「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
山中デ怪ニ遭ヒタルコト


翌朝。こうして見ると何てことないんですけどね・・・・・・

 今日の話は二重に怖い。

 まずは後日譚から話そう。おれは早速、その体験をアップすべく文章に起こし、そしてほとんど8割方書きあげたのである。

 毎晩多少一杯気分とはいえ、そぉ毎日毎日泥酔してるワケではない。ちゃんと保存もした。そりゃぁ確証はないけど、何かコンテンツをいじったらショートカットキーの[CTRL]+[S]で上書き保存するのはほとんど無意識の習性となっている。保存しないワケがない。それにおれはまずあらかじめ、空のhtmlシートを一枚こしらえるから、よしんば文章は保存し忘れても空の枠だけのシートは残るハズだ。
 ・・・・・・なのにしかし、翌日残りを書こうとしたら、パソコンのハードディスクに保存してあったはずの文章の入ったそのhtmlシートは忽然と消えてしまっていたのだ。またまたぁ〜!盛り上げようと思って御冗談っしょ!?と信じてもらえないかもしれないけど、どぉしよ〜もなく事実なのだから仕方ない。

 こりゃ〜ちょとシャレならんし、ヤバいな、と思ったおれは、このエピソードを封印することにした。それが一昨年の初夏の頃のことだ。もし今回もっかい書いて同じように異変が起きたら永久に封印するつもりで書くことにする。だから読む人も心して読むようにね。

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 その年の春の終わりの頃だった。些事が重なって少々イラついてたおれは、気まぐれに野宿を思い立ったのだ。

 それで房総に向かったのは「やなぎ屋主人」のストーリーが頭の隅っこにあったせいかもしれない。ともあれ東京湾を巻くようにしてひた走り、房総半島のとある山中に着いたのはもうかなり日が暮れかかった時だった。手頃な野宿場所を探したがナカナカ見つからない。どんどん日は暮れてくる。そぉいや以前僅かに残されたダートを探して走り回った時に、山の上の方に寺か神社だかがある場所が比較的近くにあったのを思い出して、とにかくそこに向かってみることにした(怖いので具体的に場所が特定される書き方はしないでおく)。

 本当にそこが正しいルートか自信はなかったが、集落の中の県道を外れ狭い急坂を上がって行くと、道端に小さな公園がある。おお、間違いない。たしか以前来た時、ここにランドローバーが停まってて、小ジャレた家族連れがバーベキューか何かしてた。何も奥の神社とか寺まで行くこともなかろう。やっぱ宗教施設は禁域な感じがして野宿は躊躇われる。見ると、東屋もある。ここなら食事作るのもベンリだし、万一翌朝が雨でも撤収が容易だろう・・・・・・決めた。
 しかし、何でこんな人里離れた場所に公園なんてあるんだろ?とはその時少しも疑問を抱かなかった。

 時計を見るともう7時をとうに回っている。早く準備しなくてはならない。春とはいえ温暖な千葉であるから、モノフレームシェルターダイヤを選んで正解だった。空間そのものは断面がカテナリーカーブを描く三角形で、胡坐をかいても生地の間に頭を突っ込むような感じになって極端に狭いし耐寒性も劣るけど、軽量で床面積だけは通常の山用の三人用テントよりも広いコイツは一人用として使うにはかなりのスグレものだ。
 テントを設営し、マットとシュラフを広げ終わるとおれは東屋の下で晩飯の用意に取り掛かった。何も凝ったものではない。水を加えて温めながらかき混ぜるだけで出来上がるフリーズドライのリゾット。一袋ではなんぼなんでも腹が減るので二袋こしらえる。ま、野宿で食うもんなんて、手っ取り早く作れりゃどぉだっていい。

 それにしても、大して深くもない山なのに、やはり夜の闇は濃密だ。今回は最小限の携行物で来たので、灯火類はペツルのヘッドランプとキャンドルランタンが一つ。ストーヴにしたってアルコールを使うトランギアゆえ、透明で弱々しい青い光が出るばかりでほとんど灯りの役には立ってくれないし、どだいそれに調理は終わってしまった。試しにヘッドランプを消すと、ただもう小さな蝋燭の光が頼りなく揺れているだけ。あとは真っ暗だ。漆黒の闇、鼻つままれても分からぬ闇、そんなのをリアルに体感できるのが野宿の醍醐味の一つだろう。
 ・・・・・・とは申せ、闇の中で何時間もぽつねんとしてても仕方ない。沈思黙考にも限度がある。これで女の子と一緒なら青姦にでも励めるんだろうが、オッサン一人ではテントに入って本でも読むくらいしかない。

 それにしてもなんぼ房総とはいえ暖かい晩である。こんなんで明日の天気は大丈夫かいな?しかし、天気予報を確認しようにも携帯はクルマの中に置いてきたし、ラジオもない。今さらテントから出るのもめんどくさく、おれは腹這いになってヘッドランプの灯りでボンヤリと地図を眺めてたが、それにも飽きて寝ることにした。キャンドルも吹き消した。
 ところがおれは普段から寝つきが悪い。野宿は大好きだなのだが、実は外だとより一層なかなか寝付けなかったりする。おまけに暖かい。風があるからまだマシだが、元々暑がりな上に人並み以上に太ってるもんだからちょっと寒いくらいで丁度いいのだ。

