「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
続・カタストロフィーの予感


八甲田山から十和田湖にかけての地形(GoogleMapより)

 宮沢賢治「グスコーブドリの伝記」は、冷害で一家離散の憂き目に遭った主人公が長じて後、再びやって来た冷害を防ぐために身を挺して火山島を人口噴火させるというトンデモ童話だ。何がトンデモか?っちゅうと、冷害が迫ってるときに火山が大噴火しようものなら、吹き上げられた火山灰が成層圏を覆って太陽光を遮るため、より一層の、それも世界的な冷害に見舞われることになるからである。
 もともと地学・鉱物への興味も並々ならぬもので、あまつさえ本職が教師であった彼が何故このようなムチャクチャに非科学的な筋立てを考えたのかは良く分からない・・・・・・それにしてもやたらこの人の作品をマクラに持ってくることが多いな、おれ(笑)。
 ま、その件についてはいずれ別稿にでもまとめるとして、ともあれ火山が爆発して冷害が防げるなんてコトはまずもってあり得ない。そのことは過去の歴史が証明している。小賢しい連中は宮沢賢治が二酸化炭素の温室効果について知ってたからだ等とヌかすけど、火山の爆発で温室効果が促進されたなんて例は残念ながらないのだ。

 前回は地震のことについて書いたけれど、今回は火山の噴火について、それも超弩級の火山噴火についてあれこれ書いてみようと思う。

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 実を言うとおれは子供の頃、火山学者になりたいなどとけっこーマジで思ってた。当時ちょうど有珠山が爆発してそれが大きなニュースになり、平凡社新書だったかのカラー写真の豊富な火山の本を読んで、恐ろしくも力強く、妖しくも美しい噴火や溶岩の流れ出す様子に魅せられてしまったのである。
 その夢は数年後、高校に進学したあたりで断念せざるを得なかった。おれは数学は大層得意だったが、どうしたことか物理とか化学がサッパリ駄目だったのだ。火山学やるならどっちも出来んとアカンのだけど、試験の点数は絶望的だ。16点とかではどうにもならない(笑)。おまけにおれの行った高校には地学がなかった。もちろん、ヤクザな音楽やらなんやらにカブれてアカデミックなことにまったく興味をなくしたのが最大の原因だったが。

 さて、ここからしばらくは知識の受け売りと再構成だ。そんな火山だが、科学技術の発達によって最近になって恐ろしいことが分かってきた。世の中には途轍もなく巨大な火山が存在するのである。
 あんまりにもその爆発の威力が凄いもんだから、それは山の形をほとんど残さない上に、ものすごく怒る人に限って滅多に怒らないのと一緒で、噴火の間隔が100万年単位とケタ外れに長く、その間に様々な侵食や風化、褶曲の影響を受けて地形が変わってしまう。それにあまりに巨大すぎて、まさかそれが一つの火山だとこれまで誰にも分からなかったのだ。このような火山のことを「超火山(Super Volcano)」と呼ぶ。ちなみにその噴火は「超噴火(Super Eruption)」だ。ベタな名前やな(笑)。

 有名な例は世界一の湧出量を誇る温泉地であるアメリカのイエローストーンである。国立公園になってる広大な土地のあちこちに高温の火山性の温泉が湧くのに、なぜかここには火山がない。これは長らく火山学上の謎でもあった。それが人工衛星やら地下調査やらで近年ようやく判明したのである。
 にわかに信じがたいことだが、公園全体が一言で言って一つの火山なのだった。その直下にはあくまで推定だけど2万キロ立方とも言われるべらぼうなマグマ溜まりがあって、少しづつ、しかし着実に破局の日に向かって蓄積が進んでいる。
 これがどれくらいの量かというと、桜島が大正噴火で噴出した溶岩量等から推定される山体直下のマグマ溜まりの大きさのおよそ1万5千倍に相当する。あの、桜島のだよ。

 桜島は日本で最も活動が活発な、そして現在大噴火が迫ってきていると言われている第一級の危険火山だけれども、あれにしたって実は露払いとか前座みたいな存在である。真打はそのやや北の海底深くに眠っている。それは「姶良」と呼ばれている。
 鹿児島の地形を特徴付けるシラス台地。あれの形成もまた永らく謎であった。噴火によって火山灰が堆積したことは分かる。しかし、あれだけの厚さに積もるにはたいへん長い年月が必要だろう。ところが、その割りにバームクーヘンのようになった地層が少ない。地層が見られない、っちゅうことはいっぺんに積もったってコトになるけど・・・・・・ハハ、まさかねぇ〜!そんなアホなコトおまっかいな〜!ってな感じで結論が出ていなかったのである。
 そりゃ20mからの厚みがあるんだから、誰だってそう思うだろう。しかし事実は悪い方に異なっていた。姶良の大噴火により長くてもせいぜい数週間程度で形成された、っちゅうのが科学技術の進歩がくれた正解なのだった。知るは不幸の始めなり、とは良く言ったものだ。今から2万5千年前のことらしい。ちなみにこの爆発で開いた穴が錦江湾である。

