2H等の硬いので強く書いてたので一般的な0.5mmの芯だとすぐに折れてイライラする。だから0.7mmとか0.9mmといった太いものしか使わないし、赤のボールペンは絶対にゲルインクのものにしてる。シャーペンは替え芯の入手がけっこう大変だけど、そんないつも補充せんとアカンほどのモノでもなし、年に一回かそこら買うだけなのでさほど不自由でもない。それもこれもラクにサッサと書きたいからなだけで、どこそこのブランドがいいとか、何種類も所有する等のバカげた拘泥は一切ない。
 まぁ、今は仕事の大半はキーボードぺちぺちで片付くようになったとはいえ、それでも何かと手書きは多いし、特に絵や図で示すには手っ取り早い。ユックリ丁寧に書いてるヒマなんてないから、だんだんとそんなスタイルになってっただけのコトだ。

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 先日の休み、ちょっと用事があって札幌駅前に出てったとき、たまたま蛍光ペンが切れてるのを想い出して文具屋に立ち寄って買おうとしたら、レジのところに件の「コクーン」が置いてある。色は4色くらい展開されてたと思う。値段を見ると3,000円と万年筆にしては随分安い。クリップ以外は全く凹凸がなく全体に緩やかな曲線で構成されており、ピンクとか何となく女性向けのちょっとオシャレで目立たないヴァイブレータみたいだなと思った(笑)。インクはカートリッジをプチュッと挿すタイプなのであまりめんどくさくはなさそうだ。
 ちょっと懐が暖かかったのもあって買ってみることにした。ペン先の太さは何となく最近は太いシャーペン使ってるんだし、ってコトで太目を選択。スペアインクの色は何が良いのか分からなかったので素直に店員さんに訊いたら、ブルーブラックを奨められる。そぉいやブルーブラックって、たしか花村萬月の「鬱」って作品で、主人公のどぉしようもねぇ人格破綻者で売れない小説家がクライマックス近く、誉めそやしてたんぢゃなかったっけ?あれって俗な権威主義の象徴みたいに書かれてなかったっけ?・・・・・・な〜んて想い出しはしたものの、取り敢えずオネーチャンの意見に従ってブルーブラック。12本で400円くらいと思ったより安かった。

 持って帰って早速、カートリッジを入れてメモ帳に落書きしてみる。見た目の軽そうな感じとは裏腹に、持つとかなりズッシリと重い。

 ・・・・・・いいやんか!!

 それはちょっとした驚きだった。昔はツブすんぢゃないかと不安になったペン先の柔らかさも、今となっては力を入れずに紙の上をサラサラと滑らすことが出来てとても具合がいい。力を掛けなくてもかすれることなく線がスーッといくらでも伸びてくのは、悩みの種の肩凝りにだって良さそうだ。値段が値段だから金なんて入ってないんだろうけど、ペン先はゴリゴリすることも引っ掛かることもない。
 嬉しくなって、サイトの駄文の下書きなんかを万年筆で書いてみる。力が要らないからたくさん書き付けても苦にならない。しかし、このままでは清書でイチからキーボード打たなきゃならん、ってことにすぐ気付いた(笑)。いくらでも書き直し、挿入・削除・入れ替え可能なPCはやっぱラクだわ。

 思えば、今は長文を手書きで書く用って、そんな滅多にないのである。仕方なく今は雑記帳にいろいろ書くのにシャーペンの代わりに使ってるが、これは万年筆そのものの罪ではない。それだけ日常生活から手書きが失われてしまっただけのことだ。

 雑誌では「男の道具」みたいな特集でよく万年筆が取り上げられてる。それこそモンブラン、パーカー、ペリカン、ウォーターマン、アウロラ、カランダッシュ(←今、付け焼き刃でネットであれこれ調べてみたのだ、笑)・・・・・・と、よくもまぁ21世紀の世の中にこれだけ生き残ってるもんだと感心させられるほどたくさんのメーカーがある。軸にしたって単なる金属板を丸めたり打ち抜いたりした筒ではダメで、ましてやプラスチックなんてもっての外で、やれエボナイトだセルロイドだ蒔絵だ、七宝焼きだ無垢の削り出しだ、と実にうるさい。ヲタそのものの、スノッブなだけでどぉだっていい世界がネチネチと展開されている。使ってナンボではなく、所有してナンボなだけの実に空疎な男の道具とやらだ。まぁ、機械式時計なんかと同列のモノなのだと思うのであまりエラそうには言えないけど(笑)。

 ハマる気は毛頭ない。金輪際もないだろう。しかし、何となくちょっとした出来心で買ったおかげで、一部の好事家とヲタだけの存在に成り果てたとばかり思ってた万年筆の、意外なまでの道具としての優れた実用性がようやっと少しばかり分かったのである。それは素直にちょっと楽しい経験だったし、決して悪いことでもないだろう。

 ・・・・・・これからテキストについては、手書きをスキャナで取り込んで画像ファイルにしてアップロードしてやろうかしらん(笑)。


上を見たらキリがないのはどの世界も同じ。ヴィスコンティ”アルケミー”は600万円也!実にバカバカしい。

2013.01.23

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