「シズカナカクレガ」ヘヤフコソ
吹くならド〜ンと吹きましょう・・・・・・「キリスト」の墓


これが「キリストの墓」だ!!(笑)


 先日、長年行きたい行きたいと思ってた、青森県新郷村にある「キリストの墓」を初めて訪ねることができた。

 ここの存在をおれが知ったのはずいぶん昔で、小学校3〜4年の頃だったと思う。「現代の冒険」という雑誌が家にあって、おれの愛読書だったのだが、その記事中にキリストの墓が紹介されていたのである。
 ちなみにこの「現代の冒険」、今で言うなら学研のトンデモ雑誌「ムー」の元祖みたいな内容で、たしか山と渓谷社から出され、わずか8号で廃刊となった幻の季刊誌。これまでもエッセイに何度か登場しているからご存知かも知れないが、おれの性向にかなり大きな影響を及ぼした本だ。

 それでも、だ。日本にキリストの墓!?あ゛〜っ?

 いきなりムチャクチャでおまんがな。ウソに決まってるやん・・・・・・と、どぉ考えても荒唐無稽なありえない話なのだが、これを真に受けてるバカは今でもけっこういるらしい。
 村も村で、観光資源に乏しいもんだから、今やこれを大々的に宣伝し、墓の周囲を整備し、資料館を建て、年に一度はキリスト祭まで開いている。まさにキリストさまさまなのである。

 少々長くなるが、その成立の経緯について触れてみよう。有名な話なので知ってる人はトバして欲しい。

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 時は昭和10年、今でもヤマセが吹いて冷涼なこの地方の一寒村である新郷村戸来(当時は戸来村)に、1人の男がやってくる。

 その名、竹内巨麿。「皇祖皇大神宮」という、リッパなようでサッパリ意味の良く分からない名前の神社の宮司で、あろうことかあの竹内宿禰の66代目を名乗る怪人である。呼び寄せたのはこれまた怪しい日本の超古代史の開祖、酒井勝軍。ちょうど1年前の昭和9年、広島で「日本のピラミッド」を「発見」して一躍時の人になっていた。
 しかし、そもそもその酒井を村に呼んだのは、そのまた知り合いの鳥谷幡山、っちゅうこの村出身の画家だった。この辺で大体筋書きが読めてくる。

 お分かりだろうと思うが、つまり鳥谷は故郷の寂しい村を、今で言う「村おこし」しようと考えてたのである。当時、十和田湖を中心とするこの一帯を国立公園に指定するかの検討がされてた時期で、戸来村付近はその指定範囲に入れるかどうかの瀬戸際だった。
 人選は見事に当たった。元が単純で熱狂型の酒井は、ロクに調査もしないままホイホイと鳥谷のホラ話に乗り、すぐにここでもピラミッドを「発見」してくれた。鳥谷は腹の底で快哉を叫んだことだろう。
 しかし、問題があった。ピラミッド「発見」は日本では広島の次なので、いささか二番煎じの感を免れない。もっと強力なネタが必要だ。

 ・・・・・・で、竹内巨麿、登場。

 彼は家に代々伝わるという触れ込みの「竹内文書」にしたがって、この地にキリストの墓があるとのご託宣を下し、そして何てことない村外れの墓地の土饅頭を「これがキリストの墓ぢゃぁ〜っ!!」と断定したのである。

 かくして単なる桔梗の家紋は「ダビデの六芒星」の変化したもの、となる。「戸来」は「ヘブライ」の転訛したもの、となる。この地方にはどこにでも大体伝わる民謡「ナニヤドヤラ」は、ヘブライ古語だ、ってことになる(この珍説をぶち上げたのはアメリカにいた日本人神学者、おそらくは酒井の息のかかった知り合いだろう)。
 その他にも赤ん坊の額に十字だとか、それまで村人たち自身も知らなかったような(笑)「風習」が次々と「発見」されていく。無論、その墓の持ち主である沢口家が、いろんな因果を含められまくっていたことも想像に難くない。

 これは「日ユ同祖論」のいびつに進化した顕現に他ならなかった。

 「日ユ同祖論」とは当時の欧米列強の白人至上主義や黄禍論に対し、日本人の優位性を証明するために産み出された珍理論である。平たく言えば、「日本人のルーツがユダヤにある」とするものだ。そして、この酒井こそは、反ユダヤ主義から親ユダヤ〜日ユ同祖、と、到底常人には理解できない奇怪な思想転向をした、この分野の嚆矢の一人なのである。

