「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
さくら


ドカシーは止めよう!と声を大にして言いたい(埼玉・権現堂堤にて)。

 ----願はくは花の下にて春死なんその如月の望月の頃

 歌人・西行法師の詠んだあまりに有名な和歌である。ぶっちゃけ歌としては七・七の下の句が前半を強調しただけの繰り返しになってるだけなのでややくどく、甘ったるい気もするけど、その希求の強さと思えばまぁその反復表現は理解できなくもない。敢えて断るのも野暮な話だが、無論、「花」とは「桜」のことだ。そして彼は本当にそうして満開の桜の時期に亡くなった。おれの郷里に程近い、弘川寺ってトコがその終の地である。今は新興住宅地の迫る山際にいくつかの堂宇が残るだけの小さな寺だ。

 どうして桜が日本人の心の象徴なのかは知らない。本居宣長な〜んて右翼と美学をくっつけた三島由紀夫の元祖みたいなオッサンがけったいな歌を詠んで決定的になった感があるが、武士の成立より遥か古くから、それも武士に駆逐された公家たちによって桜は既に数々の歌に織り込まれているのだし、武士道精神とやらが日本人の精神だとも思えない。
 多分、桜を愛でる気持ちの根本は極めて素朴なところにある。春の到来と共にブワ〜ッと見事に一気に咲くことが、四季の変化、要するに寒暖の差の激しいこの国においては冬の終わりと暖かな春の到来を告げるものだった・・・・・・と、それだけ。パッと咲いてパッと散るから武士道だ、なんて後付けのしょうもない団子理屈に過ぎない。

 ともあれ、派手なのに沈潜したような不思議な雰囲気があって満開の桜の光景は大好きなものの一つだ。今日はそんな桜についてとりとめのない話を・・・・・・。

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 東京に来て初めて見に行った桜は動物園のついでの上野公園だった。何だか人ばかりウジャウジャいて、宴会のゴミだらけでひじょうにガサツな雰囲気で、オマケに当時は沢山のマーリー君も公園の北の端あたりにダンボールハウス建てて住んでたからあまり良い印象はない。それでも不忍池の周囲はまだちょっとはいい雰囲気だな〜と思ったが、止しときゃぁエエのにスワンボート乗ってエラい目に遭った。急に風が強くなってきて、漕いでも漕いでも元に戻れなくなったのである。桜吹雪の舞い散る中、必死の形相でボートを漕ぐ家族(笑)。やっとの思いで乗船場に着いたときには尻の皮が擦り剥けていた。思えばスワンボートに乗るとおれはとかくロクなことがない。旅先で人身事故起こしたのもスワンボートの後だった。

 あまり良い印象の無い上野公園の桜は一度で懲りたが、千鳥ヶ渕は満開のころに何年か続けて訪れている。いやまぁ、ここも凄まじく混雑する花見スポットで、人の列に押し流されるばかりで立ち止まることも容易ならんのだけれども、お濠端の桜、ってシチュエーションは何だかとてもいい。でも、あまりの行列の長さに恐れをなしてここでボートに乗ったことはない。ちなみにここは手漕ぎ式だ。
 言うまでもなく麹町側の入り口は靖国神社の横である。「大和魂」とやらを洗脳されたり強要されて死んでった人を祀ってる神社であるからして、当然の如くこちらにも桜の木が沢山植えられている。国学者もホント罪な野郎だぜ。自分はのうのうと70過ぎまで生きたくせに。祀られてる中にはそれこそ特攻ロケット「桜花」に乗っからされた人だっているだろう。
 ちなみに気象庁の開花予測の桜の木、っちゅうのはここにある。「標準木」と呼ぶものである。実際見てみたが、なんてことないフツーの桜の木だった。

 「水辺の桜」イメージが刷り込まれたのは、やはり京都・銀閣寺疎水の桜の印象が強かったからではないかと思う。「哲学の小径」などと小洒落た名前が付けられた銀閣寺から南禅寺を通って三条蹴上のインクラインまで続く人気の観光コースである。大学の頃は遊んでばかりだったので、空いてる平日にブラブラすることが多かった。ぶっちゃけあまり当時はピンとこなかったけど、今から思えば見事な桜だった。古い街並みと桜のバランスがいい。残念なことに、最近は人があまりに沢山押しかけて、それで踏まれて根が傷む、ってことで入場規制がかかるようになっちゃったそうな。
 そぉいやバンドやってて追っかけらしいネーチャンから手紙が来て、コマせるかな〜と下心バリバリで待ち合わせたのも疎水だった(南禅寺辺りから平安神宮方向に向かうとラブホテルがいっぱいあるのだ)。しかし、待ち合わせの場所に表れたのはこれがもう身の毛もよだつ戦慄のブス、かつ勘違いアート女で、いっそ疎水から蹴落としてやろうかと思ったこともあったなぁ。蹴上ぢゃなくて蹴落とし(笑)。ああ、満開の花の下、アテが外れてスゴスゴと下宿に戻る不審なヘアスタイルの黒づくめのおれは愚か者の代表だった。

