「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
バベルという恩寵


曇り空に吸い込まれるように聳える。

 「全地は一の言語一の音のみなりき。茲に人衆東に移りてシナルの地に平野を得て其處に居住り、彼等互に言けるは去來甎石を作り之を善く爇んと。遂に石の代に甎石を獲、灰沙の代に石漆を獲たり。又曰けるは、去來邑と塔とを建て其塔の頂を天にいたらしめん。斯して我等名を揚て全地の表面に散ることを免れんと。ヱホバ降臨りて彼人衆の建る邑と塔とを觀たまへり。ヱホバ言たまひけるは、視よ、民は一にして皆一の言語を用ふ。今旣に此を爲し始めたり。然ば凡て其爲んと圖維る事は禁止め得られざるべし。去來我等降り彼處にて彼等の言語を淆し互に言語を通ずることを得ざらしめんと。ヱホバ遂に彼等を彼處より全地の表面に散したまひければ、彼等邑を建ることを罷たり。是故に其名はバベル(淆亂)と呼ばる。是はヱホバ彼處に全地の言語を淆したまひしに由てなり。彼處よりヱホバ彼等を全地の表に散したまへり・・・・・・」(※)

 ・・・・・・旧約聖書の創世記11章、広く知られたバベルの塔の行である。

 やっぱ文語体はなんだか無闇に格調高くてカッコよろしおまんなぁ~とは思うが、ルビがないと何ゆうとるんかどころか何と読むんかさえもよぉ分からん(笑)。まぁ大意としては、民衆がだんだんいろんな知恵を付けてきて、ハイテク素材で天にも届く塔を作ったら自分たちの名声も上がって難民になることもあらへんやろ、と。そしたらエホバは、それまで人は単一の言葉で話してたのを話せなくした。それで人は混乱し、工事はストップし、地上のあちこちに離散した・・・・・・みたいなトコだろうか。どぉにも意地悪なヤツだ、耶蘇の神ってーのは。

 それはさておき、何度読み返しても神が塔を壊した、ってなことは少しも書かれていない。要は人々のコミュニケーションを取れなくして建設を中断に追い込んだのである。有名なブリューゲルの絵のイメージの刷り込みが強烈で、おらぁ今の今まで出来上がったものをてっきり神さんがブチ壊したんだと思ってた。ありゃぁ壊れてんぢゃなくて未完成の状態だったのね。
 いずれにせよ全知全能なんだからバーンと一思いにやっちゃえばいいのに、言葉を通じなくして建設中止に追い込む、ってやり口はかなり陰険でいやらしいよね。オマエ、ホンマに神さんかよ!?

 嘉することは滅多にないクセに、辛気臭い罰だけはしょっちゅう与えやがる、神。

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 建設中の東京スカイツリー、ってーのを休日に観に行ってきた。何でも好きな人はそれこそ三日にあげず出掛けてって、日々伸び続ける摩天楼の定点観測やら成長日記なんざ付けてるらしい。おれはモノ好きだけどそこまでではない。オフィスから遠望しても「あ~、いつの間にか背が高こなってるなぁ~」くらいでさほど大して興味も湧かなかったのが、ヨメが是非とも一度近くで見てみたい、連れてってけんろおまいさん、っちゅうので行ってみたのである。

 線路と汚いドブに挟まれた意外なほどに狭い土地から、それは何だか巨大な陽物のようにいきなり屹立していた。エッフェル塔や東京タワーのようなカテナリーカーブを描く裾広がりで安定感のある橋脚ってものがなく、いきなりニョキッとおっ立ってる。平安のチョーナンパ師、在原業平に因む「業平橋」とか「押上」とかの地名が不思議と似合うような気がした。見上げると、足元が三角で上に行くほど円形になる設計のせいか、ソリまで入ってるように見える。ホンマまるでチンコやん、これ(笑)。

 それにしても天衝くこんなにバカ高いものをこの程度の狭い土地で支えきれるんか?とおれは不安になった。これぢゃまるで道路標識だ。アレだってぽっきり折れて人にぶつかったら大怪我では済まないだろうに、600m以上もあるってモンがコケたらどえらいことになるのは必定ではないか。
 オマケにすぐ隣を、マジで橋脚ギリギリの所を北十間川ってドブ川が流れてる。ちょっと離れて隅田川も流れてるし、見るからに地盤が弱そうな気がする。いや、事実弱い。関東大震災のときもこの辺って揺れがひじょうに激しかったんぢゃなかったっけ?安政江戸地震のときこのあたりの川の土手がバキバキにひび割れて青砂が噴き上がり、白気が浅草観音の五重塔の相輪めがけて飛んでった、なんて話、なかったっけ?

 そりゃ~、複雑を極める耐震・免震の計算を何度も繰り返し、ありとあらゆるシミュレーションを駆使して設計してるんだろう、とは思う。建築工学的にも力学的にも一点の曇りもない造りに違いない、とは思う。しかし、どうにも本能の部分で認められんのである。昔、何かの本で「アタマでは許せてもなぁ~、チンチンが許せんのぢゃ~っ!」ってな名言を読んだことがあるが、まさにそんな気持ちだ・・・・・・ま、おれは同じ理由でタンカーやフェリー等の巨大船舶が浮くのもジャンボジェットが空を飛ぶのもイマイチ納得できないアナクロ人間なんだけど(笑)。

