「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
アホぢゃ困るんやけどね・・・・・・


テッド・バンディ(TED BUNDY)近影。なるほど賢そうだけどどっか狂った感じがしますな。

 昔からおれは「PRESIDENT(プレジデント)」っっちゅう雑誌の浅薄で下品な紙面作りが虫唾が走るほど大嫌いで、車内の吊り広告の特集のタイトル見ただけでウンザリしてしまうのだが、ここが最近何とまぁ、お受験雑誌まで始めやがった。で、これがもうメチャクチャ痛い。今月号のトップ特集などタイトルが「お金持ちになる新・学歴ガイド」である・・・・・・いやまぁ、ここまでストレートにやられるといっそ痛すぎて、文字通り「痛快」とも言えるな(笑)。分かっててやってるよね、この出版社。絶対に確信犯。

 そりゃ〜我が子にアホになって欲しい、グレて欲しい、ビンボになって路頭に迷って欲しい、などと願う親はいないだろうし、できれば人並み以上の生活を送ってくれたらと望むのは、いくら「子ゆえの闇」ったってそんな非難されるべきことでもなかろう。なんぼエエ加減なおれにしたって、やはり子どもたちには幸せになって欲しいし、食うに困るようなことがあって欲しくはない。

 たしかに世の現実を見るに、平均的に言えば学歴と暮らし向きはある程度リニアな関係にあると言えるだろう。また、当たり前のことだが、学歴を得るためには学業の成績が必要である。んでもって良い成績のためには知能+努力が必要でもある。だから教育産業は少子化にもかかわらず大盛況だ。

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 このように書くとみなさん、ほれやったら知能が高い方がエエやんかと思われるかも知れないが、おれは決してそうは思わない。ましてや妙ちくりんな幼児英才教育とやらで、年端も行かぬうちから無理にややこしいことを詰め込んだりしてはロクなことないし、そもそもそんなことしたって知能が良くなることは絶対にないと思ってる。

 いや、別段負け惜しみで言ってるのではない。ある程度の年齢以上の人なら小学校に上がると必ず受けさせられた知能検査ってヤツで、かつておれはとても高い結果を出した。私淑する中島らもも同様のできごとについて書いてるけど(彼は170だったそうな)、当時は結果が極端に良かったり悪かったりすると親が先生に呼ばれたものだ。
 ・・・・・・あ、だからって優越感で書いてるのでもない。小学校から戻ったオカンは少々浮かぬ顔をしていた。普段のおれの落ち着きのなさやとんでもないことを平然としでかす倫理観の欠如と、抽んでた知能試験の結果との間に何がしか良からぬ関係があると直感的に感じたのだろう。それは決して杞憂ではなかった。

 知能検査自体はその後、「人間そればっかしやおまへんで」的な批判にさらされて近年下火になってるというが、手を変え品を変えして広く活用されている。言うまでもなく就職試験につきもののSPIとかCAB、GAB、TAP------ひょっとしたらこれ読まれてる方の中にも対策に悩んでおられる方がいるかも知れない------あるいは自動車教習所等で受けさせられる適性検査、これらはみんな要は知能検査である。平均からの偏差を取ってるだけなので、偏差値もまぁ似たようなものだな。
 そしてこれらの検査でもおれは標準範囲から大きく外れた・・・・・・つまりは高得点を叩き出し続けるだけでなく、あろうことか性格面とか情緒面においてもひじょうに低い出現率のレンジにいる判定がいつも出されてきたのである。

 はぁ〜!?出現率の低い人格?

 それってつまり奇矯とか変人、もっと有り体に言やぁ、キティガイ、っちゅうこっちゃんか(笑)。偏差ぢゃなくて偏頗やがな。ありがたいことにこれを権威ある(笑)検査が懇切丁寧に暴き立ててくれはるワケやね。そんなんだから進学校にうかり、大学もそれなりと言われる所に合格しながらも、いつもおれは何とも居心地の良くない、一種罪悪感に似た思いをどこかに抱えてる。この辛さは体験した本人でないと分からないかも知れない。

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 知能の高い人間に意外なほどに犯罪者、それも何か貧困だとか怨恨だとか故あってどぉしようもなくなってやるんぢゃなく、自然と・・・・・・もっと言えば無目的に悪いことやっちゃう系が多い、って事実も忘れてはいけない。

 有名どころでは何といってもまずテッド・バンディを忘れてはならないだろう。70年代前半、よくもまぁこれだけ手当たり次第に!と呆れるほど若い女性ばっかしを殺しまくり、自分で自分の弁護士を買って出たオトコ。「シリアルキラー」の語源ともなったと言われる典型的なルストモルド型のこの男のIQは実に180だったと言われる。
 「ミルウォーキーの食人鬼」ジェフリー・ダーマーは145、「殺人ピエロ」ジョン・ゲイシーは125・・・・・・他にも枚挙にいとまがないほどだ。
 日本だって負けてはいない。あの宮崎勤は135だった(・・・・・・って、はよ死刑ならんかな?)らしいし。単なるお笑い新興宗教かと思ってたら兇悪だったオウム真理教の村井秀夫にしたってムチャクチャにIQは高かったそうな。

 「罪と罰」のラスコーリニコフは自覚的かつ論理的に「選ばれし者は法律を超越できる」と考え、それだからこそ、しでかしたことに対し苦悩するだけ可愛くもあり凡庸でもあるが、上に並べた奴等は初めから何も考えずに大切なものをどこかに置き忘れ、世の中を踏み外している。

 ちなみに東大生のIQの平均は120くらいらしい。サスガでんなぁ〜。あ〜、そうそう、東大出で後ろに手の回ったことのある人、これがまたけっこう多いんだわ(笑)。

 ・・・・・・って、ごめんなさい。実はここまで少々意図的に知能と知能指数をゴッチャにして書いてみた。そもそも「知能」って何なんだ?とお手軽にウィキペディアを引いてみても、何だかいろいろ書いてあって要領を得ない。少なくとも言えることは、その領域が極めて広範であるってコトだ。そんなんをここで書き飛ばすには荷が重いので、ばっくれて知能指数にすり替えてみたのだ。
 ともあれ知能指数(IQ)は、このように人間のデキの尺度としてはいささかアテにならないっちゅうことで、最近はEQだSQだHQだ、などと盛んに喧伝される。それを無知蒙昧な一般ピーポーは「勉強ばっかしやおまへんで」に勝手にすり替える。

 問題の本質は、そのような「尺度」で人間を測ろうとする根本的鈍感さにあるというのに・・・・・・。

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 詰まるところ、過ぎたるはなお及ばざるがごとし、っちゅうヤツだ。知能においても例外ではない。アホぢゃ困るが、カシコ過ぎてもこれまた困る。

 おかげさまで、我が家の豚児たちは驚異的な知能指数を叩き出すこともなく、至極平均的である。ちょっと残念っちゃ残念だけど、学校の成績も平凡そのものだ。性格的にも突出してエキセントリックなところはない。つまりは中庸だ。
 勿論、それでどうなるもんでもないけど、少なくともおれのようなねじれたコンプレックスや不安を抱かずに過ごせるのは、それはそれでいいことなのではないか・・・・・・そう思う。あとはまぁ、受験勉強なんちゅう偏狭な世界だけに限定する気はさらさらないから、何かを見つけ、せいぜい精進して欲しいなぁ〜、などとこれまたオチにもならんような平凡なオチで今日はお仕舞い。チャンチャン♪

2008.04.23

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