「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
海辺ニテ怪ノ起キタルコト

今回は写真なし、ってコトで・・・・・・

 いやいや、梅雨明け宣言も出て急に猛暑がやって来た。ホント、節電がここまで叫ばれてんだからちったぁ冷夏になってくれても良さそうなモンだが、神に仁なしと言われる通りで例年になく早くから気温は上がりっぱなしである。そぉいや昔はこういう気候になると「水銀柱ウナギ昇り!」なんて言われてたなぁ。
 そんなんだからどうにかして涼まなくてならない。とは申せ、エアコンはご法度な風潮であるからして気持的に涼む必要がある・・・・・・といやぁやっぱスイカに花火に怪談話だろう、と牽強付会なことを言ってみたりして、今日の話のイントロダクションとしたい。

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 ・・・・・・さて、どこから話そう?

 そうだ、標準キットレンズの18−55mmに加えて10−24mmの超広角レンズ買った、ってトコからだな。

 買ったのは別に上等のものではない。タムロンっちゅうて大昔からある所謂「サードパーティー」・・・・・・古風にゆうと「純正外品」っちゅうやっちゃね。「いや〜、うちなぁ〜、お金のうてメーカー品とちゃいまんねん」みたいな。ハハ、おれぁ大阪のオバハンか!?(笑)。ベラボウに高倍率のズームレンズのラインナップが強力で、安くてそこそこ良いと評判のメーカーだ。実際各社にOEM供給なんかもしてるみたいで技術力はあるようだ。つまり、そこまでパチモンではない。

 実勢価格4万円弱とカメラレンズとしては破格に安いそれは、魚眼レンズ一歩手前のバカみたいに広い画角で、今のおれには十分以上に愉しめるものだった。なーんてエラそうに言ったらアカンね、多分これからもずっと長く愉しめるだろう。本来的に大雑把なおれはあまり細かいことが気にならないし、微妙な差異を埋めるのに掛かるコストが実は一番高くつくことも、不惑も後半戦に差し掛かって知っちゃってるからだ。アホなりに年季を重ねると少しは学習するんですよ。
 個体としてはまずまずアタリだったのかも知れない。被写体が近かったり暗かったりするとAFがウィ〜ウィ〜ゆうて迷うのはご愛嬌として、ピンが甘いだの動きが遅いだの周辺が流れるだのと盛んに喧伝される問題は大きくは感じられず、おれは家でしばらくあれこれ弄り回して充分操作に馴れてから、先日、ようやっと外に持ち出したんですわ

 そうして出かけてったのが御宿の「堂の上薬師堂」である。ま、超どマイナーで分かる人はそんなに多くはないだろう。何を好きこのんでそんなトコ!?と訊かれたって困る。ただもう行きたかったから、としか答えようがない。
 実はここ、かなり以前から注目してた場所なのである。海に切れ落ちる高い断崖絶壁の途中の僅かな平地に、引っ掛かるようにして悄然と建つお堂。そこに垂直に設けられたコンクリート階段のレトロモダンな造形、あるいは海風に曝された古び具合、そしてそこからの眺望等々、ここならどうしようもなく初心者なおれにも必ずや面白い写真が撮れるだろう、という予感があった。

 無論、問題点も知っていた。いやまぁ、ココ、平たくゆうて心霊スポット、って言われてるんですわ(笑)。ホンマ、昼の日中とはいえ、おれもなんちゅうトコ出掛けるねん(笑)。

 詳しく説明すると、国道沿いに一軒の廃屋と化したドライブインがかつて存在した。その名を「SUN」という。かつて、っちゅうても実はそんなに古い話ではなく、去年の年明けくらいまではヤンキーのスプレー落書きだらけの無残な姿を晒していた。ヤンキーちゅう劣等動物はとにかく心霊スポットが大好きである。そしてたとえその物件に曰くがなくたって、廃墟とあらば勝手にエピソードを捏造して心霊スポットに仕立て上げ、肝試しと称して夜中に出かけ乱暴狼藉の限りを尽くしたりする。
 この「SUN」については、下の海岸は潮流の関係で水死体が打ち上げられやすく、それを一時保管する場所として使われたために心霊スポットとなった、などと言われてた。溺れ死んだサーファーが階段の下から追っかけてくる、なんて話もある。

 実際のところはどうか?っちゅうと、単に経営不振で店を閉めただけらしいし、そして物件転売しようにも建物がとにかく古くて今の耐震基準を満たしておらず、大地震が来ると崖下に崩落する恐れがあってままならず、それで長年放置されてたんだそうな。お堂にしたって、近所のお寺の管轄下にあって、今でもたまにお祭りを盛大にやってるらしい。地元民からしたら心霊スポット呼ばわりされるなんて甚だ迷惑な話だと思う。

 惜しくも昨年ドライブインの方の建物は解体されてしまったが、取り敢えずその横の階段や薬師堂はそのまま残された。

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 思えばひどく陰気な日だった。夏は海水浴場として賑わう御宿の町も重苦しい曇り空の下、何ともモノクロームで色褪せた印象だ。そこから南に約1キロ少々、トンネルをいくつか抜けると、すぐに目指してたその場所は見つかった。ドライブインのあった場所は更地となってまるで大きな路側帯のようになっており、海側に空き地の少ないこの辺りでは結構目立つ。
 さっそくクルマを停めて向かおうとすると、階段入口には申し訳程度にフェンスが張られ、立て看板が出ている。読むと、要はコンクリートや鉄筋が潮風でボロボロに劣化してて危ないから、行きたいんなら一言、道路の反対側にある駐車場の管理人に断ってから行ってや、みたいな内容だった。