 ちなみに「竹内文書」がデタラメな偽書であることは疑うべくもない。巨麿というこのうさんくさいオトコ、何が宿禰の66代目なものか、単に富山の貧しい寡婦の私生児に生まれたのが、長じて御嶽教にもぐりこんで神道系の大衆宗教のあらましと、教団運営のノウハウ、古文書捏造の技術を身に着け、酒井勝軍っちゅう最高のパートナーを見つけて大勝負に打って出ただけのことだった。つまりは詐欺師である。しかし、詐欺師の常としてパートナーを見つけると、その才能は互いに共鳴し、より優れた(?)ウソが捏造されていく。
 現に、「竹内文書」は酒井との邂逅の前後で大幅に内容が付加されている。無論、増補されたのは日ユ同祖論に与する記述(笑)。

 当時の日本は、一方では軍部の台頭が進み戦争に向けて大きく傾斜して行ってた時期なのだが、もう一方では、大正デモクラシー以降の自由と進取の気風の中で、空前の、今で言うところのニューアカブームとなっていた。
 神道系の「大本教」やPLの前身である「ひとのみち」、ナショナリズムと密接にからんだ法華教・・・・・・成功した教団は豊富な信者数とその寄進によって、巨大な権力と富を手に入れている。

 明らかに竹内巨麿は虎視眈々、その一角に名を連ねようとしていたのである。しかし同時にアセってもいた。怪しげな「竹内文書」で、すでにかなりのシンパを各界に増やしてたとはいえ、あまりに行き過ぎた新興宗教界の動きを牽制しはじめた官憲によって2年前には手入れを喰らっている。だからこそ、鳥谷某の狙いを察し、酒井に迎合して戸来を持ち上げればイッパツ逆転はOK♪と。

 この後、さらに酒井をそのまま女にしたような、直情径行型でテンパリ系の山根菊子ってーのがこれまたメチャクチャなチョーチン本を書いたり、巨麿の運営する天津教が不敬罪に問われたり、と、一連の大騒動の顛末についてはあまりに面白すぎて、端折って書くとワケが分からないので省略するが、最終的には、戸来をキリストの里として売り出すプラン自体は成功したものの、巨麿の野望は実現しなかった。
 戦後もあまりにカッ飛んだ教義のためか信者数は増えず、今では茨城の一トンデモ新興宗教団体として細々と続いているだけだ。ホームページもあったりするので興味のある方はどうぞ。

 とにかく、いきなりキリストやらピラミッドがおらが村に降って湧いたのは、純朴な村人にしてみれば、驚天動地の出来事だったに違いない。

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 話を戻そう。

 村外れ、狭い国道沿いにそれはすぐ見つかった。国道標識と同じ紺色の看板で大きく「ピラミッド・キリストの墓」と出ている。20台ほど入る駐車場にクルマは一台も停まっておらず、セミの鳴く声だけがやかましい。
 きれいに整備された細い道を小高い山に上がっていくと、小学生の姉弟らしき子供が2人、歓声を上げながら上から下りて来た。夏休みで田舎に帰省中なのかも知れない。

 てっぺんは周囲を大きな木々に囲まれたちょっとした平らな広場になっていて、その脇さらに一段高くなったところに、大きな十字架が立てられて件の「墓」は2つあった。一つがキリスト、もう一つが弟の「イスキリ」のだそうな(笑)。ゴルゴダの丘で兄の身代わりになって処刑されたらしい・・・・・・って、ちょっと待て!!

 キリストは人間の原罪を肩代わりして磔刑になったんちゃうんかい!?
 死後の復活にはタネも仕掛けもあったんかい!?

 敬虔なクリスチャンが聞いたら怒るぞ(笑)。

 何と、2つの墓の間の地面にはイスラエル大使訪問の記念プレートまで埋め込まれている。必死で笑いをこらえながらセレモニーに参加したのだろうなぁ〜、と考えるとおかしくてたまらない。

 少し離れて教会っぽい作りの「伝承館」が立つ。捏造された歴史に何の伝承やねん!?と思うと、どうせ箸にも棒にもかからないくだらなさであることは分かってても、俄然興味が湧いてきた。200円払って入館。受付窓口にはヒマそうなオバハンが一人。ウソだろうがデタラメだろうが、地元雇用がこうして一人確保されているワケだ。

