「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
日々、老いの忍び寄る・・・・・・


映画にもなった"Buena Vista Social Club"・・・・・・おらぁこんなジジィになりてぇ。

 気付いたら身体のあちこちが調子悪くなっていた。

 まずは長年の宿痾とも言える肩凝り、およびそれに起因すると思われる手足の痺れや偏頭痛が通奏低音のようにズーッとあるところに、近頃いろんなモノが乗っかって来たような感じだ。つまりかなり賑やかいのである。
 そもそものこの強烈な肩凝りは、大元はスノボでの派手な大転倒が古傷となって起きてるらしいコトは以前にも述べたんだけど、それでも湿布薬をあれこれ取っ替え引っ替えしながら、まぁ一進一退で何とか凌いでいる。

 そこに突然は急にいきなりだしぬけに華々しく登場したのが高血圧だ。ホントに急で、だんだん悪くなってった、って記憶はない。毎年の健康診断や人間ドックでもそんな悪い数字が出たことはなかったのだから間違いないと思う。それが、だ。
 ある日、会社に行くと何だか頭がフラフラして、周囲が回ってるような気がしたのである。特に風邪ひいたワケでもなく、二日酔いでもなく、ましてやいけないクスリをキメてるワケでもない(笑)。つまり、思い当たる原因がない。いささか不安な気分になって、取り敢えず休憩室の片隅に転がってる血圧計に腕を突っ込んでみた。オムロンだかとっかのワッカに腕通すと風船に空気が入って絞め付けられて、しばらくするとシューッと空気抜けながらピッピッピって鳴るアレ。病院でヒマを持て余す年寄りがすることなくて腕突っ込んでるアレ、だ。

 ウンニュゥ〜と間抜けな音と共に吐き出されたレシート状の紙片を見て、おらぁ愕然としたね。上が170近く、下が100近くあったのである。別段血圧に詳しいワケではないけど、どう考えても今までより一気に跳ね上がってる。機械に貼ってある色分けされた早見グラフでもその数字は完全にレッドゾーンだ。
 幸い週末だったので、翌日、近所の病院で再び測定。普段より沢山寝たおかげか、あるいは診察待ちでボーッとしてた時間が長かったおかげか、昨日よりはちょっと下がってた。そしてMr.オクレそっくりの医者は無表情に宣告しやがった。

 ----あ〜、もうこりゃ完全に高血圧ですねぇ。親御さんとか高い人いる?
 ----母親が高いですけど・・・・・・ああ、そのまた母親も高かったって聞いてます。
 ----ぢゃ、遺伝性ってコトも充分考えられますねぇ。いずれにせよ下げる薬出します。
 ----よろしくお願いします・・・・・・って、薬以外に下げる方法ってないんですか?
 ----(上から下まで一瞥して)う〜ん・・・・・・食生活で塩分減らすことと、運動くらいかなぁ。
 ----そうですか・・・・・・。
 ----でもまぁ、ある程度の年齢になると仕方ない部分もありますねぇ。ましてあなたの場合、スジのようですから。

 爾来、「カルシウム拮抗剤」っちゅう錠剤を毎朝1錠飲まなくてはいけない羽目に陥ってしまった。そうして同時にグレープフルーツを食ってはいけない身体にもなってしまった。何でも食うと薬理効果が強く出すぎて極端な血圧降下を起こすらしい。好物だったのでどうにも悲しい。しかし、その甲斐あって数字自体はかなり今は下がってる。
 ところがどうしたことか、しばらく前から今度は断続的に耳鳴りが始まった。眩暈や立ち眩みも血圧に関係なくたまにある。もちろん、仕事が遅い日が続いて疲れが溜まると出やすい。でも、シッカリ寝て疲れが取れてるはずの日でも出ることがあってまことに不気味である。医者に訊いてみたけど良く分からない。
 高血圧は「サイレントキラー」と呼ばれる。それ自体が何かすることはあまりないのだけど、高血圧が続くと二次的にいろんな、それもけっこう重篤な病気を発症しやすくなるらしい。難儀な話だ。

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 おれは基本的にうつ伏せ寝だ。肩の痛さもあって、寝入り端は枕を身体の下にかますようにして横たわる。そしてある晩、気付いたのだった。