 世に聞こえた桜の名所、「枝一本、腕一本」の奈良・吉野山も何度か出掛けてるけど、名声ほどではないよなぁ〜、っちゅうのが実は本音だったりする。上の千本・中の千本・下の千本と分かれて植わってるのだが、人は多いわ、立ち並ぶ露店の呼び込みはうるさいわ、道は狭いわ急だわで何だか落ち着かない。どだい満開の時期の休日にクルマで出かけようものなら辿り着くまでが大変だ。
 それでも、振り返って眼下に広がる淡いピンクの広がりを見るとナカナカのもんだなぁ、と思ってしまう。そう、吉野は樹の下を行くよりも遠望した方が断然いい。「遠桜」なんて言葉が存在するかどうかは知らないが、あればここにこそ似合うだろう。

 その名も大阪・桜ノ宮にある有名な造幣局の通り抜けは、実は行ったことがない。というのも、ここは珍しい桜ばかりを100種類以上も育ててることで知られてるのだが、大体において運動会のティッシュで作った花飾りみたいな八重桜や、どぎつい色の緋桜といった珍種・変種に、おれは興味が湧かないのである。フツーがいい。まぁ、桜ノ宮行くならオンナの子の脚の間に咲いた蘭の花でも見る方がいいな、と(笑)・・・・・・たまにラフレシアみたいなたまらんのんもおるけど(笑)。
 ともあれ、桜の品種というのは意外なほど多い。一般的に見かけるのはソメイヨシノってヤツだが、何と日本には変種が5〜600種類は優にあると言われている。

 しかし、本当に美しく、春を感じさせるのは山国の桜だと思ってる。膨らみ始めた山の緑の中に群生して浮かび上がるように満開となっている山桜、村はずれや田圃の中、農家の庭先、川沿いにぽつんと咲く桜・・・・・・結局は人が群れてないからいいのか、あ、そっか(笑)。

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 それにしても近年、ライトアップなんてことが一般化して何でもかんでも夜の景観を光で浮かび上がらせることが当たり前になっちゃってる。桜においても例外ではなく、特に1本だけ大木でそそり立つようなのは大抵光の演出付きだ。でも、ありゃダメだと思う。コンビニぢゃあるまいし24時間営業させてどないすんねん!?っちゅう揶揄の気持ちもあるが、そもそも景観として美しくないし風流ぢゃない。あまりにこれ見よがしで平板で悪趣味だ。
 月明かりの幽かな光の下、ぼぉ〜っと銀白色に怪しく浮かび上がってこその夜桜ではないか。それこそ「如月の望月」に照らし出された満開の桜に西行はタナトスを、もはや妖気に近いほどの狂おしい色気を見たのだ。

 さてさて、俗に「桜切るバカ、梅切らぬバカ」などと言われる。盆栽好きの人なら必ず知ってる格言だろうが、盆栽好きの人自体が今時そんなにいないわな。その意はというと、梅は放っておくとどんどん細かい枝が生えてくるので、積極的に剪定してやらないと見映え的にも宜しくないし、花も色が悪くなったり小さくなったりする一方で、桜は枝分れが少ない上に、成長が遅いもんだから迂闊に切ってしまうと枝振りが悪くなってしまうからだ
 なるほど穿った説ではあると思う。しかし、ちょっと寂れた梅林の手入れのあまり行き届いてない梅の細かい枝にびっしり貼り付くように花が咲いてるのはそれはそれでいい風景だと思うし、逆に桜は花も葉も落ちた状態では案外スカスカしてて、いささかうら寂しい感じがするのも事実だ。
 でもいずれにせよ梅も桜も古木がいい。苔むして黒ずんだ太い木に鮮やかに咲くからこそ花は映えるような気がする。

 そうだ、花見!アレで地面にやたらでっかい真っ青のドカシー敷くのも如何なものか?って気になる。巨大な矩形のどぎつい色が何枚も広がったら全然景観ぶち壊しやんか!って思うのだ。そもそも職場の宴会とか町内の寄り合いとか大人数で花見なんてやるから大きなシートが必要になるのだ。そいでもって巨大なバーベキューコンロ置いてもうもうと煙上げてるなんてサイアクだ。カラオケ並べて爆音でがなる念入りな集団までいたりする。ホンマ勘弁して欲しい。
 花見なんて密やかに少人数でサラッと静かにやるもんだ。食べるんならせいぜいお重くらい、飲むなら缶ビールやワンカップをチョロッと飲む・・・・・・そんなくらいで充分だと思う。高踏を気取れ、と言いたいわけではない。ただ、大学生とかならいざ知らず、いい大人が雁首揃えて我が物顔で大騒ぎするなと言いたいだけだ。少なくともおれは花は静かに見ていたい。

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 しかし、あんなに見事に咲いたのに、あっという間に桜は散ってしまう。

 雨の晩、駐車場に止められた黒い軽自動車に桜の花弁がへばりついている。
 日の光を受けて油のように光る黒いドブ川に一面の花弁が渦巻き模様を作っている。
 帰り道、公園の踏み固められた土に一面に花弁が散っている。

 そんなんでさえ何だか蒔絵や螺鈿のように見える。

 サクラサク
 サクラチル
 サクラサク
 サクラチル
 サクラサク
 サクラチル
 サクラサク
 サクラチル
 サクラサク
 サクラチル
 サクラサク
 サクラチル
 サクラサク
 サクラチル
 ・・・・・・
 ・・・・・・

 あと何回、桜の花が満開になるのをおれは見ることが出来るのだろう?

2010.04.09

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