 ・・・・・・それほど時間は経ってなかったと思う。眠れんなぁ〜、とそのまま腹這いで腕枕して突っ伏してたところを、突然おれは背後から膝の上あたりに両腕を差し込まれた。無論テントの中に他人が入ったり、しゃがみ込んだりするスペースなんてどこにもないし、ましてや入口のチャックを締め切った状態で外から誰かが入って来ることなんて絶対に不可能だ。

 ----え!?え!?うわ!うわ〜っ!・・・・・・その瞬間、大声をあげたと思う。

 そのまま持ち上げられた。瞬間的なことなので良く分からないがそんな高々とではなかった。せいぜい5〜10cmくらいだった気がする。それにおどろおどろしく勿体を付けた持ち上げ方でも何でもなく、何か軽く無造作によっこいしょ、っちゅう感じ。そしてそのまま左に3〜40cmずらされるとそのままボテッと落とされたのである。暴れて抵抗する暇さえなかった。

 激しく混乱したまま、おれは仰向けになって起き上った。とにかくヘッドランプのスイッチを入れる。今起きたことが幻覚ではなかった証拠にすぐ横に置いてたリュックやフリースがインナーウォール一杯にまで押しやられている。無論、狭いテント内に他の者が居るワケない(・・・・・・居たらそれこそ大変だが)。おそらく「あわあわあわ」とか声にならない声もおれは上げていたに違いない。震える手でキャンドルにも再び火を灯そうとした時、蝋がまだ完全には固まっていないことに気付いた。やはりそれほど時間は経ってなかったのだ。
 一杯気分とはいえ酩酊状態ではなかったから、この場を逃げ出してクルマで麓に下る考えも一瞬浮かんだが、どうしてもテントの外に出る勇気が出なかった。いや、出入り口を開けて外を伺う勇気さえ出なかった。いやいやいやいや、もっと有り体に言えば、おれは半ば腰が抜けてたのだ(笑)。そりゃ〜テント内に留まることも十分に怖かったのだけど、動けなかった。ずいぶんしてから、自分が肩で荒い息をしてることにようやく気付いた。

 横にどかされたくらいだから、寝ていたポジションの真下に何かあるのでは、と思えて、おれはテントの隅っこに寄ったまま時間の過ぎるのをひたすら待った。時間はたっぷりあったのに、その時どんなことを考えていたのかはどうしても思い出せない。「まんじりともせず」という月並な言葉があるが、本当の恐怖と驚愕の入り混じった体験をすると人間が眠れなくなることをおれは身をもって知った。

 パラパラと通り雨があった後、夜が白み、鳥の声が聞こえ始めても、それでもおれはテントの中で息をひそめてジッと縮こまっていた。牡丹燈籠のように実はそれが幽霊の仕掛けたハッタリで、迂闊に外に出ると実はまだ夜、ってコトだってあるかも知れない。今から思うとクダらないけど、その時は真剣にそんな心配までしたのである。
 そのうち完全に明るくなり、山仕事にでも向かうのだろうか、何台かの軽トラックらしきエンジン音が通り過ぎて行くのが聞こえてようやくおれは安心した。思い切って外に出ると、すっかりもう朝だ。いささか曇りがちで爽やかさはないものの、周囲の風景にも特段変わったところはない。見下ろすと眼下にダム湖だろうか、緑色の水が見える。何て事のない長閑なフツーの山あいの朝だ。
 この時になってやっとおれは猛烈な眠気を覚えた。再びシュラフにもぐり込んで眠った。深い眠りだった。

 再び起きると9時を回っている。それでも2時間くらいは寝たことになるだろうが全然寝足りない。頭の芯に熱を持ったまま、簡単な朝食を作り、おれはのろのろとテントを撤収した。

 房総山中でおれが体験したことは、まとめるとたったこれだけだ。その時感じた恐怖がまったくもって行間から匂い立たないのはおれの筆力のなさゆえだが、とにかく脚色のしどころが少しもない。テントで腹這いになってたら持ち上げられて横にずらされました・・・・・・って、それだけ。禍々しい前触れや凶兆の影の要素が何ひとつない。シュールでさえある。いかにも山の怪談にありがちな「テントの周囲を歩きまわる足音」も、「テントを押すいくつもの手」もなかった。しかし、ムチャクチャに怖かった。

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 近くの温泉に向かってクルマを走らせながらおれは思った。最後に怪奇な体験をしたのは23〜4の頃だ。それまではけっこう頻繁にいろんなモノを見たり、聞いたりしてたのがパタッと途絶えてしまってたのである。落ち着いて思い直せば、自分にそのような怪異への感受性が残ってたってことはすなわち、ちったぁ純粋さが自分の中に残ってたようにも感じられ、むしろ喜ぶべきことのように思えて来たのだった。

 ・・・・・・呑気なモンである。無論、この時はまだ帰ってから後に起きることなんぞ想像だにしていなかった。


附記:
 1.結局、今回はどうやら無事にアップできたようだ。こぉゆうコトにも「時効」ってあるのかも知れない。
 2.思い出話のカテゴリーに入れようかと思ったが、まだあまりに記憶が生々しいのでこっちに入れた。
2008.08.07

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