「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
隧道を巡る随想


先日、房総山中で通った素掘りのトンネル。ここ歩いて今回のネタを思いつきました。

 京都・堀川・一条戻橋は何てことない小っこい橋だが、渡辺綱の鬼やら安倍晴明の式神といった不気味な伝説が数多く残る。小野篁の異界への入口だったと言われる井戸が残る六道珍皇寺の名前は、この付近が「六道の辻」と呼ばれたことに由来する。六道とは「天道」「人道」「修羅道」「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」という輪廻転生思想に基づく世界観のことで、だから墓地の入口に六地蔵が立ってたりするワケだが、いずれにせよあまり明るい話ではない。大体死んでマトモなトコに行ける確率2/6、33%ってちょとキツいよね。
 お寺の山門や神社の鳥居が聖域という異界を分かつ門であることは、今さら書いても仕方ないくらい当たり前の事実だ。

 かつて、異界への入口は身の回りの到る所にあふれていた。

 日本だけではない。欧米で辻、つまり交差点は、ある時は処刑場ともなり、ある時は呪術的な儀礼の行われる不吉な場所だったりする。クリームの名曲「クロスロード」にしたって、ロバジョンの悲劇的な人生や、交差点の持つ上のような不吉でマジカルな意味合いが背景となっている。

 しかし感受性の鈍った今のおれたちが、橋や鳥居や交差点にそのようなオカルティックな要素を見いだすのはムリな話だろう。唯一、未だに何ともいえない気味悪さと恐怖を起こさせるところはトンネルくらいなもんだ。井戸もまぁそうだが、ほとんど見かけなくなったしね。貞子の井戸もバンガローの下に埋もれてしまってたし(笑)。

 ともあれ今回はトンネルについてだ。以前「穴が好きっっ!!」ってタイトルで洞窟について書いた。その続編と思っていただいてかまわないが、今回はもうちょっと気楽にあれこれ書いてみよう。

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 たしかにトンネルは何だか怖い。ちょっと私的な話をすると、これまででもっともおっかなかったトンネルは、10数年前に紀州の山中で通りかかったトンネルだ。もちろん素掘りで、ちょうどクルマ一台だけが通れる幅で200mほどの真っ暗なそれは、何と道の真ん中がけっこう深い溝になってて、ゴウゴウと音を立てて水が流れてたのであった。別に何も出なかったけどそれはそれは怖かった。

 実際、トンネルに関するオカルト話は腐るほどある。
 有名なところでは京都ネタでは清滝や宝ヶ池、五条の旧トンネルでも聞いたな。福岡・犬鳴トンネル、大阪・旧生駒トンネル、長野・上高地の釜トンネル、神奈川は逗子と葉山の間の小坪トンネル、東京・青山霊園の下をくぐる首都高、千葉・東京湾観音・・・・・・まぁもぉ出てくるわ出てくるわ。話もほとんどどれもおんなじやし。

 以前にも触れたが、も少し丁寧に書いてみる。
 かようにトンネルオカルトネタは枚挙にいとまがないのだが、おれは愛知県は足助の奥にある伊勢賀美(伊勢神?)トンネルをどうしても想い出す。何十年も前のことだがオカルト番組で取り上げられていたのをTVで観たのだ。結局、今ではこのトンネルについての因縁話はどれもガセで、何もないところだってことは明らかなんだそうだが、当時はそんなことはちっとも知らないし、おれも子供だったわけで、その内容にチビりそうなくらいビビッたものだ。

 トンネルの中をレポーターが行く時に録音されたテープに声が入ってたのである

 ・・・・・・っちゅうてもそれは、トンネルにはつき物の反響がくぐもった呻き声のように聞こえるだけの代物だったように今では思える。だって撮影なんだからレポーターとカメラマンと音声の3人くらいは絶対トンネルの中に入ってるはずだろうし、その足音・吐息・衣擦れの音は相当響いていたはずだ。
 いや、そもそもテープ自体が最近流行の「捏造」でなかった保証なんてどこにもない。S/N比の悪いカセットテープに、低い呻き声らしきものを入れるなんて、なんぼ音響技術が未発達の当時でも楽勝だったろうし。