 ----ん!?なんか肋骨が妙に布団に当たっとるな〜。

 触ってみると右のアバラの1本が他より飛び出してる気がした。左側と触り比べてみる。明らかに、ポコッと胸骨の近くで太くなって飛び出している。どぉしたこっちゃい!?
 最初に疑ったのは骨折とかヒビだ。骨折ってチャンと治療しないと、折れたあたりの骨が膨れて固まってしまうっちゅう話を聞いたことがある。しかし、最近どこかに当てたりした記憶はない。骨が極端に華奢な人だと、思いっきり身体を回したり強く咳き込んだりした拍子に折れることもあるそうだけど、おれは元来骨だけは無闇に強く、フツーだったら骨折してもおかしくないくらいのぶつけ方や捻り方しても何ともなかったクチなのだ。ほたら何や!?癌か!?骨肉腫か!?気になると何となく痛いような気さえして来た。

 急に仕事休むワケにもいかず、翌日会社に行って、上司に病院に行きたい旨を伝えた。中間管理職なんて優雅な身分ではないのだ。

 ----実は肋骨が出てきてるんです。
 ----肋骨は出てるモンだろ?引っ込んだ方が大変だ。
 ----いや〜、だから一本だけ極端に出てるんです。触ってみます?
 ----おっさんが何でおっさんの胸触らんといかんのだ?まぁ、休んでいいから、早く診てもらえ。

 まるで漫才の掛け合いのようなやり取りを経て病院に行く。いやもう整形外科って平日でも物凄い混雑なのね。90%はジジババである。歳取れば節々が痛むのはむしろ当然なんだから、そんなワラワラ押し寄せんでもエエやろ!?どうせ貰うの薬局でフツーに買えるような湿布薬やろ!?とイヤミの一つも言いたくなるほどに広い待合室は一面のジジババ。驚いた。
 長い長い待ち時間の後、簡単な問診。その後、再び長い長い待ち時間。ようやく順番が回ってきてCTスキャンだったっけ?ショッカーに改造人間にされる本郷猛みたくベッドに縛り付けられ、輪っかをくぐらされる。そしてさらに長い長い待ち時間。ようやく診察室に呼ばれる。若い医者はジーッと大きな写真を見ながら切り出した。

 ----たしかに、仰られる通り、骨が飛び出してます。
 ----(だからここに来てるんだろうが!?)はぁ・・・・・・。
 ----これは見たら分かるように、曲がってるのではなく軟骨が削れて、骨が大きくなってるんですね。痛みは?
 ----うつぶせで寝るとちょっと痛い気がします。
 ----そこだけ体重が掛かれば刺激されますからね。普通これ、肩の骨とかに出やすいんです。肋骨はそんな症例多くありません。
 ----何なんですか?病気ですか?
 ----(間髪いれずに)加齢によるものです。
 ----へ!?
 ----つまり、年齢による骨の変形です。誰でも実は多少はあります。特に痛むことがないのならこのままでまず大丈夫です。
 ----・・・・・・

 しおたれておれは家に戻った。昼間の自宅には誰もいない。カーテン閉めて薄暗い部屋で一人、何だかおれは無性に苛立ちを感じた。

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 肩凝りがひどいと歯が浮いたようになる、とは多くの人の語る所である。おれもときどきそぉゆう状況になることはあったものの、歯そのものはひどく丈夫で、小学校の初めにちょっと虫歯になりかけて2〜3度歯医者に通って以降は絶えてお世話になったことがなかった。会社でたまに行われる歯科検診でも、他の連中が食後は必ず磨くように、などとアドバイスされてるのに、おれは歯の質自体が頑丈らしく、むしろ磨き過ぎで歯が削れるかもしれないから、1日1回でジューブンでしょ、なんて言われて来たのである。

 なのになのに、ああそれなのに、最近になって左の上の奥歯がシクシク痛む。どうも一番奥に生えてる親知らずと隣との隙間が痛んでるような気がするので、糸楊枝っちゅうヤツでシキシキと擦ってみた。それでもやはり痛い。一度やったくらいでは余り状況は変わらないようだ。仕方なく何日か続けて、時には歯磨き粉付けてシキシキやってるうちに痛みが取れて来た。
 おそらく、そんな神経に到達するほどのひどい状況ではないにせよ、表面が齲歯になりかかってたに違いない。何せ場所が一番奥歯のさらに奥である。普段の歯磨きでも歯ブラシが届きにくかったのだろう。

 歯が悪いと食べ物がおいしくない、とはよく言われる話である。食べることが好きなおれにとって歯が悪くなるのはどうにも悲しい話で、これ以上の悪化は何としても避けたい。
 しかし、歯が痛むようになって、改めて検診の時の歯医者の話が想い出された。

 ----あなたの場合、歯が強い分、噛む力も強くて歯茎に負担が掛かってる。だから今後、歯槽膿漏で一気に来るかもしれません・・・・・・。

 ・・・・・・ほたらどないせぇ、っちゅうねん!?あまり噛まずに食える離乳食でも食ってろ、っちゅうんかい?

