「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
廃墟考


たいていは有名な物件ばっかしで新鮮味はなかったかも・・・・・・新鮮な廃墟??(笑)

 ちょっと前から廃墟がブームらしい。何冊もの写真集が出版され、マニアがいくつもホームページを立ち上げている。何と今春からは、日本最大の廃墟である長崎県の軍艦島が町興しの起爆剤として観光スポットとして一般にも開放されるようになるとTVでやってた。
 廃墟にはたしかに我々の情念を激しく刺激する何かがある。要するにそれは、平家物語のイントロのような諸行無常や盛者必衰といった「滅びの美学」のその顕現とでも呼ぶべきものなんだ・・・・・・と喝破しちゃえばミもフタもないのだけれど、なんとも不吉な美がそこにはあるのは事実だ。

 「廃墟本1〜3」(ミリオン出版)というのを最近まとめて買った。この本の切り口の面白い所は、単に画像としての廃墟美を追っかけるのではなく、それらの物件が無残な姿を晒すに至った経緯を、多少おちゃらけながらも淡々とチャンと書き記してあるところだ。若干の例外はあるもののどれもこれも大体パターンは一緒。欲に目が眩んだ挙句の破滅の残滓、ということで概ね変わりない。

 以前から何度か書いたとおり、おれは廃線跡にまったく興味が湧かないが、実は廃墟にはちょっと惹かれてたりもする。山奥で偶然鉱山跡に辿り着いたり、巨大な骸を晒すかのように黒く沈む廃ビル等を見ると、心の奥のトライバルなものが衝き動かされる気がする。廃墟には不思議な磁力がある。

 とはいえ、おれは冒頭に挙げたようなマニアではない。もっと腐るほど時間があれば巡ってみるのも面白いだろうが、それなら未訪の温泉に出掛けて行った方が楽しい気がするので、まぁ今後もハマることはないだろう。
 それでもこの「廃墟本」を気ままに繰ることにはダウナーな悦びがあって、ボーッと読んでると何故か不思議に心が和んで来る。荒れて苔やら雑草まみれになり、闖入者にトコトン破壊されたり落書きされたりした無残極まりない写真が続いているだけなのに・・・・・・いわば建造物における死体写真のようなものなのに、である。

 廃墟好きとはあるいは、フェティッシュとネクロフィリアが合体したものなのかも知れない。

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 こんな観念論の遊びしかできない程度のおれにも、いくつか実際に廃墟体験をしたことがある。

 小学校の終り頃だったか、猖獗を極めたボーリングブームが一気に去って各地にツブれたボーリング場の建物が無数に残された。幹線道路に面して住宅地が近い所はすぐにスーパーに転用されたりもしたが、大抵は田んぼの真ん中とかでどうにもならず、そのまま放置されていた。巨大なピンと、いかにも70年代っぽいサイケポップでカラフルな看板が色褪せ、風雨で傾いたりしている光景はどこでも見られたものだ。
 そんな物件がおれの家の近所にもあって、ある日、おれを含めた悪童3人は金網を乗り越え、割られたガラス戸を潜って中に忍び込んだのだった。

 廃墟が美しいことをおれはその時に知った。自分たちが歩き回ることで巻き上げられた埃によるチンダル現象で、差し込む光が何条ものやや黄ばんだ帯になって赤いカーペットに降り注ぐ。眼が暗いのに慣れると、静寂に包まれた巨大な空間が圧倒的で、何とも言えない停止感に支配されていることが分かった。ある日を境に突然活動が終わったことを物語る時代遅れのポスターの類。吹き抜けの2階の天井から吊り下げられた何本ものペンダントライト。

 当時はまだアホなヤンキー共が廃墟に入り込んで内部を荒らす、っちゅう文化がなかったので、至って館内は綺麗なもんだった。なもんでおれ達がやった。アホはおれやんか(笑)。
 どうしたワケか球は一つも残っておらず(・・・・・・まぁ、残ってたところで重くて投げられなかっただろうが)、ピンばかりがピットの奥に数えきれないほど残っている。それを持ち出して、おれ達は狼藉の限りを尽くしたのであった。

 営業してた頃は大会の景品やグッズが並んでいたらしき棚に向かって、ドガシャーン!!
 2階の恐らく元はスナックコーナーだったと思しきガラス張りに向かって、ドガシャーン!!
 ぶら下がったペンダントライトのシェードに向かって、ドガシャーン!!
 外からはベニヤで囲われているが中からは全く無防備な外壁ガラスに向かって、ドガシャーン!!