 それでもおれはあっちを旅したとき、ここだけはどうにも足が向かなかった。それくらい番組が怖かったのだ。いやいやいやいや〜チキンやな〜(笑)。

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 トンネルと洞窟は似ているのに、洞窟に関するオカルト話が少ないのはどうしたことだろう?思えばおれ自身も洞窟の中ではお化け出そうな不安に襲われたことはない。
 オバケの恐怖より、アタマぶつけやしないか?落盤しやしないか?といった不安の方が先立つとか、理由は色々考えられるんだろうが、詰まるところ「トンネルには出口がある」からこそ怖いんぢゃないかと思う。出口の向うには異界が広がる。

 昔話をひも解けば分かる。

 洞窟の突き当たりが出てきた話なんてまずもってないのだ。それでは異界の入り口にならないもんな。
 「おむすびころりん」のネズミの穴の向こうはネズミたちの楽園だった。冒頭の六道珍皇寺のエピソードにしたって異界への通路だからこそ面白い。各地に残る鍾乳洞の話では、洞窟に入り込んでしまった猟師の犬は必ず信じられないほど遠く離れたところにポロッと出てくるからお話になる。穴の奥に向こう側が開けることこそが驚きであり神秘なのだ。今は山中、今は浜、今は鉄橋渡るぞと、思う間もなくトンネルの闇を通って広野原、ってワケですよ。
 だから現実には向こう側に抜けている例の少ない洞窟に、オカルトの入り込む余地は少ないのかも知れない。

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 惜しくも閉鎖されてしまったが、トンネルといえば以前面白いサイトがあって、ちょくちょく覗きに行ってた。サイト名を「○○の心霊・廃墟スポット巡礼」っちゅうたのだが、心霊物件ネタが見つからなかったのか何なのか、途中からだんだん、播州界隈の「単に薄気味悪いだけのトンネル」を紹介するだけになってしまって行ってたのである。

 写真のキャプションに「ここでの霊体験はまだ聞いたことがありませんが・・・・・・」なんて重々しく書いてあって、マジメに作成されてた作者の方には申し訳ないけど、しょっちゅうおれは一人で吹き出していたものだ。だってもう「トンネル=出るもんだ」ってハナからキメ打ちで、手当たり次第にトンネルの写真を撮りまくってはるんやもん。

 そのちょっとトホホで奇妙な味わいが個人的にはとても楽しかったのだが、トンネルに誰もが抱くオブセッションをはしなくもこれほどよく表現したホームページは他になかったと思う。それが所与のものなのか後から刷り込まれたものなのかは分からない、しかし誰しもがトンネルに抱く素朴な恐怖をそのままコンテンツにしちゃった、っちゅう点で奇跡的な存在だった。いつか復活して欲しい。

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 素掘りのトンネルも怖いが、煉瓦造りのトンネルも相当怖い。苔なんて生えたりしてるし、コンクリートなんかよりも隙間が多いせいか水が落ちてることももっと多いし、ミニチュアールのように緻密に詰まれたパターンも赤茶色の色とあいまって、なんだか蛇の鱗を連想させてこれまた怖い。

 この煉瓦のトンネルを見上げてよく観察すると、煉瓦が螺旋状に大きく渦を巻くように積み上げられていることがある。上からの応力を均等に分散させるための先人の工夫で、「ねじりまんぽ」と呼ばれる工法である。語源的には「捻り」+「間符(まぶ、坑道のこと。まんぽはその変化形)」で理解はできるんだけど、それでもこのコトバの響きのワケの分からなさは何なんだろう。
 「ねじりまんぽ」・・・・・・今や下らぬ雑学にまみれてしまったおれにとっては、その間の抜けた意味不明の響きこそが、煉瓦造りのトンネルにまつわる怖さの中では最たるもののように思う。

 兵庫・武田尾の福知山線の旧線跡は現在ハイキングコースとして整備されている。煉瓦造りのトンネルもいくつかあったはずだ。近所の人は出かけられてみてはいかがだろうか。その中に「ねじりまんぽ」があったかどうかの記憶は定かではないけれど。

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 ・・・・・・と、隧道を巡る随想、どころか単にトンネルを巡る脈絡のない漫談アワーもそろそろネタが尽きてきた。いつか橋や辻をテーマに同じようにウダウダ書き並べてみようかと思い始めたことを書き添えて、本稿の締めくくりとしよう。チャカチャンリンチャンリン♪
2007.03.03
----Asylum in Silence----秘湯 露天 混浴から野宿 キャンプ プログレ パンク オルタナ ノイズまで
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