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 噂に聞いてた通り、周辺の道路にはウジャウジャ見物客が溢れている。そのほとんどがケータイでお手軽にスカイツリーの威容を写メに収めてる。次に多いのが本格的なでっかいレンズを積んで黒いボディの本格的な一眼レフ、巨大な三脚に据え付けてエラい気合の入ったイクイップメントだけではプロかアマか分からない住装備な人が多い。逆にお手軽なコンパクトデジカメは案外少なく、おれ以外は数人しか見かけなかった。嫁も盛んにケータイでカシャカシャやってる。

 都内ってコトでアクセスが良いからなのか、車椅子に乗って家族に押される老人の姿がひじょうに目立つ。みんなかなりの高齢で連れ出すだけでも身体に負担かけるんちゃうかと心配になるほどの年寄りばかりだ。ひょっとしたら冥土の土産に見物に連れて来てるのかも知れない・・・・・・あ!?ブラック過ぎました!?(笑)あと、こぉゆうトコに必ず現れるヤンキーは、都内最大の生産地である足立区が近いこともあってか、他より多い気がした
 動きはそれぞれ気の向くままにバラバラだが、誰かが誰かを打擲してたり、強奪してたり、犯してたりなんてことはなく(当然だわな)、全体的に見てそれこそ「淆亂(混乱)」なんてちっともない。みんな一様に平和で楽しそうだ。バベルはまもなく完成しようか、っちゅうのに。

 ・・・・・・などと狷介な調子で書いてるけど、結構おれだってその巨大さに圧倒されて興奮と驚嘆の声を上げてるんだから似たようなもんだ。偉そうに書いてゴメン。高いもの見たから高いトコ目線になったんです。許して・・・・・・って誰にゆうてんだか。

 しばらくするとだんだん頸が痛くなってきた。裾広がりでないだけにてっぺんの仰角がとても大きいもんで、ほぼ真上を見上げる格好になってしまうのである。周囲でもあちこちで同じような会話が交わされている。また、どの方向から見上げても、紅白だんだらのクレーンの見え方が変わる程度で余り代わり映えがしない。あれを操縦する人ってどのようにしてあそこまで出勤するのかな?それとも空中の高いところに宿舎でも用意されてるのかな?とちょっと思っただけで、すぐに見飽きてしまった。
 頸を戻して見回すと、ウルトラモダーンなスカイツリー以外は昔ながらの、ぶっちゃけ少々野暮ったい下町である。それほど高い建物もなく、しもた家が多い。こんなに観光客が沢山いるのに暖簾を出してない飲食店は休日が定休・・・・・・ではなくおそらくとっくに廃業しちゃって毎日が定休日なのだろう。逆にしぶとく頑張って来た店は振って湧いた特需で大繁盛だ。

 そんな感じでブラブラしてると出発地点近くに戻って来た。あっという間の散策だった。

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 日本は地震国なんでスカイツリーの高さくらいが技術的な限界らしいのだけど、世界中で今、こいつを凌ぐ高い塔がニョキニョキと次々に建設されている。サウジアラビアに建設中のなんて1,600mもあるらしい。これって霧ケ峰の標高くらいある。とんでもない高さだ。しかし、神の怒りに触れるには実はこの程度ぢゃまだまだ甘くて大したことなくて、10万mとかないとダメなのかもしれないし、一方でどだい「はやぶさ」が60億キロの途方もない旅を終えて帰還するご時勢に、宇宙から見れば地球の表面にチョロッと毛が生えたくらいなのがどれほどの大層なモンやねん、とも思う。正直、分からない。

 改めてもっかい創世記をよぉ~く読み返してみると、どこにも神は怒った、などとは書かれていないことに気付いた。やつ等、一つの言葉でこれ(村やら塔やらの建設)をやり始めよった、あ~もうこりゃ止められんなぁ~・・・・・・と。冷静に考えてこれは怒ってる、っちゅうより困ってるように見える。

 種の多様性ってコトがある。単一の種はいろんな環境の変化に弱く、一時は繁栄を謳歌しても、長いスパンで見ると結局は生き残れないらしい。この場合の種、というのは生物学的な意味での種であるが、思想面でも同じようなことがいえる。それはナチスの第三帝国や旧ソヴィエト連邦の呆気なくも無残な顛末を見れば良く分かる。昨今のグローバリゼーションの名の下のアメリカナイゼーションだって同じだ。みんな同じ方向を向くなんてキモチ悪いことこの上ないし、それでも多くの矛盾は内在するのだし、そのうち一気に卓袱台返しされるような脆弱さを感じてしまう。
 みんな違ってみんないい、だとまるで人権標語で、これはこれで偽善の腐臭プンプンで随分といやらしいが、みんな一緒だなんて、まるで人がマクドナルドのハンバーガーや吉野家の牛丼になったみたいだ。多くの人々が一つの言葉を話し、一つの目標に向かって邁進する姿は調和や統一感っちゅう点で美しいが、絶えずどこか破綻の予兆を孕んでいる。

 そこまで考えて、この創世記がひじょうに予言的で示唆的な内容であることに思い至った。今の今まで、おれは神のこの行為が罰であると信じ込んでいた。一つの言葉を話していたのを乱したってことが。いや、おれだけではない、どんな本を読んでも、これは名を上げるためにバカでっかい塔なんて拵えようとした人間の驕慢への罰である、ってな風に説かれている。

 ・・・・・・違う。これは恩寵だったのだ。人はとっくの昔に、嘉されていたのである。やり口は回りくどくていやらしくて分かりにくいけど(笑)。



※http://bible.salterrae.net/より


ブリューゲルの有名な絵。仔細に見るとたしかに作ってる途中なんだな。

2010.10.16

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