 何やねんそれ!?ゆうたら崩れるモンも崩れんようになるんか!?・・・・・・などといささか鼻白んで、おれ達は構わず脇の空いた所から下り始める。古い公団の団地のような10段置きくらいに踊り場のある階段が海岸まで下って行ってる。かなり高い。
 なるほど心霊スポットの噂が出るのも頷ける。電灯も何もない階段は天気のせいもあって薄暗く、崖から滲み出した水でコンクリートの吹き付けられた崖には黴やら苔やらが密生し、グロテスクな模様を描いている。たしかに随所がボロボロで、クラックだけでなくところどころでコンクリートが剥がれ落ち、赤錆びた鉄筋が剥き出しになっていたりもする。迂闊に手摺にもたれたら危険かもしれない。
 グルグルと2回転ほど降りると階段同様のコンクリートで固められたトーチカのような薬師堂があった。海風に耐えるため頑丈に拵えたのだろうと思う。取り敢えず後から拝観させてもらうことにして、さらに階段をグルグル降りて行くとポロっと海岸に出た。

 狭い砂浜の向こう、曇天の空の下に広がる鈍色の太平洋の後景は、真夏が近いとは思えないくらいに寒々としている。沖合遠く漁船が一艘見える以外、人の気配が全くない。波の音だけが聞こえる。
 振り返って見上げると遙か上方に走って来た国道のガードレールが見える。高さおよそ30mくらいといったところか。崖はほぼ一面がこれまた鈍色のコンクリで塗り固められており、それを突き破って密生する雑草の緑以外は、巨大な暗い壁が聳えるようだ。そこに下って来た階段が異様な姿を見せている。出来た当時はおそらくとてもモダンなデザインだったはずの、踊り場部分の細長い二等辺三角形をいくつも上下に組み合わせた切り欠きにしても、今となっては廃墟感をいや増すだけである。何となくそれは廃鉱の竪坑櫓といった近代の産業遺物を想起させた。

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 想像してた通りのロケーションである。天気が悪くいささか暗過ぎて光量不足なのが残念とはいえ、見上げる崖や階段は超広角を試すには絶好だ。どうにも長考は性に合わないので、気分のおもむくままにバシバシ撮りながらだんだん階段を上がって行き、薬師堂まで来た。それまでに3〜40枚は撮っただろうか。
 お堂の入り口は大きな格子戸になっており、入ると祭壇の奥に摩耗しまくって良く分からないけれど数体の磨崖仏、さらにはその手前に後年追加されたと思しき薬師如来の石仏が置かれてある。潮風の影響は強烈なのかその薬師如来も風化によって首がもげたようで、色の違う石で頭部が作り直してあった。坊主頭だとしかし、地蔵やんか。
 正面には立派な椅子が置かれ、片隅には茣蓙が立てかけてある。綺麗に掃き清められており、ローソクはまだ真新しく、お供え物や鈴なんかもちゃんとあって、広く近隣の信仰を未だ集めていることが伺われる。

 そしてそれは唐突に起きた。

 ここまで快調そのものだったカメラが、突然まったく動かなくなったのである。

 AFは動かず、ダイヤルを回しても絞りは変わらず(絞り優先モードにしてたのだ)、シャッターも落ちない。ISOも変わらず、設定ボタンでメニューを呼び出そうにも動かない。オンオフスイッチを切ってみたらそれだけは利いて電源が落とせた。再び入れる。しかしやはり他のコントロール類は一切動かない。バッテリーは前日に充電して満タンにしてたから、電池切れは考えられなかった。大体このカメラ、とても燃費が良くて1日500枚は余裕で行けるのだ。
 サードパーティーにありがちなカメラ本体との不適合かとも思って、AFボタンを切り替えたり、レンズを外して付けて、なんて〜のも試みたのだけどどれも全部ダメ。二進も三進も行かない。それはあたかもカメラが動作することを頑なに拒否してるかのようだ。ヤバい!と思った。

 顔が引き攣ってたのだろう、ヨメが怪訝な顔で「どないしたん?」と訊いてくる。まさか今ここで怪現象が起きてることをまともに言うワケには行かない。言えばビビリ入って、これからの終日がイヤイヤモードに入ってしまうことは必至だからだ。努めて平静を装いながら、「ん〜、電池無くなったかな〜?もうだいぶ撮ったし行こか〜」などと誤魔化しつつ、そそくさとクルマに戻ったのだった。

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 次の目的地に到着し、再びカメラのスイッチを入れてみる。予想通りと言うべきか、何事もなかったかのようにすべてがフツーに動く。それでもやはり怖く、また、そのままでいることがどうにもゲンが悪いような気がして、元からの標準ズームに付け替え、その日はもうそれ1本で行くことにしたのだった。

 数日後、また休みが取れたので、ランチがてらカメラ持って家の近所に出掛けることにした。レンズを超広角に戻していろいろ撮ってみる。特段何の問題もなく写る。むしろ快調そのもの、っちゅうた方がいいくらいだ。この特異な写り方はクセが強過ぎて飽きが来そうにも思うものの、とにかく楽しい。望遠よりこっち選んで正解だった。

 オチをスベらせるようで申しわけないけど、ちなみに堂の上薬師堂でそこまでに撮った写真にあやかしのものは一切写ってはいなかったことを申し添えておく。そらまぁこれでなんぞ写ってたりした日にゃぁ、マジでシャレならんわな。起きたことはただもうまったくカメラが動作しなくなった、それだけだ。

 ・・・・・・それだけなんだけど、しかし、おれは2度とあそこには行かないだろう。きっと。

2011.07.13

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