 今のところ、歯痛は一応収まって小康状態だ。しかし、糸楊枝でシキシキやったくらいで抜本的な治療になったとは到底思えない。いずれは歯医者できっちり診てもらわんとアカン時が到来するのだろう。たしかに憂鬱ではあるが、実のところおれは歯医者に対してちょっと興味がある。あの独特の機械の一杯付いた椅子が、子供の頃、なんともメカメカしくてカッコ良く思えたのだ。コップの重みで水が自動的にチューッと出るとか、子供心にちょっとばかし感動さえしたものだ。

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 衣替えの季節を迎え、今年は震災に伴う原発問題で節電が叫ばれ、例年以上に暑い夏となりそうだ、ってんで、おらぁ仕事用のズボンやら半袖シャツを買い足しに繁華街に出かけたんですよ。
 もう、何でもかんでも商機にするモンだから、紳士服屋はどこも一面のクールビズ状態。生地そのものの色目や織柄だけでなく、襟の裏地にちょっと気の利いた色違いの生地を貼り付けたり、ボタンの色や穴の糸かがりを工夫したり、襟がだらしなく広がらんようにボタンダウンやら二重襟やらハイカラーやら、ずいぶんお洒落なデザインのも増えて選ぶのに苦労する。
 それでもヨメの意見も取り入れながら、ハデ過ぎず地味過ぎす、3枚ほど選んだところで異変は起きた。

 左目だけが急に眩しくなったような、何か黒い影が横切ったような・・・・・・要は何だかワケの分からないことが一瞬あって、しばし眼をおれは瞬かせた。コンタクトがずれたと思ったのだ。しかし、次に左目の焦点が合った時には大きな糸屑、っちゅうか緑藻のようなモノが視界の左側をフヨフヨと漂っていたのである。

 ・・・・・・それが飛蚊症の始まりだった。「つ」の字を逆に書いたようにして視界の左から上にかけてをずっと漂ってる。厄介なことに目を閉じても明るいところだと漂ってるのが分かる。眼球の中は一体全体どうなってるのか、たまに回転したり、どっかに行ってしまって見えなくなる時もある。概ね視線を動かすと動くようである。
 実のところ、芥子粒のような小さい点々のは以前からあった。くしゃみをしたり急に日向に出たて目をしかめたりすると、ツブツブしたのがスーッと動く時があった。飛蚊症の名の通りである。でもまぁ、そんなに気になるほどのものではなかった。

 飛蚊症は通常の治療では決して治らない、我慢して付き合ってくしかない、ってコトは知っていた。ついでにゆうと、強度の近視の者に比較的出やすいことも知っていた。条件は揃い過ぎてる。それでも大きさが大きさなので、いささか心配になったおれは再び上司の了解を取って眼医者に出かけてったのだった。

 整形外科同様の長い長い待ち時間の後、ようやく診察が始まる。若い医者は時計職人のようなルーペを装着し、あっちゃ向けこっちゃ向けと指示しながら、けっこう長時間おれの瞳の奥を見ていた。

 ----あ〜、飛んでる飛んでる。かなり大きいですけど飛蚊症です。
 ----・・・・・・ってコトは治りませんか?
 ----はい。まぁ網膜剥離みたいになったら手術で焼いて固定する、ということもありますが・・・・・・。
 ----そこまでではない、と?
 ----はい。それと、右目にも若干兆候が見られますね。でも、いずれにせよそのうち馴れて気にならなくなります。
 ----はぁ〜っ・・・・・・諦めるしかないですね。
 ----程度の大小はありますが、加齢によって誰でもなります。
 ----歳、っすか・・・・・・。

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 もぉ、歳なのである。
 もぉ、日々、衰えを感じるのである。
 もぉ、あちこちにガタが来てるのである。
 もぉ、すっかりジジィなのである。
 もぉ、アカンのである。

 生老病死は等しく誰にでも訪れる。メメントモリ・メメントモリ、まぁ、震災と同じく、これも淡々と受け入れるしかないのだろうな。

2011.07.07

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