 最後はピンにも飽きて、2階からこれまた70年代的なサイケで丸っこいデザインのテーブルやイスを次々階下に投げ落したりもした・・・・・・トンでもねぇガキだな、ったく。廃墟巡りでいっちゃんやったらアカンて言われてることやんか。今はもう30数年も前のことですから許してぇな、っちゅうしかない。

 ともあれ、悪行を尽くす物音でケーサツが呼ばれることもなく、めでたくその日おれは廃墟美も知る一方で、放縦な破壊という行為が神の全能感にも似た快楽であることも覚えたのだった。

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 山科の通称「日ノ岡の精神病院跡」と呼ばれる所に肝試しに行ったのは大学の3回生くらいの頃だったろうか。今は部分廃線になってしまった京津線の日ノ岡の電亭から北に上がって行った森の中にあった。夜中に行ったので距離感がイマイチ判然としないが、三条通からはさほど離れてなかったような記憶がある。

 病院っちゅうにはあまりに小さな建物であることは夜目にも分かった。どちらかと言えば田舎の小学校の分校みたいな印象だ。真ん中に小さな車寄せと正面玄関があって、なかなか瀟洒な洋館風の造りの木造二階建てだ。懐中電灯で照らした感じでは空色とかミントグリーンみたいな明るい色のペンキで塗られているらしい。
 中に入ると狭い廊下の両側に規則正しく小部屋が並んでいる。どの部屋も6畳くらい。何となく病室のようにも思えてくる。1階2階それぞれ10室くらいだったから全体でも大した広さではない。しかし、調度類はほとんど残っておらず、病院を示すような痕跡も何もなかった。どだい精神病院ならば、逃走を防ぐための鉄格子や厳重なドアの鍵が欠かせないハズだが、そんなモノも見当たらなかった。根太はあちこちで腐りかけていて、迂闊に踏むと床を踏み抜きそうだ。

 何が精神病院なもんか、お化け屋敷なもんか。だいたい2階のバルコニーに上がると、民家の灯りや街燈がすぐ近くに見えているではないか。オカルト物件と呼ぶには町の中にあり過ぎだ。それに、これぢゃぁ暴れようにも目立ち過ぎて暴れられんがな。

 そうこうするうちに遠くからライトの光束が錯綜するのが見える。しばらくすると男女5〜6名の笑い声も聞こえる。間違いない、おれ達と同類だ。一計を案じておれ達は灯りを消して部屋に隠れた。何も知らぬ連中はヒソヒソ話をしたり忍び笑いを漏らしながら建物に入って来た。
 目一杯引き付けたところでところでいつものパターン。ただし、近所の手前もあり絶叫はできないから呻き声で行くことにした。

 「ウウウゥゥゥ〜〜〜〜ッ・・・・・・」

 彼等の驚きようといったらもう、なかった。蜘蛛の子を散らすように、とはまさにこのコトだ。いや〜ホンマ最高やったね・・・・・・え!?これも廃墟を愛でる正しい所作ぢゃない、って?まぁ、可愛いモンやないですか。

 その後の温泉巡りで偶然廃墟に行き当たったことだって何度もある。目当ての温泉宿がツブれちゃってる、っちゅうパターンが最も多い。廃墟さえなくなって更地となってたことも数多い。しかし、温泉が廃業した跡なんてただただ悲しい。

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 件の本によると、目下、廃墟物件は増える一方らしい。

 そらそやわな。高度成長が終わりを告げ、空前のリゾートブームに沸いたバブルが崩壊し、少子高齢化が進行し、税源にたかるだけのハコモノ・道路行政は行き詰まり、地方の人口流出は止まらない。円高のおかげで海外に行った方が国内ウロウロするよりはるかに安かったりするから、日本の観光地、ことに団体客目当てにしてたところは嗜好の多様化もあって閑古鳥が鳴きまくる。ペンションブームもスキーブームも終わった。石川遼は大人気だけどゴルフ人口は減少の一途をたどっている。テレビゲームの浸透でパチンコや公営賭博も客は減り続けている。ディズニーとUSJはウハウハだが、各地にあった遊園地は軒並み廃園となってしまった。商店街もデパートも奮わず、それらを駆逐した側だったはずのスーパー自体も自らが肥大化させたあくなき低価格への欲望の前に青息吐息で喘ぐ。国道沿いの古いドライブインはファミレスに追われ、そのファミレス自体も飽きられて売上低下が続く一方だ。新築を建て続けなければ存続できない事業構造のために、家は余りに余っており、ちょっと古くなればマンションも建て売りもアパートも文化住宅も空き部屋だらけとなっている。産業の空洞化で生産設備が中国に移り、無数の工場の建屋だけがガランドウになって後に残された・・・・・・。

 今やあらゆる産業・商業施設が等しく廃墟になるリスクを背負ってる、と言っても決して大袈裟ではないだろう。そしてそれらの廃墟に国土のあちこちは虫食い状態に侵されつつある。
 おれ達はすでに日本という名の巨大廃墟の中に暮らしているのではないかって気さえする。

 ・・・・・・ところで、この今の廃墟ブームとやらさえもが過ぎ去ったあとの廃墟、ってどんなんなんだろう?
 案外その時こそが、廃墟が真の意味での「無用の用」としての光芒を放つ時なのかも知れない。

2009.05.09

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