 予想通り、実にくだらなくも貧弱な展示物。カゴに入った赤ん坊のマネキンが異常にブキミで楽しい。あとは古代ユダヤの作業着にソックリっちゅうが、おれとしては単なる野良着に見える衣装をまとったオッサンのマネキンが、なぜかカルロス・ゴーンにソックリで大笑いしてしまった。まぁ、彼はレバノンの人だから、日本よりはユダヤに近いわな(笑)。
 あとは上に引用したような、露骨にマユツバな色んな経緯や伝承の書かれたパネルと竹内文書の写本、民具少々。恥の上塗りのようにこれらのトンデモ話をヴィジュアルに観せてくれるビデオルーム。

 それだけだったけど、おれはもうおかしくておかしくて写真を撮りまくったのだった。

 ちなみにビデオによると、「キリスト祭」とはここの広場や「キリストの墓」の周りで例の「ナニヤドヤラ」を踊り狂うだけのものだそうな。地元の年寄りなんて使わず、「死霊の盆踊り」みたいにハダカのネーチャンでやったらもっと観光客が集まっていいだろう。ついでにそのドキュメンタリー制作をエド・ウッドマニアのティム・バートンに頼めばもっと楽しい。彼なら嬉々として安いギャラで引き受けてくれそうな気がする。
 ぜひとも新郷村には検討していただきたいものだ。草葉の陰の鳥谷播山も泣いて喜ぶだろう。

 ・・・・・・この後、十和田湖を周って酸ヶ湯にまで行かなくてはならない。キリストだけでおなか一杯、じゅうぶん楽しませていただいた。暑いし、もうピラミッドはパスすることにする。
 宿願の「キリストの墓」見物はアッサリ終わった。楽しかった。相変わらずセミがやかましい。

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 捏造された歴史は安っぽい権力志向や徹底的な呪詛に満ちあふれグロテスクだ。そしてそれをこしらえる小悪党共は浅ましくも醜いし、その信奉者は愚鈍で頑迷である。
 最もナサケないのは、それらが出現し、真贋論争が展開され、ニセモノであることが明らかになってもなお支持者は信じ続ける、っちゅうパターンがまったく何の進歩もなく繰り返されてることだろう。言うまでもなく歴史だけでない。宗教も、オカルトも、UMAも、疑似科学も。

 それでも何だかおれは、小バカにして笑い飛ばしたりこそすれ、これらを非難したり糾弾したりする気になれない。夜店のテキヤのアテモノが当たらないからといって、ムキになるのがダサいのと同じである。
 引っ張った紐の先には飴玉しか付いてない、金魚すくいのポイはすぐ破れて当たり前、ティッシュのこよりでフーセンはいくつもすくえない、カタ抜きの打ち菓子はすぐ割れる、餌のない釣り針でウナギは釣れない・・・・・・そんなことは初めから分かってるのだ。

 つまり騙されたフリして楽しんでやればいいのだ。醒めた眼でエンターテイメントとして眺めれば、こんなにムチャクチャで楽しめる伝奇はないもん。

 オウムの例を見るまでもなく、信ずるものが騙される。そして肥大化させ、先鋭化させ、暴走させる。それだけのことである。

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 ちなみに余談であるが、墓といえば茨城県は水戸市の奥に、なんと「風車の弥七の墓」が存在する。言うもヤボだが、隣はもちろん「お銀の墓」である。できればお銀の風呂も作って欲しいもんだな。

 も一つ余談。神道系の経典にキリストが登場したくらいで驚いてはいけない。たしか岐阜には「奇蹟の千里眼」ことエドガーケイシーを奉じる神道系の宗教団体があったハズだ。

 さらにさらに余談。戦前、父方の祖父がとある新興宗教のパトロンをやってた関係で、今回登場の「竹内文書」、あるいはそのタネ本とおぼしき「上紀」関係のトンデモ写本が家にあったそうな。
 しかし、ブツは大阪大空襲で失われ、祖父自身もおれの産まれる前年に他界しているので、真偽のほどは今となっては分からない。真偽、ったって書かれた内容自体はもちろんウソなんだけど(笑)。

 ・・・・・・ちょっと今日はカタかったっすか?



参考資料:
  「The Madisons Club」http://www5b.biglobe.ne.jp/~madison/index.html
  「邪馬台国の会」http://yamatai.cside.com/index.htm
  「新郷村ホームページ」http://www.net.pref.aomori.jp/shingo/
  「Wikipedia」http://ja.wikipedia.org/
  藤原明「日本の偽書」(文芸春秋)


「伝承館」に展示されたマネキン。サイコーでんなぁ〜♪

2006.07.29
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