 錦江湾南方の海上に浮かぶ薩摩硫黄島も火山だが、やはり真打が海の底に眠っている。「鬼界」と呼ばれる巨大カルデラだ。ここは今からおよそ7千年前に巨大爆発を起こし、噴煙柱崩壊型のとてつもない大火砕流は海を越えて南九州一体を焦土にした。
 みなさん、日本の歴史について昔、学校でこんな風に習わなかったろうか。狩猟を中心とする縄文文化は気候が温暖だった西日本では人口が増加しすぎて滅んで行った、一方、弥生文化は農耕文化だったから食糧不足が起こりにくく広まった・・・・・・と。でも、この説明は文化様式の断絶の説明になっておらず、また、縄文時代にも農耕が存在したと思われるケースが出てきてどうにも収まりが悪くなっていた。
 何のこっちゃない、このときの噴火が西日本の縄文文化をほぼ一瞬で壊滅させた、ってーのが正解らしい。そしてその後、大陸からの人の流入があって今の日本人が形成されていったのである。考古学の進んだ現在、南九州一帯で「アカホヤ」と呼ばれるこのときの火山灰層の下から縄文遺跡がいくつも焼け焦げて見つかっている。雲仙普賢岳の火砕流なんて申し訳ないが、この規模からするともぉ、カスのようなモンだった。

 断絶、という点では、もっと驚くべき話がある。やはり科学の進歩によって人間のDNAパターンの多様化が人類発生からの年月からすると意外に少ないこと、そんでもって逆算していくと今から7万5千年前くらいにいちどほぼ絶滅と言っていいくらいに減少したのでなければどうにもこうにも説明がつかない、ってことが分かっている。恐ろしいことに、このとき地球の人口は数千人にまで減少したんぢゃないかとまで言われる。つまりおれたちは全員がこの時の生き残りの子孫なのだ。笹川良一センセは実に予見的だった(笑)。
 でも、何でそんな事態になったのかはこれまでの謎でもあった。疫病の蔓延、小天体の衝突・・・・・・いろんな説が出されたがどれも今一歩証拠に欠けていた。そしてこれの答えも火山学・地質学の方からもたらされたのである。
 インドネシアにあるトバ湖という巨大カルデラの噴火がほぼ間違いなくその原因だろうと言われている。現在、「トバ・カタストロフ理論」と呼ばれるこの学説、やはり最初は荒唐無稽すぎてナカナカ信じてもらえなかったようだが、噴火時期が概ねその頃であり、噴火規模から推定される地球の気温低下(なんと平均気温が5℃も下がったらしい)とそれのもたらす冷害は、人類を絶滅寸前に追いやるに充分なものだった。地質学的な年代調査結果はこのトバ・カタストロフ理論の正しさを裏付けるものばかりで、今のところ反証材料は発見されていないという。

 「グスコーブドリの伝記」はやはり科学的に間違ってるのだ。

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 火山大国である日本にはこの超火山ではないかと言われてるものが他にいくつもある。比較的地形的に分かりやすい例では、今のえびの盆地と霧島連山を全部合わせたものにあたる「加久藤カルデラ」、あるいは阿蘇、屈斜路(湖だけではなく東のアトサヌプリ、摩周湖までを含めた巨大な円弧状の一帯)なんかがそうだ。あくまでおれ個人の感覚だが、冒頭に図で挙げた十和田と八甲田を結ぶ一帯も地形的に3つのカルデラから構成された巨大陥没地帯に見える。ものの本によるとなんとまぁ北アルプス一帯もそうらしい。

 ただ、有史以来、人類はこれらの超火山による破局的な噴火を経験していない。何せ100万年単位であるからしてそう易々と起こるものではないのだ。件のイエローストーンがおよそ60万年に1度の噴火間隔で、そして最後の噴火が60万年前だからヤバいなんて言われてるけど、ヘーキで10万年単位のズレはある。それが地球時間のスケールっちゅうモンだ。心配したってまさに杞憂ってヤツでどうにもならない。

 随分タイトルとかけ離れてしまったので、最後はもちょっと差し迫った危機について書いて終わることにしよう。さっきも取り上げた姶良の子である桜島のことだ。ここは間違いなく近い将来、相当規模の噴火を起こすだろうと言われている。
 もう数年前のことだが、上でも書いた山体直下のマグマ溜まりの大きさがだんだん解明されてきて、その容量の9割くらいにまでマグマが満タンになってきてるらしいってことが報じられていた。そして2006年からは永らく活動していなかった昭和火口の活動が始まり、昨年は観測史上最高の爆発回数(たしか700なん回)を記録した。さらに今年はそれをも上回るペースで爆発が増加している(3月末で既に400回超!)。おまけに山体の膨張ペースがこの数ヶ月だけでも急速に増大して来ている。
 これらの事実はすべて地下のマグマ供給量の増大、あるいは飽和に伴う圧迫を示している。いったん噴火が起きたらもう逃げ出すしかない。ところが厄介なことに桜島は噴火の前触れとなる異変(魚が浮かぶ、井戸水の異常、地震増加etc)の発生から噴火までが極端に短いことでも知られる。島が大島半島と陸続きになった大正の大噴火で僅か2日、戦後すぐの中規模の昭和噴火に至っては特段の前兆もなしに起きて、それで溶岩がジュルジュル出てきた、ってんだから豪快だ。

 ・・・・・・その日は近い。用心深く見守っているしかない。

2010.04.10

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