「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
スピリチュアル地上げ


目下人気急上昇中の明治神宮「清正井」。

http://powerspots.jp/より

 あ〜も〜、ホンマに腹が立つ!と言わざるを得ないのが昨今の「癒し」っちゅうヤツである。どいつもこいつもそもそも疲れるほどのことなんて何もしてへんくせにいっちょまえに疲れくさりやがって、挙句、何が「癒されたい」ぢゃ!?オマエ一体何様のツモリなんぢゃ!?こんヴォケがぁ〜っ!!いっぺん死んでみさらさんかい!ダボ!!っちゅうのが率直なおれの気持ちだ。

 だって思いません?ガキぢゃあるまいしさぁ〜、精神年齢はともかくいい歳ぶっこいた大人が物欲しげなカオ丸出しで、傷を舐めてくれ舐めてくれ、っちゅうとるんでっせ。何たる甘えぶりだよ、ホンマ。仮にも大人なら与えられたり貰ったりよりも、いい加減そろそろ他人に授け施すことを考えろ、っちゅうねん。

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 いつからこのような癒しだのヒーリングだのスピリチュアルだの、ってなのが蔓延し、猖獗を極めるようになったんだろう?

 出だしは風水あたりではなかったろうか。現代の脅威の碩学・荒俣宏がその火付け役であることは間違いない。でも、神秘主義者を標榜しつつ、あれでケッコー彼は非常にアイロニーに満ちた現実主義者でもあるので、著書の中で島根の一部では鬼門が通常の北東ではなく北西になっている地域があるなどと混ぜっ返しながら、慎重かつやんわりとあくまで「知の遊びとしての風水」に留めておこうとしてるフシが感じられる。
 それを通俗的かつ現世利益的に大衆化したDr.コパなんてーのが現れて、ブームは一気に拡大した。実はこのオヤヂ、そもそも真っ当な風水師でも何でもない。いろんな雑多な知識を風水っぽく言ってるだけ。騙りもいいトコの詐欺師である。しかし、その粗雑さが大衆の知的レベルに上手く合致することを見抜いたメディアは、ちょうどバブル崩壊後、日本中がしおたれてた時期に上手く乗っかるようにしてこの怪しいオッサンを思いっきりヨイショしたのだった。

 癒し、っちゅうのもそらまぁ怪しげな加持祈祷や呪術の助けを借りてるとはいうものの、当初は本人に内在する潜在能力を覚醒させることで具合の悪いとこを治す、自然治癒的な意味で使われてたように思うが、だんだん大衆化する中で単に与えてもらうもの、すなわち能動的な意味から受動的な意味に変質してったような気がする。「あ〜癒されるわぁ〜」なんて間抜けな言辞もそうして登場したんぢゃなかったかな?

 オウムの事件は95年だった。バブル崩壊から2年半後くらいだった。バブルの前後から中沢だの清水だの、ってスーッと滑り込んできたニューアカブームっちゅうモンがいかにいかがわしくも浅墓で安っぽいものであるか、あの凄惨な一連の事件から人はイヤと言うほど学んだはずだ・・・・・・と思ってたらまったくそうではなかった。まっこと世にアホの種は尽きまじ、っちゅうしかない。

 そいでもって江原啓之みたいな気色悪いデブが登場して、前世がどぉとか先祖がどぉとか美輪明宏と組んでTVに出たりして、スピリチュアルの一言で何の根拠もないいろいろなものが既成事実化され、事態はいよいよおかしなことになってしまった。ヴィヴィアンなんかよりずっと前からドラァグクィーン的で、孤立を顧みず主張し闘うオカマな美輪をおれは結構好きだが、霊能者ヅラしてる美輪はちっとも評価できない。

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 そぉこぉするうちに今度はパワースポットと来たもんだ。そもそもパワースポットってなんぢゃらほい?とっちゅう気もするが、要するに「気」に満ちた場所で、そこで癒しのパワーなんか貰ったりしよう、ってまことにイヤらしい話である。実に実に癒しは卑しく、イヤらしい。ホント、物欲しげなんだよな、こぉゆうのに飛びつく連中って。

