「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
おれたちには火が必要なのさ・・・・・・オール電化批判


IHコンロの例

 ありがたいことにいろいろ配慮されたようで、火事なんぞだしちゃえれぇこった、ってな理由から部屋の調理器具には電磁式調理器ってのがあてがわれた。所謂、「IH」っちゅうヤツである。本当はおれはガスコンロが欲しかったのだけど、まぁ、あまり偉そうにあれこれ注文付けるのは、地位を嵩に着てブーたれてるみたいで顰蹙を買いそうなので黙って従うことにした。鉄でできた鍋を置くとなぜか熱くなる摩訶不思議な代物だ。電子レンジもまぁ電磁式調理器具らしいのだが、それは特に使うこともなさそうなので断った。

 あとは最近流行のアッちゅう間に湯の湧く電気ポット、おれの部屋の熱源となる調理器具は今のところそれだけである。「だけ」なんて書いたけど、増やす気はない。大体やることと言えばちょっと湯を沸かして麺や野菜類を茹でるか、フライパンで死ぬほど簡単な炒め物をこしらえるくらいしかしないのだから、増やしたって仕方ない。

 そしてしばらく使ってみて、すっかりおれはIHが嫌いになった。まぁ元々好感を抱いてもなかったのだけど、とにかく見るのも疎ましく、イヤになった。もぉハラが立つくらい不便なのである。先ず何よりフライパンを振って「煽る」って動作が全くできない。フライパンを掴んで器具表面から離した瞬間、ピッ!とか音が鳴って加熱が止まる。それに振ったところで下から炎が上がってるわけではないので、それで野菜類にシャキッと火が通るワケでもない。意味がないのである。だからフライパンをレンジの上に載せたままイジイジグジグジかき回すかない。炒め物の作り方としては最低と言える。

 ともあれ現代のテクノロジーが生んだ最悪の調理器具と言えるだろう、IHは。

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 東日本大震災で大いに株を下げた東京電力が地震発生前に殊の外力を入れてたものに、「オール電化住宅」っちゅうのがある。台所や風呂、暖房等を全部電化にしちゃうとクリーンで安全でエコで経済的でっせ!どないでっか!?ガスなんて中毒起こすし爆発するし危ないでしょ!?こっちだと掃除も楽々よ!・・・・・・な〜んて宣伝を盛んにしてた。そんなんで、彼らのホームページにはオール家電のプロパガンダのための特設ページもあったりしたのだけど、震災後ほどなくして、何のコメントもなしに閉鎖されてしまった。勿論、都合が悪かったからだ。不都合な真実、っちゅうやっちゃね。

 そこに全てがある。畢竟、オール電化なんて少しもエコではないのだ。クリーンにしたって、この場合は二酸化炭素排出量を言ってるんだろうが、トータルで考えると全くのウソである。

 ちょっと考えりゃガキでも分かる話で、オール電化は原発ありきでなければとても成り立たないのである。それも、だ。原発にかかる特殊でいろんなリスク保障や保証、バカ高い人件費・維持費を全部度外視して、純粋に原料のウランと発電量のみを秤にかけて、ようやっとだ。トータルでやはり原発がいっちゃん高くつくのは間違いない。
 ちなみにオーソドックスな火力発電の仕組みは重油で湯を沸かしてそれで蒸気タービン回して、それにくっ付いた巨大なダイナモが回ることで電気が起こる。昔の自転車に付いてたダイナモと原理的には全く一緒である。ウランの崩壊熱でやるか、水の流下で水車でやるか、火山の地熱でやるか、風車でやるか、って違いがあるだけで、ダイナモを回すことでは発電所の仕組みは同じだ。
 永久機関が決して造れないことから分かるように、あらゆるエネルギー変換には絶えず損失が付きまとう。熱変換したエネルギーを水の分子運動エネルギーに変え、今度は回転エネルギー、さらに電気エネルギーに変えたものを家で再び熱エネルギーに変換・・・・・・なんてしててはそもそもムチャクチャに変換効率が悪いのである。火力の場合、最初の発電の段階だけで大体6割以上が失われるらしい。IHそのものは変換効率の点では高いらしいがそれでも8〜9割、ちょっと鍋の底がデコボコしてるとそれだけでガクッと落ちる。

 震災が起きなければ、いまだに電力各社はのうのうと原発建設を推進しつつ、オール電化を礼賛しまくって売っていただろう。なんでこんな無駄なことが罷り通るのか?っちゅうと、発電コストが高ければ高い方が彼等は儲かるからに過ぎない。それで電気使ってくれたら万々歳なのである。まことに奇妙なビジネスもあったもんで、料金は原価コストに上積みするカッコで決まるから、原価が掛かるほど商売には都合がいいのだ。
 日本の電力王とも電力の鬼とも呼ばれた「耳庵」こと松永安左エ門は、戦後、電気代を三倍に引き上げたことで悪名を轟かせたが、彼にはキチンとした明快で高邁な理想があった。国が復興するためには産業振興しかない。それには大量の電気がどしたって要る。そのためには発電所をバンバン作り、電線を引き、インフラを確立しなくちゃならない。となると原資が必要だ。しかし、それを借入金でチマチマ賄ってては到底早晩の復興は覚束ない・・・・・・と。たしかに彼は値段三倍にしたが、その元手を徹底的に設備投資に回した。その甲斐あってか、たしかに日本は奇跡の経済復興を遂げた。