 こんなんが急に持て囃され出した背景はきわめて単純なトコにある。要は、前世だとか何とかのペテンがバレて活動の場を失くしたスピリチュアルで商売したい有象無象の怪しい連中共が、次なるメシの種を求めて辿り着いただけである。ミもフタもないけどそれが実態だろうとおれは睨んでいる。
 いずれにせよ寺社仏閣だとか霊山だとか霊地だとか、昔から名の通ったトコを無節操にピックアップしまくるだけだから、まぁ安全・安心、おまけに無尽蔵っちゅうヤツである。それにこのパワースポット、風水で言うところの「龍脈・龍穴」なんかとも考えが似通ってるのでスピリチュアル周辺に蠢くゴロ連中の最後の吹き溜まり・・・・・・もとい、落とし所としてまことに都合が良かった。
 最近はパワースポットに特化した評論家までいて、俗流宗教の臭いをプンプンさせて鹿爪らしいことを語ってるのを見かける。暁玲華、だったっけ、それらしいコテコテの芸名で活動してるオバハンとかが、地方のB級とはいえ仮にも国立大学出てるんやろ、ってツッコミ入れたくなるよな下らん話をラジオでしてて、おれはハンドルを切り損ないそうになったことがある。原価率ゼロの商売に手を染めたヤツだけはホントどぉしよ〜もないわ。
 こいつらの主張によれば富士山もすんげぇパワースポット、ってコトになるらしい。理由はマントルのパワーがそこから出てるからなんだそうな。まるでお笑いだが、そこまで言うなら桜島や三宅島の火口にでも一度飛び込んでみてはどうだろうか、と真剣に思う。ともあれ、この伝で行くなら火山性の温泉もパワースポットだよな(笑)。

 そのうちランキングが始まった。要はあそこは効き目が他よりある、ってこっちゃね。何だよ!?昔風に言やぁ「霊験あらたか」っちゅうてるだけやんか。ともあれ、それで急に訪れる人が増えてウハウハなパワースポットも数多いらしい。これをスピリチュアル地上げと呼ばずして何と呼ぼう?ホント、暗澹たる気持ちになってしまう。

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 ・・・・・・とまぁ、随分否定的でおちゃらけた言い方で罵倒しまくったものの、実のところおれは、本来的な気に満ちた場所としてのパワースポット、ってーものを決して否定はしていない。たしかにそのような濃密な気配を感じさせる場所は、意外と身の回りにだって数え切れず存在しており、それはこれまでここでウダウダ上梓してる駄文でも何度か触れた通りだ。ただ、それはあくまで自分自身の主観的な経験に基づくものであって、客観的な根拠は無いっちゃ無い。勘違いと言われりゃそれまでだ。

 ともあれ、そんなに虫の好いケースばっかぢゃないよ、っちゅうことも同時に言いたいだけである。ほれ、陽気/陰気なんて言葉がある通り、その「気」は清浄のモノばかりではないのである。濃密な気は人を呑み込みかねないのだ。
 いや、もっと正確に言うならば本来的に「パワー」なんてモン、人間の勝手な事情に基づく善悪の概念なんかを遙かに圧倒っちゅうか超越した彼方にある。そんな詰まんないこと少しも忖度してくれやしない。いいトコ取りしようなんて、しょうむない連中にはどしたって無理で無謀なアクロバットなのだ。

 たまには思い切り呪詛の言葉を吐いてやろう。

 クズ共よ。「癒されたい」などとのうのうとヘーキでほざけるその鈍磨の極みの無神経さ、恥知らずで飽くなき自己中心的な貪婪さをおれは心底憎む。
 そう、オマエ等どんどん付け焼き刃の知識でパワースポットとやらに行けばよい。そして勘違いしてエエもんもらったツモリでとことんイヤなパワーを目一杯、押し潰されそうなほどに貰って帰れ。そして思い知れ。そこには自分に都合のいいパワーばっかし溢れてるんではないことを。己が身を以て。

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 さて、以上をダダダーッと書いて、ちょっとばかしトーンが過激すぎるし無闇に修辞も多すぎたかな〜、でも推敲しようもないな〜、と放っておいた。あんましストレートにアグレッシヴでは刺々しいっちゅうか、イマイチ笑いに欠ける。あ〜、またこれもお蔵入りかと思ってたら格好のオチがやって来た。

 サエない中間管理職のおれにも部下が何人かいる。その一人にトッチャンボーヤっちゅうか、賢こバカっちゅうか、変人っちゅうか、学力には極めて優れるものの他が激しくズレたヤツがいる。もう結構いい歳なのだけれど、当然の如く独身だ。でも別に心根は悪いヤツではない。少々世間とのコミュニケーション能力に問題があるだけだ。畢竟おれも同じようなタイプなんで、しょっちゅうアチャ〜とか思いながらも何のかんので可愛がってる。ある日おれは尋ねた。

 ----オマエ、今年の夏休みはどっか行ったりするん?

 人付き合いの下手な人間特有の曖昧な笑顔を浮かべながらそいつ、しかし待ってましたとばかりにゆうたのである。

 ----ボクですね、最近パワースポットってのに興味持ちましてですね〜。
 ----はぁ!?
 ----それでちょっとそぉゆうトコに行ってみようかな、と。
 ----危ないで、そぉゆうの。
 ----危ない?
 ----ああ、あることを否定はせんけどな、そんな都合のエエことばっかしちゃうで。
 ----(ちょっと不満そうに)そんなもんですかねぇ〜?行くと身体に良さそうぢゃないですか。

 ・・・・・・ま、このままだと彼がロクでもないパワーを貰って来るのは間違いないだろう。そぉゆう人ほどこぉゆうトコに行きたがる。 


こんな本まであるんだから、もう。

2010.07.25

----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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