 その形だけを墨守した挙句がこのザマである。草葉の蔭で彼も泣いてることだろう

 勘違いしないでいただきたい。おれは決して原発反対派ではない。積極的推進派ではないが、現時点である程度は仕方ないのではないか?と思ってる。日本国民全員が昔の生活水準に戻るってコミットするなら話は別だが、一向にそのような気配がない以上、どうしたら他の代替手段がすぐに確保できるんだ?ってことである。ないっしょ?風力?コージェネ?地熱?太陽光?どれもそれぞれに別の問題を孕んでるし、それらがインフラに乗るのに何年かかると思ってんだ?ってコトである。原発止めたきゃ電気使うな、もっと減らせ、ってコトだ。

 夜は物騒だからとバカみたいに街灯林立させず、アホみたいに煌々と明るい24時間営業のコンビニは無くし、ネオンサイン全部消して、暗くなったら今よりもっと小さい家に帰り、一つの電気の笠の下に沢山の家族が集い、一つの炬燵の中に沢山の家族の足が突っ込まれる生活に戻るならば、原発止めることが可能かもしれない。夜景が平壌の夜くらいの水準になれば、あるいは火力だって無くせるかもしれない。でも、ムリなんでしょ?

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 阿呆で幼稚な演説ぶっても仕方ないか。

 そんなことよりも、もっと原初の部分でオール電化、殊にIHに対しておれはたまらない不快感がある。何だかとてもいかがわしいのである。そらまぁ、鋼線の震える蚊の鳴くような音が会場を揺るがす爆音に増幅されるエレキギターだって十分不気味っちゃ不気味だけど、火も無いのにモノが熱せられるってぇのがどぉにもこぉにも薄気味悪くてならないのだ。電子レンジにもそれは感じるものの、何となく慣れてしまった。昔ながらの電熱器にはあまり感じない。電気で電線が熱くなる感じにはまだリアリティがあるからだ。だからティファールの電気ポットはまだ許せる。

 人間が火を使うことを日常から奪われてどぉすんねんな!とも思う。

 火を使いこなすことで人が進化してきたっちゅう側面があることは否めない事実であろう。そしてその極点で人は原子の火を掌中に収めようとした。しかしその一方で、ほとんどの人の日常からは火が失われてしまった・・・・・・いや、電気会社の甘言を以て奪われてしまった。今に火が熱いってことさえ分からない子供が現れるんぢゃなかろうか?とおれは睨んでる。言う迄もなくそれは人としての退化に他ならない。愚かになるのである。

 バカなヤツはこぉも言うだろう、花火だキャンプファイヤーだランタンだ焚火だBBQだと人が火に直接触れ合う機会はいくらでもあるよ、と。何も危ないことを日常生活の中で子供に知らしめる必要ないぢゃないか、と・・・・・・アホか。
 日々の暮らしの中に火があることが重要なのである。思えば、火は日常生活からどんどん追いやられていった。行燈は手燭のランプに、そして電灯に替わり、それも白熱灯から蛍光灯、そして今はLEDだ。囲炉裏や火鉢の炭火は石油ストーヴからファンヒーター、さらにはエアコンとなり、それらの着火のための燐寸は自動点火、お父さんのライターは健在だけど喫煙人口は減る一方でベランダの隅っことか台所の換気扇の下に追いやられちゃってもぉ影の薄いこと限りない。バーサンが朝な夕なにムニョムニョ拝んでた仏壇のお灯明だって、死んでしまえばそれまでだろう。ああ、風呂の薪なんていつの話だ。
 そう、最後に残った日常生活の火がコンロだったのだ。コンロはちなみに漢字では「焜炉」だ。どっちの字も火扁だ。扁が生まれるくらいに火は重要なのだ。陰陽五行の中にだって火は存在するし、七曜の中にも火は存在する。

 電力会社よ、おれ達からもうこれ以上火を奪わないでくれ。

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 厭々使ってると道具も持ち主の気持ちが分かるのか、IHは買って1ヶ月もしないある日、ウンともスンとも動作しなくなった。つまりは壊れたのである。所詮はバッタモンホームセンター御用達ブランドであるアイリスオーヤマの安物だったのが良くなかったのかも知れない。いずれにせよ愚直に修理なんてしてたら何日かかるか分かったものではない。おれはすぐにこの見かけ倒しなだけのクソ忌々しいIHに見切りをつけ、小さな一口のガスコンロを買いに行った。無論自腹である。よほどその方が気分がいい。ゴムホースをグイグイ押しこんで設置完了。
 早速、アスパラ茹でてオムレツ作って麺茹でて・・・・・・これらの動作が全くロスタイム無しにチャカチャカ行える。カチンと捻ればボーッと火が出て、湯が沸き、フライパンは熱くなる。実に単純明快で快適だ。

 ・・・・・・青い炎を見ながら安心しつつ納得している自分がそこにいた。

 数日後、おれはこの地に無闇に多いドラッグストアに出掛けて行って燃料用アルコールも購った。もちろん、トランギアのアルコールストーヴを引っ張り出して、それで煮炊き物をするために、である。近日中に昔ながらのベンジンで熱くなる懐炉も購入予定である・・・・・・まぁ、これはあくまで触媒反応で赤々と火が燃えるわけではないけれど。

 おれたちには火が必要なのさ。どしたって絶対の絶対に必要なのさ。

2011.09.27

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